ハロルド・ピンターの不条理短編劇を2種類の演出家・キャストで上演するシス・カンパニーの企画公演。男2人芝居です。
Aヴァージョンは演出:鈴木裕美 出演:堤真一・村上淳 です。私好みはこちらですので1つだけ観るならこちらをお薦めしますが、できれば2つとも観る方が演劇の醍醐味を味わえると思います。
2人の殺し屋が狭い部屋で“仕事”の合図を待っている。お互いにとりとめもない話をしたりしながら時間をつぶしていると、突然に部屋に取り付けられていたダム・ウェイター(料理を上下の階に運ぶエレベーター式の装置)が動き出して・・・。
客入れ音楽はエディー・リーダーの歌声。Fairground Attractionのアルバムですね。大好き。↓ここからネタバレします。
ロマンティックなムードから一転、大きな地響きのような音が突然に鳴り、舞台の中央を隠すようにそびえ立っていた真っ黒い二つの壁が天井に上って行くと、リアルに組み立てられた箱庭のような部屋が現れました。壁は薄汚れたしっくいで、ところどころ剥げて煉瓦がむき出しになっています。部屋全体の色調はクリーム色や暖かい茶色ですが、全体的に古くさびたような、じめじめしたイメージ。パイプの足でできた安物っぽいベッドが二つ。さっき天井の方に上がった壁が重々しく釣り下がったままなので、部屋はまるで地下にあるように感じます。A、Bヴァージョンとも松井るみさんの美術なんですよね。“松井るみ”堪能です。
男が二人。兄貴分の男ベン(堤真一)は比較的きちんとした身なりでベッドに横になりながら英字新聞を読んでいる。後輩らしき男ガス(村上淳)は落ち着かない様子でたわいもないことをしゃべりながら部屋をとぼとぼ、うろうろしている。
“仕事(人殺し)”をする合図を待っているが、一向にその合図がない上に、わけのわからない料理の注文がダムウェイターで運ばれてくる。だんだんと不安に駆られてくる二人。
パンフレットで演出家の鈴木裕美さんがおっしゃっていますが、タイトルの“Dumb Waiter”には2種類の意味があって、1つは「しゃべらない給仕」。つまりレストラン等によくある料理を上下の階に運ぶエレベーター式の装置のこと。2つ目は「まぬけな、待ち人」です。
鈴木裕美さんの演出には毎度心を打たれます。これが演出というのだな!と感心します。非常にたくみに、そしてさりげなく、行間(セリフとセリフの間)をさまざまな角度・視点から埋めて行きます。具体的には、全くセリフのないシーンに長い間を作り、ある時は先輩が後輩を殺そうと企んでいるかように、ある時は後輩が先輩を後ろから狙っているかように見せていました。一口かじっただけでは「意味がわからない」と観客にそっぽむかれそうな難しい題材を、殺し屋の悲しい運命を描いた深みの有る物語に作り上げられました。
結末を不条理にしなかったところが私はすごく好きでしたし、これが醍醐味だ!って思いました。
ある人物を殺すために呼び出され部屋で待機していた殺し屋の二人だったが、ガスがお茶を沸かしにキッチンに行っている時に合図が来た。ターゲットはもうすぐに部屋にやってくるのだ。早く来い!とガスを呼ぶベン。しかしドアが開いて出てきたのは、殴られてぼろぼろになったガスだった・・・。驚愕しつつも銃をガスに向けるベンと、何が起こっているのかわからずに立ちすくむガス。身動きできずに見つめ合う二人。そして、少しずつ状況を把握したガスは、自分を打つようにと、ゆっくりとベンの前にひざまづく。The End。
AヴァージョンとBヴァージョンを同じ日に拝見しましたがそれがとても良かった気がしています。今年2月に連続公演されたtpt『Angels in America』の第1部、第2部は昼夜で観るのはつらかったそうですが、こちらは短編ですし登場人物も2人だけですからね。作品として楽しむのに加え、演劇という一つの表現形態の無限の可能性を実体験できる貴重な機会にもなると思いました。
Aヴァージョン 演出:鈴木裕美 出演:堤真一・村上淳
Bヴァージョン 演出:鈴木勝秀 出演:高橋克実・浅野和之
作:ハロルド・ピンター
翻訳:常田景子/美術:松井るみ/照明:笠原俊幸/衣装:伊賀大介/音響:井上正弘/舞台監督:二瓶剛雄/プロデューサー:北村明子
シス・カンパニー:http://www.siscompany.com/