新国立劇場の小劇場をさらに小さく使うTHE LOFTという企画の第1弾(3弾まであります)。『浮標』で大感動した三好十郎さんの戯曲なので(2003年の私のベスト1です。レビューはこちら)少し期待して観に行きました。
戦後2~3年経った日本。悪事を働き金儲けをしている男(千葉哲也)とその愛人(秋山菜津子)、生きる希望を失くし、穴の中に閉じこもっていた元兵士(檀臣幸)の3人が、防空壕の中に閉じ込められる。必死で穴からの脱出を試みるが、わずかな希望も絶たれて極限状態に陥ってしまう。死を目の前にした彼らのそれぞれの生き様があばかれていく。
敗戦国となった日本では、世の中の価値基準がガラっと変化しました。道徳や理性などかなぐり捨てて金のために奔走する者が増え、またそういう輩に本当に金が集まるようになってしまった、心の喪失の時代。正反対の生き方をしている男2人と1人の女に、当時の日本人の姿が投影されます。(ここからネタバレします。作品の性質上、読んでから観に行かれても問題ないと思います)
20世紀の戦争についての自分の知識を振り返ると、私が受けた高校までの歴史教育では、事実ではなく一つの解釈を教わったように感じています。人から人に何かを伝えるということ自体に常にそういうリスク(事実の捏造)があるのですが、三好十郎さんのこの戯曲の言葉は、ありのままの本当の事として受け取れました。
このまま死ぬのだとわかってから、佐山(檀臣幸)は意外にも自分が「生きたい」と思っていることに気づきます。そして、今までの自分の人生を初めて振り返るのです。(下記のセリフは完全に正確な引用ではありません)
「戦争に負けて、みな『自分は本当は戦争なんてやりたくなかった』と声高に言い始めた。この戦争を誰かのせいにするために。」
「戦争をやっている時、俺は誰かを殺したいなどとは全く思っていなかった。ただ、命令されるがままに穴を掘っていた。」
「戦時中、戦争をしたいと思っていた奴がいただろうか?いやいなかった。ただ上に言われるがままに従っただけだ。それに、従わなかったとして、あの時、弱い人間に何が出来たであろう?いや何もできなかった。」
「人間は弱いのだ。」
「弱いことは、悪だ。」
「俺は自分の命をもてあそんでいた。」
気が動転してくるにしたがって花岡(千葉哲也)と村子(秋山菜津子)の衣装はどんどんと血の色が現れて、花岡などは赤い服を着ているかのように全体が血に染まった半袖のシャツを着ている状態になります。反対に、自分が「生きている」と気づき、主体的に生きはじめた佐山(檀臣幸)の衣装は、汚れずにそのままです。登場した時のボロ雑巾のような風貌から、凛々しささえ垣間見られるようなります。
このお芝居のタイトルが『胎内』であることについて。「もしここから出られたら、私、もっとちゃんとするのに」と息も絶え絶えになって嘆く村子(秋山菜津子)の言葉に、観客は自分自身を重ね合わせます。この作品という母体の中にいた観客は、死んでいった3人の痛ましい人生に触れ、劇場の外に出る時には新しい命として生まれ変わるという意味なのではないでしょうか。私たちの祖先が犯した過ちを正しく知り、それを再び繰り返さないと誓い、生きるということを主体的に生きて、今、突然死んでしまっても恥ずかしくない生き方をしようと、心を新たにするのです。なんて偉大な・・・。
さて、ここまでは三好十郎さんの戯曲についての感想でした。役者さんが非常に達者な方ばかりだったおかげでセリフを正確につかむことが出来ました。下記、この公演自体についての感想です。
穴に閉じ込められたと気づくまでの3人のやりとりが、リアルながらとても軽快で面白かったです。でも客席は総じて深刻な雰囲気で、コミカルな間(ま)がちゃんとあったのに笑ったのは私だけ・・・?という状態。もっと笑っていいと思うんですけどねぇ。
閉じ込められて「もう助からない」と気づいてからの5、6日間を3シーンぐらいに分けていた気がします。長かったですが、予想していたよりは平静に観ていられました。事前にあらすじを読んで、明るい結末ではないことを覚悟できていたからだと思います。
役者さんは3人とも演技がリアル。文句なく上手くてほれぼれします。ただ、すごく意外なことに、感情移入できなかったんです。本当にそういう人が目の前にいるように見えてしまい、「昔の時代の人がいるな~」と、眺めてしまう状態だったんです。なんて皮肉なんでしょう!リアルを求めたために心の内側へ内側へと突入してしまい、外側(観客側)への爆発力が減ったのでしょうか。それとも私が脚本解釈ばかりしてしまったせい?理由ははっきりしないのですが、とにかく私は淡々と眺めるままに終わってしまいました。
舞台はツルっとした何もない板の上で、全体が斜めの坂のようになっています。色は汚しの入ったどす黒い朱色。両側を観客にはさまれた細長い形で、直線的で抽象的なものでした。中央に水が溜まった丸い穴があいていて、たばこを捨てたり、花岡が佐山の頭をつっこんだり、生々しい用途に使われます。この装置もなんだかサラッとしていたんですよね・・・。たぶん言葉があまりに凄すぎて、美術や音響、照明などがちょっとした装飾どまりに思えてしまったのではないかしら。装置がすごくリアルな穴ぐらだったらどうだったんだろう・・・。『浮標』の時みたいに(初日写真はこちら)、額縁や周辺だけを抽象にする方が、観ている方も当事者のように感じられたのかも?うーん、良い戯曲だっただけに疑問がふつふつと・・・。私は最前列の席だったのですが、不思議なことに何もかもが遠くに、遠くに感じたのです。目の前に居る千葉哲也さんが私と全然関係のない世界にいらっしゃるように感じました。
役者さんについて。素直に尊敬です。こんな壮絶な芝居をやろうと思うなんて。そして、あそこまでなり切って演じられるなんて。1日2ステージの日があるのが恐ろしい。
千葉哲也さんと秋山菜津子さん。tptで二人芝居もされていらっしゃいます。期待通り。満足。言うことなし。
檀臣幸(だん・ともゆき)さん。青年座所属。ハンサムを期待していたんですが・・・この役ではそれは全くムリですね(笑)。めちゃくちゃ演技がうまいです。手放しでスゴイ。『てのひらのこびと』(レビューはこちら)以来、さらにファンになりました。全然関係ないことですが「檀臣幸」でYahoo!検索した時に出てくるお写真、めちゃくちゃ若い!!
作:三好十郎 演出:栗山民也
出演:秋山菜津子 千葉哲也 檀 臣幸
美術:島次郎 照明:勝柴次朗 音響:市来邦比古 衣裳:宇野善子 ヘアメイク:林裕子 演出助手:宮越洋子 舞台監督:米倉幸雄
新国立劇場:http://www.nntt.jac.go.jp/