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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2003年11月29日

アビー・マン 作・鵜山仁 演出『ニュルンベルク裁判』11/20-28紀伊国屋サザンシアター

 アメリカでの初演は2001年で今公演が日本初演です。第二次世界大戦終結後、ドイツのニュルンベルクで開かれた軍事裁判をもとに書かれたドラマ(フィクション)です。1961年に映画化され、脚本家のアビー・マンさんはその年のアカデミー最優秀脚色賞を受賞しています。

 第2次大戦中のドイツというとナチスによるユダヤ人等の大虐殺のイメージが強いですが、なぜそんなことが起こってしまったのかについての一つの解釈が述べられていました。
 戦争によって家や食糧はもちろんのこと、家族をはじめ健康も名誉も何もかも失った人間は、何かにすがらなければ明日を生きる気持ちになれない。「そこにやってきたのがヒットラーだった。彼はアウトバーンを作ってドイツ人に仕事を与えた。(他人種と差別化することにより)ドイツ人に名誉を与えた。」「ドイツを愛して止まない気持ちがヒットラーを総統にし、オーストリアを侵略させ、ユダヤ人等を虐殺する結果を生んでしまったのだ。」これらの説明には納得させられました。やってしまった罪は決して軽くなるわけではありませんが、ドイツを極限状態に陥れた国々(人々)にも責任があるように思いました。

 最終判決を下す前の判事の言葉に感動しました。「今、私たちが心に呼び返すべきは、正義と、真実と、人間一人の命の重さです(言葉は完全に正確ではありません)。」
 涙がとうとうと流れ落ちました。無実の人間を1人殺すのと、同じく無実の人間を100万人殺すのとではどちらが悪いのか、なんて議論にならないのです。日本が自衛隊をイラクに派遣するのかどうかが大きなテーマとなっている今、人間の幸せとは何なのか、罪とは何なのかについて、もう一度自分で考えなければと思いました。

 舞台美術(島次郎さん)が素晴らしかったです。舞台奥には上袖から下袖まで、床から天井までびっしりと椅子が並べられています。背後からの照明で黒いシルエットだけだった椅子たちは、裁判が進んでどんどんと真実が炙り出されていくとともに前からの照明が当てられて、その色や風合いが徐々に表れてきます。一脚一脚のイスは裁判を見守るドイツ国民、または殺されたユダヤ人達を表しているんですね。赤ちゃんが座る木馬も並んでいて胸が苦しくなります。
 黒い板状の幕が舞台袖から上手、下手へと平行移動し、映像を写すためのスクリーンになったり、部屋や空間を仕切る壁の役割を果たしていました。シンプルでスマートです。前半と後半で裁判所の配置が90度移動したのがとても効果的でした。さすが鵜山仁さん(演出)だと思います。
 音楽は穏やかなクラシック音楽オンリー。私は詳しくないのでわかりませんが、おそらくドイツの音楽だと思います。美しい音色です。

 中嶋しゅうさん。アメリカから呼ばれた判事役。めちゃくちゃ穏やかで暖かい人でした。弱いところも優しさとして表れていました。この人が主人公でよかった。
 鈴木瑞穂さん。被告の元・裁判官。弁護人をたしなめて自ら弁論を始めたシーンの迫真の演技は、このお芝居の最大の見所だと思います。
 今井朋彦さん。「彼ら(元・裁判官)を裁くのは、すなわちドイツ全体を裁くことだ」と考え、必死に被告を弁護する弁護人役。こういうエリートの役は今井さんに限りますね。ちょっとヤな奴風になるのがさらに良い(笑)。

 この裁判(および東京裁判)によって「平和に対する罪」「人道に対する罪」という新しい罪が国際的に認められる結果となり、それがその後の世界に大きな問題を残したことはここでは語られていませんが、このお芝居で重要なのは人間一人の命の重さを論理的に、易しく実感できることだと思います。裁判劇としてももちろん面白いです。

RUPのHP : http://www.rup.co.jp/

Posted by shinobu at 2003年11月29日 16:47