カナダの劇作家フランク・モハーさんの脚本を宮田慶子さんが演出します。どこにでもいそうな普通の人々の日常に訪れる切実な問題を、優しく暖かく、しかしリアルに描いています。
明日10/17(日)14:00の回が千秋楽です。とても感動できるお芝居だと思いますので、どうぞ大人のムードの俳優座劇場に足をお運びください。
工場のオートメーション化(機械導入)でリストラされた若者ティム(野村宏伸)は「庭掃除でも大工仕事でも何でもやるよ!」とアピールして、大きな家で一人暮らしをしているフィリップ夫人(長谷川稀世)に雇ってもらう。夫人は夜になるとハイウェイの近くを放浪してしまう等の痴呆の症状が出始めていて、日常生活に誰かの助けが必要だと感じていたのだ。ティムは週6日、朝から夜までフィリップ夫人の家で家事をすることになり、2人の生活のリズムが揃い始めた頃、ティムの妻ジネット(宮地雅子)が今よりも給料の高い仕事を勝ち取った。百貨店に勤めながら夜学に通った努力が実ったのだ。しかし新しい勤務地はド田舎で、すぐにでも引っ越さなければならない。フィリップ夫人のことを放っておけないティムはこのまま残ると言い出すが・・・。
オープニングがものすごく暗くて、のっけからかなり気が滅入ったんです。でもフィリップ夫人の若い頃の職業がわかった時から、この戯曲の深いところに入り込んでいけました。
リストラ、痴呆・介護問題は今の日本においてものっぴきならない大問題です。女性の社会進出は晩婚・少子化を促進し、夫婦や家族の形そのものに変化をもたらしました。この戯曲は1985年に書かれたものなのですが、2004年の今になって、すごく身近です。
フィリップ夫人にもティムとジネットにも子供がいません。ちょっと物足りない気もしましたが、子供がいたら遺産相続などの家族の内側の問題をクローズアップせざるを得ませんからね。自立した大人だけのお話にしているおかげで、私自身を登場人物一人一人と重ね合わせて観る事が簡単に出来たように思います。
演出の宮田慶子さんがこの戯曲についてパンフレットに書かれている素敵な文章を引用させていただきます↓
「どんな大きな問題も、あくまでも等身大の自分の問題として全力でとり組み、ひとつずつ解決していくことが、これから先の世界を作っていくのだという勇気をもらいます。」
ここからネタバレします。(引用するセリフは完全に正確ではありません)
工場長になってやると意気込んで必死で働いていたティム、ケベック州から出てきてカウボーイと結婚したいと思っていたジネット、そして痴呆が始まった元数学者フィリップ夫人3人の人物像がきめ細かく浮かび上がる脚本でした。役者さんの演技がお上手なのも大きいと思います。そしてもちろん、登場人物の一人一人に細やかな愛を持って演出される宮田さんの力も大きいと思います。
フィリップ夫人が友人の音楽学者の夫婦らとともに別荘で過ごした若い頃の思い出話をするシーンで泣けました。「ショーペンハウェルの、あの気難しいドイツ人哲学者の人生は、果たして幸せだったのかどうかを、大自然の中で喧々諤々(けんけんがくがく)言い争ったりして、私たち本当に馬鹿だったわ。・・・でも、私たちは本気だった」。他にも「数学は音楽と一緒」とか、「私ははみだし者だったのよ」とか、自分の人生について率直に、達観した心持ちで発せらるセリフが、彼女の人生を鮮やかに描き出しました。老人ホームに入ると決心したフィリップ夫人が、「数学者として生きてきた50年だったけれど、知りたいことはわからないままだった。自分の人生は何だったんだ、全ては徒労だった」と嘆くところは私も身につまされ、涙がこぼれました。
ジネットが大好きなカントリーウェスタンの音楽がよく流れます。私もカントリーミュージック、大好きなんですよね。それもあってか、時々暗転中にかかる音楽を聴いて泣けてきたりもしました。ジネット曰くの「虐げられてきた人達の音楽」は、確かに根底に悲しみがあり、だけど前向きで力強くて、人に優しいんです。
美術(横田あつみ)がとても地味でした。舞台奥の全体が幕になっている作品を連続で観たので(『バット男』もそうだったんです)、ちょっと寂しい気がしていたのですが、最後には上手のおばあちゃんの家と下手の若夫婦の部屋が合体しましたね。このままでは終わらないだろうと思っていたので少し嬉しかったです。オレンジと黄色の明るいチラシのビジュアルは、このラストシーンのイメージだったのかな。植物のつるを絡めて作られた大きな木が舞台中央にそびえていましたが、すごく印象に深いオブジェでした。私には人間の脳と脳髄に見えたり、原爆雲に見えたり(なんでやねん)、さまざまに想像力を掻き立てられました。
美術が地味だった分、ストイックで品の良い照明(中川隆一)をじっくり味わえました。特に木のオブジェに当てる光は美しかったです。
カナダの演劇作品を観るのはこれで4度目になります(『ハイライフ』『月の向こう側』『7ストーリーズ』)。どこか淡々としたところがあるのが共通点ですね。大事件が起こってもシラっとしてるというか、冷静というよりは他人行儀な雰囲気。一人ずつが孤独で静かな戦いをし続けており、そこから決して逃げていない潔さがあります。イギリスとフランスに取り合いされ、結果的にはイギリス領になったけれども、英語とフランス語が公用語として残っている状態で、芸術・文化の面ではお隣りの国アメリカに押され続けているというのが、今のカナダの環境だそうです(パンフレットからの情報です)。そこで培われてきたカナダ独特の文化が現れているのでしょう。
ひょうご舞台芸術のパンフレットにはいつも、芸術監督の山崎正和さんとスタッフのお一人との対談が載っています。今回は翻訳の吉原豊司さんでした。吉原さんは「(会社員の時に)赴任先のカナダ独特の英語表現に慣れるために、劇場通いを始めた」そうで、商社を定年退職してから翻訳業を始められました。人間の人生、いくつになっても色んなことが出来るんですね。
作:フランク・モハー 翻訳:吉原豊司 演出:宮田慶子
出演:野村宏伸(ティム・アレンズ) 宮地雅子(ジネット・アレンズ) 長谷川稀世(フィップス夫人)
美術:横田あつみ 照明:中川隆一 衣裳:前田文子 音響:高橋巌 ヘアメイク:林裕子 演出助手:阿部洋平 舞台監督:澁谷壽久 芸術顧問:山崎正和 プロデューサー:三崎力(芸術文化センター推進室) 主催・企画製作:兵庫県、(財)兵庫県芸術文化協会 協賛:近畿コカ・コーラボトリング株式会社 後援:朝日新聞社、カナダ大使館 制作:インタースペース
兵庫県立芸術文化センター:http://www.gcenter-hyogo.jp/
チケットスペース:http://www.ints.co.jp/