『タンゴ』の稽古場見学の後で、演出の長塚圭史さんにインタビューをさせていただきました(⇒海外研修報告会レポート)。
この戯曲および過激な主人公アルトゥルに魅せられたことや、俳優への信用と挑戦について、率直にお話ししてくださいました。
●Bunkamura『タンゴ-TANGO-』
11/05-24 Bunkamuraシアターコクーン
チケット:特設S席9,000円 S席9,000円 A席7,000円 コクーンシート5,000円
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■俳優生理がしっかりしていれば関係性は見える
―立ち位置や動く方向を決めずに、同じ場面の稽古を繰り返してらっしゃいましたね。
長塚「そういう要素をどんどん決めて構築していくような稽古は、今はしてないんです。俳優が自分たちで発見していくのが一番いいと思ってるんですよね。もちろん作品の見栄えなどには、最終的には僕の意図が入ってくるんだけど、僕自身あんまり立ち位置に対する情熱みたいなものがないんです。登場人物の関係性を立ち位置によって示す手法はあるにはあるんですけど、別にそれは守らなくても、俳優生理がしっかりしてればちゃんと関係は見えると思っていて。」
―俳優が自由自在に動いて、新しいことにもチャレンジしているのは、皆さんが演じる役人物を自分のものにできているからではないかと思いました。これまでのお稽古で、丁寧な本読みや議論を重ねられたのではないですか?
長塚「稽古日数が少ないので、あわてて作らないようにはしていて。時間が足りないのもあって議論はあまりしてないですね。どちらかというと、俳優が体で自分の行なっていることを発見していく稽古をしています。
たとえば本読みは、アルトゥル役の(森山)未來を真ん中に座らせて、長机で四方を檻のように囲い、他のみんなは周りに座ります。その形で読むことで、言葉の矛先がどこに向かっていて、誰に伝えたいのかをはっきりさせていく。アルトゥルのセリフは圧倒的な量がありますからね。彼は真ん中にポツンといて、もうイジメみたい(笑)。次の段階になると、周囲の人は長机の上に立ったり、机を超えて中に入って行ってもいいことにして、でもアルトゥルだけはテーブルに関わらない、とか。特殊な本読みと立ち稽古を重ねて行って、その場で何が会話されているかを掴むというか。」
【長塚圭史さん 写真:(c)渞忠之】
■俳優から生まれてくる視点を生かしたい
―今回の舞台は客席方向に大きく張り出した形で、ボクシングの真っ四角のリングのようにも見えました。こんな装置になることを俳優には早めに伝えていたんですか?
長塚「いいえ、それは明かさずにやってきました(「それは最近になって俳優に伝えられた情報です」とプロデューサーが補足)。無秩序状態と秩序状態がこの話の入口になっていて、どうやったらそれを体感できるのかを探りながら作ってきたんです。舞台(の形状)が決まると、登場人物同士が内側の関係値を獲得する前に、外側を見せることを考えちゃうんですよね。僕はそれがちょっと嫌だったんです。この芝居はギリギリの不安感、危うさの中でやっていきたい。この戯曲を、上演して紹介するだけになるのはつまらないと思うし。
特に今回の俳優さんはすごく経験値の高い方々だから、演技の方法や形が決まったり、出来あがっていっちゃう可能性がある。もちろん技術のある方々だから、色んなことが決まっていった中でも新鮮さを保つ方法を知っているし、それを実行することもできるんだけど。僕にはやはり、どこかに余白を残したいという気持ちがあって。」
―俳優ひとりひとりが全体に気を配って、常に神経を広域に渡って尖がらせているように感じました。刺激的でとても面白かったです。
長塚「それが余白なんです。全て決まりごとで出来ていくことには、僕はなんだか、あんまり納得できないんですよね。最低限のラインはこれから決まって行くと思うんですけど。この間の『ハーパー・リーガン』でもあんまり決めてないんですよ。『立ち位置をこうしてくれ』って言ったことはない。『こうやってみたら?わかんないけど』とか『それ、やめてみたら?』とか言うぐらいで(笑)。装置の性質上、最終的には厳密なところまで決めましたけど、稽古では特に何も言わなかった。
俳優さんたちを駒のように動かすのはもともと嫌だったんです。それに俳優は、考えるから。演出家の僕よりも自分の役のことを考えていることもありますし、役人物の視点から見られるのは、その役を演じる俳優だけだから。それはやっぱり力だと思うんですよね。僕が自分の解釈を押し付けるよりも、彼らから生まれてくる視点を生かしたい。」
―それは俳優への信用ゆえ、ですか?
長塚「信用と、コミットしてくれてるから、ですね。気が休まることがないので、今回の俳優さんたちは『こんなに疲れる芝居はない』と言ってるみたいだけど(笑)。いや、もちろん僕も大変ですよ(笑)。言葉の難しい翻訳戯曲だけど、人間本来の愚かしさには普遍性がある。そんな枠組みを大きくとらえつつ、即興的に演出することもあるので。バランスを考えながらね。」
■馬鹿馬鹿しくしようとしなければしないほど、面白い
―戯曲『タンゴ』に出会ったきっかけは何ですか?
