広島で被爆した父と娘の二人芝居。1994年初演でもう9演目になります。さまざまな役者さんが演じられてきましたが、今回は西尾まりさんと辻萬長さんという、実際の親子のようにぴったりと年齢が離れたお二人です。
原爆が落ちたあの瞬間が、二人の対話を通して目の前に鮮やかに描き出されます。
舞台は原爆投下から3年後の広島。図書館で働きながら質素に暮らしている娘の前に、原爆で死んだ父の幽霊が現れる。娘の中にほのかな恋心が生まれた時に、自分も生まれたんだと父は言う。図書館に通ってくる青年と娘の仲を取り持とうと、父は必死で恋の応援団になるのだが・・・。
父と娘の、互いを思いやる優しい気持ちに触れ、この舞台を作っている人たちの熱い思いに触れ、涙が止まりませんでした。カーテンコールで客席からのあれほど心のこもった拍手を味わったのは初めてでした。私も涙を流しながら精一杯の拍手を贈りました。
上演時間は1時間半だったのですが、1時間弱しかなかったように感じました。内容が濃縮されていて、しかも面白かったから、あっという間に時間が過ぎていたのだと思います。
私は小学校1年生の時に『原爆展』を見に行きました。てっきり飛行機とか爆弾の模型などが展示されているのだと思って行ったのです。しかしながら会場に入るや否や目に入ってきたのは、瞬間的に燃え尽きて、溶けて、影のように道にこびりついてしまった人(?)や、顔の形がもう残っていないあおむけの遺体などのむごたらしい写真の数々でした。7歳の子供が見るものではありません。それから何年も悪夢にうなされる日々を過ごしましたので、親を恨みました。そして、私はなるべく『原爆』に触れないで生きるようにしてきたのです。
26歳の時にある本に出会って、私は今まで自分が義務教育で教えられてきた日本の近代の歴史が、自分の両親が教えられたものとはかけ離れていることを知りました。それがどのように違ったか、どれが正しいのかは、恥ずかしながら今でもきちんと説明はできないのですが、はっきりと感じたのは自分が無知だったということでした。それから私は、日本の歴史、特に戦争についての本や記事をなるべく読むようにしてきました。演劇にハマってからは、戦争を題材にした作品を逃さないようにチェックするようになったのです。その中で、井上ひさしさんに出会いました。
今までに、こまつ座の『闇に咲く花』『連鎖街のひとびと』『雨』『人間合格』『兄おとうと』『頭痛肩こり樋口一葉』『太鼓たたいて笛ふいて』、新国立劇場の『紙屋町さくらホテル』『夢の裂け目』『夢の泪』を拝見いたしました。栗山民也さんいわく“ことばの巨人”である井上さんの、奥の奥まで考えつくされ、選び抜かれた優しい言葉に包まれながら、人間の肌の温かみの通った深い知識、および知恵をめいっぱい教えていただける井上作品に、私は心酔しています。井上さんと同じ時代を生きられていることに感謝の気持ちが沸いてきます。
この作品でも目からうろこと言わんばかりに多くのことを教えていただきました。人間は知らないままでいたいと思えば、いくらでも無知でいられるのだなと、ブルーになります。原子爆弾は地上約500mの上空で爆発したということを、私は知りませんでした。てっきり地面に落ちたと思っていたのです。「二つの太陽をつくったんじゃ」はそういう意味だったんですね。そして太陽よりも熱い閃光の後に、猛烈な爆風が来たことも知らなかった。だから建物が倒れたんですね。何もかも焼けてなくなったんですね。
この作品の英訳の戯曲本が発売されたそうです。ぜひ海外の劇場で、海外のキャストでの公演を実現していただきたいですね。
作:井上ひさし 演出:鵜山 仁
出演:西尾まり 辻萬長
音楽:宇野誠一郎 美術:石井強司 照明:服部基 音響:深川定次 宣伝美術:和田誠 方言指導:大原穣子 演出助手:E-RUN 舞台監督:星野正弘 制作:井上都 高林真一 瀬川芳一
こまつ座:http://www.komatsuza.co.jp/