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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2004年10月25日

ニ兎社『新・明暗』10/22-11/07世田谷パブリックシアター

 夏目漱石の未完の小説「明暗」を永井愛さんが独自のエンディングを追加して脚色・演出されます。主要登場人物を演じる役者さんは初演(2002年10月@シアタートラム)とほぼ同じで、劇場はぐんと大きくなっての再演です。

 商社マンの津田(佐々木蔵之介)は大手ハム会社令嬢のお延(山本郁子)と結婚し、順風満帆の新婚生活を送っている・・・ように見せかけていた。実は実父(長野のゼネコン関連会社に天下りした元官僚)に借金をしなければやっていけないし、お嬢様育ちで世間知らずのお延にも少し食傷気味。さらに、痔ろうの手術で入院することに。お延と津田の実妹(小山萌子)との不仲や学生時代からの悪友である小林の出現、お延の妹の継子(小山萌子)のお見合い、陰の権力者である専務夫人(木野花)のおせっかい等のてんやわんやの末、津田は未だ忘れられない元恋人、清子のいる温泉宿に向かう。「なぜ僕を振ったのか」を聞くために。

 永井さんの脚本、演出にすっかり感服でした。初演でハプニング(山本郁子さんの足の怪我)にちょうど出くわしてしまったのもあり、私には全てがグレードアップしたように感じられました。登場人物の言葉、表情、感情の起伏、立ち位置、動きなどの一つ一つが細かいところまで入念に作り込まれています。美術にも照明にも演出意図がしっかりと行き届いていました。休憩15分(だったかな?)を挟んで3時間強の長丁場ですが、全く長さを感じさせない痛快な現代娯楽演劇でした。

 この地球に生じた時から続いている男と女の絶え間ない戦い、本音と嘘が背中合わせになっている人間のコミュニケーションの実態を、漱石の滑らかでしたたかなストーリーに写し込み、永井さんらしい鋭い視点から描きます。大人が思いっ切り笑える笑いも盛りだくさんです。
 体裁を繕うこと、いい格好をすること、思いやっているようで実は騙そうとしていること・・・もしかすると私もやっちゃってるかも(冷汗)。基本的に善意で真面目にやってることだから気づかないんですよね。  
  
 ここからネタバレします(セリフは完全に正確ではありません)。

 津田にひがみの感情をぶつけながら、物や金を堂々とせびる大学時代の悪友、小林(下総源太朗)の「俺は悲しいよ」というセリフにじ~んと来ます。本音丸出しで生きている彼は当然のことながら回りに嫌われるので、世の中をうまく渡って行けません。だから、本音をひた隠しにして環境をうまく利用している津田を軽蔑し、同時に妬んでいます。学生時代に清子のことを一途に愛していた津田を知っているからこそ、今の津田そして自分を知るにつけ「悲しく」なるのです。そんな小林に対していつも余裕を見せている津田ですが、実は小林に負けたくないという気持ちを持っており、それをバネにして清子(山本郁子)に心を打ち明けることに成功するのは見事な仕掛けだと思います。

 温泉宿の滝の前で清子に「なぜ僕を振ったのか」を聞くシーンの津田は、後の清子のセリフにもあるように本当に魅力的な男でした。蔵之介さんの演技も一味違いましたね。自分の心をそのままに、正直に気持ちを伝えようとしている時の人間は、光を放つものだと私は思っています。ある日、私の友人がボロボロと涙を流しながら失恋話をしてくれたことがありました。彼女の張り裂けんばかりの悲しみもそっちのけで、とめどない涙がつたう彼女の頬や、小さく震える唇からこぼれ出る声の美しさに、私はただただうっとり彼女に見とれてしまったのです。あぁ人間って、あるがままの姿をあるがままに見せることが出来た時に、その本来の輝きが他人の目に届くんだなと知りました。

 津田を振ったのは「関(今の夫)のことが好きになってしまったからよ」と、拍子抜けするほどサラリとした返事をした清子が、再び津田のところにやって来て「さっきのことは全部うそ(!)」と言いのけるあたりから、加速度をつけて終幕までひとっとびでした。2人の仲が復活しようかというところで、津田がまた逃げ出すのが悲しいほどに滑稽です。清子が「あなたがそういう人だから、私はあなたを振ったのよ」と言うのに心底納得(笑)。