長塚「シアターコクーンのプロデューサーに勧められて、何作か読んだ内の1本です。一発で惹かれたんです。かなりの勇気だなと思ったし。『これコクーンでやるの?』ってね(笑)。」
―台本を2度ほど読んで、ここには人間の理性と感情の原則が描かれているように思いました。
長塚「作者のムロジェックは風刺作家というか、政治や世間の矛盾、人間存在そのものを馬鹿にしたり、その愚かしさをテーマに色んなものを書いています。『タンゴ』でも歴史と循環、人間がさまざまなことを繰り返してしまう愚かさを描いていると思います。
(僕が自分で)喜劇と言ってますが、大変な、芝居です。でも入り込めば入り込むほど、あるいびつさ、おかしさが出てくる。笑っちゃう人は笑っちゃうかもしれないけど、ずっと怖いと感じている人もいるかもしれない。笑ってしまうのも怖いし、怖がるのもおかしい。そんな戯曲じゃないですかね。馬鹿馬鹿しくしようとしなければしないほど、面白いんです。まじめにやればやるほど、おかしい。」
【森山未來さん 写真:(c)渞忠之】
■アルトゥルは自分の分身
―主人公アルトゥルの突飛で過激ともいえる行動が、周囲の人間を振り回し、空気を激しく揺さぶり、物語を突き進めていきますね。
長塚「アルトゥルは『自分が誰なのかわからない!』『このままじゃだめだ!』『僕は何かを表したい!』といった気持ちから、自分が確かに存在するために、ある種の理想を掲げて行動を起こした。僕は芸術表現も一緒だと思うんです。既に色んなものがある中で、誰もが新しいもの、独創的なものを作りたいと思っている。そういう衝動は、作り手や表現者にはわかるところがあるんじゃないのかな。僕にはすごくわかるんです。若い人たちの内部にも起こり得ると思う。今日もイスに座っている未來が、今の若者の姿に見えて仕方なかったんだよね。若者が『俺の言うことを、聴け!』と叫んでるようで。」
―つまり今の若者が考え、欲していることを、アルトゥルがやっているということですか?
長塚「誰もやらないんだけど、彼は、やる。アルトゥルはやるんです。何かをしよう、何かしてやろうと声に出して、一生懸命に敵を作って、実際に行動を起こし、挫折して、でも再び・・・という姿は、自分の分身を見ているような気持ちになる。彼は理想を徹底的に突き詰め、自分を追い込んでいきます。その雄姿には僕が嫉妬してしまうような美しさがあって、同時に恐ろしさもあるんだけれど。ヒリヒリ、ぞわぞわと感じさせてくれるんです。」
■何か手に掴めないものをやろうとしてる。だけどきっと掴めると思ってる。
―最後に、アルトゥル役を演じる森山未來さんについて、長塚さんの印象を教えてください。
長塚「この作品を読んだ時、真っ先に思いついたのが彼でした。彼には常に色んなものに反発したいという気持ちがある。何かに抗おう、抗おうとしている姿を見ていて、とてもいとおしく思っていたんです。もちろん舞台上でも凄いし。
肉体の使い方も含めて、僕があんまり出会ったことのないタイプの俳優ですね。たとえばコメディーをやる時は、どこか新鮮な反応で笑わせようとしてるんです。新鮮な反応じゃない(そういう演技が求められない)ところは、不満足そうにやってる。そんな危うさや反抗心が表にどんどん出ちゃってるというか、素直ですよね。
彼は僕の最近の劇団公演『アンチクロックワイズ・ワンダーランド』が割と気に入っていて、『長塚圭史も何かに反発してる』と思ったんでしょうね。『何か手に掴めないものをやろうとしてる。だけどきっと掴めると思ってる』という風に、僕のことを思ってくれたみたいで。だから、毎日ヒリヒリしながら彼のことを見てますよ(笑)。」
●稽古場取材とインタビューを終えて
先日の日本劇作家協会主催「劇作家大放談会」でも感じたことですが、長塚さんはとても紳士的な、優しい話し方をされる男性でした。声がきれいで語り口が上品なので、ずっと聴いていたくなります。稽古場にいるキャスト、スタッフに対するのと同様、インタビュアーの私にも変わらない姿勢で、とても気さくに、思いのままを誠実に話してくださったように感じました。サービス過剰にならず、近寄りがたい印象にもならないのは、ご自身の居場所がはっきりとしていて、ゆるがないからだろうと思います。
阿佐ヶ谷スパイダースの公演や外部の作・演出作品など、長塚さんの作品は2000年から拝見してきました。海外戯曲の演出は『ウィー・トーマス』(再演も)『ピローマン』『エドモンド』『ビューティ・クイーン・オブ・リナーン』を経て、前述の『ハーパー・リーガン』、そして今作『タンゴ』です。
『ハーパー…』は私にとって演出家・長塚圭史というアーティストを改めて発見し直すことができた、高品質の素晴らしいお芝居でした。今回の稽古場見学で、俳優を信用し、その場で生み出されるものに掛ける演出手腕への期待はさらに高まりました。俳優という職業への興味、期待、そして私の中にある羨望に似たこがれるような気持ちも再確認。俳優ってなんて幸福な、なんて過酷な人生なんだろう。
『タンゴ』はきっとどのステージを観ても、何が起こるか分からないスリルに満ちているでしょう。笑っていいのか恐れていいのか戸惑ってしまうような、愚かしい人間の争いが生々しく描かれる中、森山さん演じるアルトゥルが観客の心をヒリヒリさせてくれることと思います。
≪東京、大阪≫
出演:森山未來、奥村佳恵、吉田鋼太郎、秋山菜津子、片桐はいり、辻萬長、橋本さとし
作:S.ムロジェック 翻訳:米川和夫/工藤幸雄 演出:長塚圭史 主催:Bunkamura
一般発売2010/8/21(土) 特設S¥9,000 S¥9,000 A¥7,000 コクーンシート¥5,000 (税込)
〈特設S席に関して〉舞台に近い前方のエリアを通し番号で販売します。お席は当日劇場にてご確認ください。連番でご購入なさってもお席が離れる場合がございます。椅子が通常の形状と異なります。
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/shosai_10_tango.html
※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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