白井晃さんが、えり抜きのスタッフとともに創る海外戯曲@シアタートラムの第3弾。
フィリップ・リドリー作『ピッチフォーク・ディズニー』、『宇宙で一番早い時計』に続いて今度はゲイリー・オーウェンの“The Drowned World(溺れた世界)”です。
つみきみほ さん にしびれました。ぜひぜひ彼女を目撃して欲しい!
期待を裏切らない白井ワールドでした。緊張が続く2時間はちょっぴりキツイですが、こんなに繊細で美しい舞台世界を作り出せるチームは少ないです。もったいないことに空席が目立ちます。10月24日(金)までありますので、どうぞお時間を作って観に行っていただきたいです。
情けないことにちょっと風邪を引いてしまいました。てゆーか会場クーラーきき過ぎ!!苦情を言って帰ってきました。でも作品は素晴らしいですよ。(ここまで10/5にUP)
劇場入り口で、登場人物とSTORYについて書かれた1枚の紙が手渡しで配られました。手に持ったのでチラリと見てから観劇したのですが、読んでおいて良かったです。何もない舞台に4人の俳優が出てきて語るだけのお芝居(と言っても過言ではない)で、セリフも難解なのです。これからご覧になる方は、ネタバレを恐れずに事前にあらすじ等をお読みになることをお勧めします。それでも十分に楽しませてもらえますから。
(ここからネタバレします。)
●あらすじ(当日パンフレットから引用します)
そこは市民と非市民に分断された世界。非市民は輝くように美しい人間たち。市民は醜く、美しいものたちが放つ輝きを恐れて非市民を抹殺し、世界を支配している。青年ダレンは市民側(醜いもの)の人間でありながら、自分のいる世界とその人々を嫌悪し、いつか天使が自分を救いに来ることを願っている。ある日、誰かがダレンの部屋のドアを叩く。そこにいたのは市民に追われた、非市民(美しいもの)であるターラと、怪我をした恋人のジュリアンだった。ダレンは彼女が自分を救ってくれる天使だと信じ、ふたりを家にかくまう。ダレンは3人分の食べ物を得るため、ターラの美しい髪を闇売人のケリー(市民側)に売るが、実はケリーは非市民をかばう裏切り者の市民を通告するための、警察側スパイだった。(あらすじ終わり)
市民と非市民の構造は、戦時中ドイツにおけるユダヤ人差別に似ています。ただ、この物語においては被差別者が特定の人種などではなく「美しいもの」であることから、より広い普遍性につながります。
ケリー(つみきみほ)が窓辺にいたジュリアン(田中哲司)をチラリと見た瞬間に「吐き気がした」のは、警察側からすると「モラル・コントロールを失わせる非市民側の攻撃」なのですが、それはつまりは一目ぼれでした。ジュリアン(の瞳)を手に入れたいという強い欲望に支えられながら、闇売人の姿に身をやつして獲物を待っていると、ターラの髪を持ったダレンが引っかかってきます。そこでケリーは“美しいもの”を生け捕りにしているダレンに「“美しいもの”を自分のものにして、そして処分した後も、彼らの面影を抱きながら生きていける」と提案します。すごく切ないなぁと思いました。自分は醜い。世界も汚い。その中で生きていくためには幸せな思い出が必要なんですよね。
ダレン(岡田義徳)に惨殺されたケリー(つみきみほ)と、市民になぶり殺されたジュリアン(田中哲司)が、天国(地獄?)で出会うラストシーンでは、彼らは互いにこの上なく醜い姿になっています。ケリーは海の底で魚に体を食いちぎられているし、ジュリアンは火あぶりにされたのでケロイドだらけです。初めて何の偏見もなくコミュニケーションをし合えるようになった彼らの前に、8才ぐらいの子供が現れました。ケリーが警察側で働いていた頃は、子供であろうが“美しいもの”なら容赦なく捕まえていましたが、死んでしまって自由になった彼らは、その子供に光輝く月のことを話そうと言い合います。これは、こんなに醜い人間の世界だけれども、子供達の未来はきっと明るいものにしようという意志の暗示だと受け取りました。
演出(白井晃)、美術(松井るみ)、照明(高見和義)、映像(上田大樹)は『ファウスト』に引き続いて同じスタッフです。