 台風を切り抜けて家の前にたどり着くと、妻のお延と実妹と専務夫人が一緒にお茶をいただいて待っていました。険悪な仲だった3人が、互いの利害の一致を見出して結束したことを表しています。またもや津田は、欲望を嘘で包み隠す世界へと戻ってきたのです。清子を置いて逃げてきたものの、津田の心にはまだ自分を解き放つことができた、あの温泉宿と紅葉の景色が残っています。そこで出たのがラストのセリフ「まだ、もうちょっとこの空気を吸っていたいんだ」なんですね。

 全面黒色のパネルでステージをとり囲むように建て込まれた装置は、角ばった穴がたくさん空いているものの、舞台の一番奥の幕が黒いために全体が黒のイメージです。真っ黒い空間にところどころ白い光が差し込んでおり、これは人の心の闇を表しているんだなと思いました。豪華なマンション、最高級レストラン、オペラ劇場、揺れ動く心のままに派手に立ち回る登場人物たち等、この黒い空間の中にあるものは全て津田やお延の心の中の出来事であり、正しいのか間違っているのか、本当なのか嘘なのかは誰にも決められません。それに対して、温泉宿から散歩に出るシーンでは、奥の幕が黒幕から紅葉を描いた鮮やかなスクリーンに変わります。見事だったな~・・・。すがすがしい滝が流れる秋の気持ちのいい自然の中で、津田は初めて本当の心を打ち明けられるのです。回り舞台も初演の時はちぐはぐに感じていましたが、今回は完璧。永井さんの演出が見事に実現していました。

 メルマガ号外に書きましたが、終演直後に隣りの席の見知らぬ方に話しかけられました。「傑作だね」『ええ、本当に』「いやぁたいしたもんだっ」『はい、最高でした』(「 」がお隣の方、『 』が私)と感想を言い合ったんです(私の語彙の少なさが悲しい・・・)。しかもそれがかなりお年を召した方だったのに喜びもひとしお。あれは本当の気持ちのやりとりだったと自信を持って言えます。お芝居の最中には涙など出なかったのですが、帰りの電車で泣けてきました。永井さんを始め、この作品を作っている方々の本当の気持ちを体中に浴びて、そのおじい様も私も本当の気持ちを出せたのだと思います。

 ※ロビーでは、永井さんの戯曲本やエッセイ本の他に「新・明暗」饅頭と「新・明暗」酒が販売されていました。なんとお酒は佐々木酒造(佐々木蔵之介さんのご実家)の清酒!こりゃー買うしかないでしょう(笑)。透明プラスティック製の公演記念升(マス)も付いています。

 ※残念ながら客層が・・・良くなかったです。やっぱり蔵之介さん、テレビでもご活躍ですしね。何をやっても(やらなくても)笑う女性客や、上演中に何度もセリフを言い返す女性客、隣りの席の友達とおしゃべりしちゃう女性客など(女性限定ですね)、かなり気分の悪い環境でした。覚悟して観に行かれた方がいいです。
 
 ※東京初日のお宝ハプニングがありました。蔵之介さんがベッドのヘッドボードの上に乗り出しすぎて、ベッドがグシャッと壊れたんです。会場中が大爆笑&大喝采。その後、いくら演技を続けても笑いが吹き出てしまう蔵之介さんでしたが(笑)、そのシーンの最後にはきっちり盛り返したのが見事でした。たぶんベッドの上でやるはずだったことを立ったままでやったんじゃないかな?

 ※関連サイト
  ぴあ メールマガジン特集コラム ≪舞台のツボ≫二兎社「新・明暗」
  ぴあ 佐々木蔵之介インタビュー

原作:夏目漱石「明暗」 作・演出:永井愛
出演:佐々木蔵之介/山本郁子/木野花/下総源太朗/小山萌子/土屋良太/鴨川てんし/中村方隆
美術:太田創 照明:中川隆一 音響:市来邦比古 衣裳:竹原典子 舞台監督:小山博道 宣伝美術:マッチアンドカンパニー 宣伝写真:熊谷聖司 提携:世田谷パブリックシアター 制作担当:弘雅美 安藤ゆか
ニ兎社:http://www.nitosha.net/
世田谷パブリックシアター:http://www.setagaya-ac.or.jp/sept/

Posted by shinobu at 2004年10月25日 01:55 | TrackBack (1)