フィリップ・リドリーは日本では映画『柔らかい殻』で有名な映画監督で、イギリス人の劇作家です。去年の『ピッチ・フォーク・ディズニー』に引き続き、演出:白井晃、美術:松井るみのコンビによるシアタートラムでのリドリー作品の上演、第2段です。
細かいところまで精密に、丹精こめて創り上げられた、繊細なドールハウスのような作品でした。ほんの少しでも触れることを許されない、今にも壊れそうなドールハウス。金網が張り巡らされ、鳥の剥製や熊の毛皮で荒々しく飾られた人形の家で手編みの絹レースやミンクの毛皮で豪華に着飾った操り人形たちがくりひろげる、滑稽なからくり芝居。
ストーリーや登場人物のキャラクター設定など、普段ならいろいろ知ったかぶって言及するところなのですが私は、舞台をこの上なくいとおしく見つめる、白井さんの視線を体中で感じた気がしたんです。それだけで十分です。
松井るみさんの美術はまたもや必見ものです。シアタートラムをあの方向で使ったのを観たは初めて観ました。トラムの壁を有効利用する、というのはあの劇場での課題の一つであり色んな公演でそれが生かされていますが、今回ほど上手に、劇場と完全に融和している舞台は(しのびゅの観る限りでは)なかったと思います。
古いアパート。天井部分には金網が張られている。上下に分断された横に長細い額縁舞台。とても「アンティーク」とは呼べないガラクタのような家具がいっぱい散在しています。面白いのは時代も国も飛び越えちゃっていること。フレンチ・モダンっぽい金色のイス、学校の理科室に置いてあるようなシンク、アメリカン・カントリー・スタイルのダイニングセット、イタリアン・アンティークの古ぼけたソファ。そこに無数の鳥の剥製。金網の天井に無理やり開けられた穴からはみ出してぶらさがるシャンデリアと裸電球。カフェでよく見かける木製のチェアがまとめて10個ずつぐらい、劇場の天井から葡萄の房のようにぶら下がっています。きれいなセリフをBGMのように聞きながら、舞台を隅々まで眺めている時間が長かったです。至福の時でした。
吉川ひなのさんが本番直前に降板して、ヒロインは富浜薫さんが演じられています。短時間であれだけやりきった富浜さんはすごいとは思いますが、やっぱりひなのちゃんで観たかったですね~。キャスティングって大事ですよね。というか、この作品に関しては本当にキャスティングをした人、すごいなって思います。あの役がひなのちゃんだったら完璧だと思うんですよ。三谷幸喜さんの『You Are The Top~今宵の君~』と同じく。あ、あれも世田谷だったな~。(加賀丈史さんの替わりに浅野和之さんが抜擢されました。)
鈴木一真さん。究極の嘘つきのゲイの不良男。なのに、品があります。肢体も美しいし、まさにはまり役。声もきれい。
浅野和之さん。うますぎる。いつも技術がすごいと思います。キワ者ばかりやられるのに、観ていて全然ひかないんです。ちょうどいいところでコメディーにしているから。どうしても憎めない人物、好きにならずにいられない人になってくれるから。
小栗旬さん。きれいな男の子でした。若者らしくのびのびしていて良かったです。次は蜷川さんの『ハムレット』で藤原達也くんと共演ですね。楽しみです。
草村礼子さん。80歳ぐらいの老婆の大家さん役。ラスト近くの「・・・それが、純粋で無垢なる毛皮だった」のセリフで私の目から涙が搾り出されました。
「宇宙で一番早い時計。それは・・・」(ネタバレするので書きません。)の浅野さんのセリフが素晴らしかった。白井さんのどうしようもない優しさが私の心の深みに届きました。
出演:鈴木一真 浅野和之 吉川ひなの 小栗旬 草村礼子
※吉川ひなのが本番直前に降板し代役は富浜薫。
世田谷パブリックシアター : http://www.setagaya-ac.or.jp/sept/