舞台は何もない正方形の板の上。舞台面はへび皮のような姿のひからびた地面だったり、波が左右から打ち寄せる波打ち際だったり、天井から写される映像で変化します。舞台正面奥も全面がスクリーンになっていて、基本は黒色ですが場面ごとにそのシーンの色づけのための映像が映し出されます。とても抽象的な動画ばかりなので、場面の背景として決して邪魔にはならず、空間に動きと色づけをする以外に、登場人物の心中をやんわりと説明する役割も果たしていました。映像を使った舞台作品の中では秀逸な出来栄えだったと思います。白井さんの作りたい世界観がきっちりスタッフに伝わっているから実現しているのでしょう。
シーンとシーンのつなぎに、俳優が舞台上をただ動くシーンが挟まれます。これをコレオグラフィー(振付)の杏奈さんが作られたのでしょうね。残念ながら俳優の身体が追いついていませんでした。決められた動作をすることに精一杯で、触れ合ったりすれ違ったりする動作や位置関係で登場人物の関係や心情を表すところまでは行き着いていませんでした。これは役者さんの力量不足かも。これから公演後半になるに従ってしっくりしてくる可能性はあります。
いつもながら白井さんのキャスティングは心底すごいと思います。役者さん本人の資質を見抜いてそれを引き出すように演出されるのでしょうね。『ピッチフォーク・ディズニー』の宝生舞さん、『宇宙で一番早い時計』の鈴木一真さん(『浪人街』ではイマイチでしたが)、音楽劇『ファウスト』の篠原ともえさん、そして今回は つみきみほさん が私の新しい発見になりました。
岡田義徳さん。ダレン(市民)役。オープニングのたった一人での長ゼリフは、すごく頑張ってらっしゃったのですが言葉がずるずると流れてしまっていて、のっけから不安にさせられました。でも、物語が佳境に入ってくるにしたがって、岡田さん演じるダレンの心がじんわりと岡田さんの身体から溢れて出てくるようになり、ケリー(つみきみほ)を殺害するあたりからは、なるべく奥に秘めるように吹き出させる感情表現に、かえって激しさを感じることが出来ました。
田中哲司さん。ジュリアン(非市民)役。いちばん落ち着いて舞台上に居(お)られたように思います。田中さんというと色んなお芝居で活躍されているので(特に『欲望という名の電車』は素敵でした)、欲を言うともっと光って欲しかったです。そう、“輝くように美しい若者”であることを引き受けていなかった気がします。炎に飲み込まれるシーンと、死後の世界でケリーと語らうところの清らかな存在感はさすがにかっこ良かったです。
つみきみほさん。ケリー(市民)役。瞳にしびれました~・・・。一言一言を丁寧に、まるでその場で言葉を選んでいるかのように話されていました。グサっと肌に突き刺さるハードなセリフがすごく快感で、つみきさんが語ってらっしゃる時の私はほぼマゾでしたね(笑)。ターラ(上原さくら)の金髪が触れた岡田さんの唇に、誘われるように口づけるシーンのセクシーなこと!久々に本物のファム・ファタールに出会えました。つみきさんを観られるだけでもこのお芝居の価値ありです。
上原さくらさん。ターラ(非市民)役。スタイル抜群なのでシンプルなワンピースがよくお似合いでした。「絶世の美女」という役柄に全くしり込みせず堂々としてらっしゃるのが気持ちいいです。アフタートークでも相当面白かったようですね(笑)。声もきれいに届いていましたし、セリフもしっかりと間違いなく発せられていました。ただ、人物としてはちょっと上っ面だけだった気配アリ。でもその方が作品としては良かったのかもしれないです。“輝くように美しい若者”である非市民の方にも非がないわけではないことが伝わってきました。多くの側面から語ることの出来る、難解な、しかし普遍的なこのお話に、さらに一側面を加えることができたのではないでしょうか。
作:ゲイリー・オーウェン 翻訳:小宮山智津子 演出:白井晃 美術:松井るみ
出演:岡田義徳/上原さくら/田中哲司/つみきみほ
美術:松井るみ 照明:高見和義 音響:井上正弘 衣裳:前田文子 映像:上田大樹 ヘアメイク:林裕子 コレオグラフィー:杏奈 宣伝美術:高橋雅之(タカハシデザイン室) 宣伝写真:二石トモキ 宣伝写真ヘアメイク:米倉カオル 宣伝CGオペレーション:進藤小瀬里 制作:馬場潤子、根本成美(遊機械オフィス) 根本晴美(世田谷パブリックシアター) 制作アシスタント:春山美智 提携:世田谷パブリックシアター 企画制作:遊機械オフィス
世田谷パブリックシアター:http://www.setagaya-ac.or.jp/sept/