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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2004年01月03日

作:井上ひさし/演出:栗山民也『夢の泪〈東京裁判三部作・第二部〉』10/9-11/3新国立劇場 小劇場

 井上ひさしさんの書き下ろし新作です。2001年に新国立劇場で上演された『夢の裂け目』が東京裁判三部作の第一部で、これは第二部です。『夢の裂け目』は私の2001年観劇ベスト10の第3位でした(216本中)。

 またもや涙が溢れて、溢れて、止まりませんでした。なんでもないシーンで涙がポロポロ。歌を聴いていたら頬にツー・・・。私だけではありません。客席中で鼻をすする音。そしてハンカチ、ハンカチ、ハンカチ・・・。劇場は井上さんを始め、この作品を作った全ての人々の愛で暖かく満たされました。

 『夢の裂け目』と同じく音楽劇でした。ほぼ同じ装置で同じキャスト(1人だけ違います)。笑いがいっぱい、涙がいっぱいなのも同じ。井上さんの心を受け取ることが出来て良かった、としみじみ感謝をするのも前作同様です。
 東京裁判という重要な事件を複数の違った視点から描くことは、観客がその全体像を理解するのに効果的だと思います。また、同じ役者さんが出てきてくれることで、昔から今そして未来へと演劇(歴史)がつながっていくことも実感できます。

 前回は紙芝居屋さんが主人公でしたが、今回はある弁護士事務所のお話でした。夫婦で弁護士をしているのですが、妻の方が東京裁判(極東国際軍事裁判)の戦犯の弁護人になったため、第2次世界大戦勃発の理由、日本敗戦の原因、東京裁判の意義などを深く考えることになります。
 東京裁判以外にも、2人の歌手による1つの歌の無体財産権争いが描かれます。果たしてその歌は「丘の桜」なのか「丘の上の桜の木」なのか。実は2人の夫が同じ部隊に配属されていて、そこの部隊長が作った歌だったことがわかると、顔を合わす度にいがみ合っていた2人が初めて心を開き、2人一緒にその歌を歌います。その旋律の美しいこと・・・今も耳に残っています。
 ♪桜の花 咲いているかな もう一度見たかった それだけが心のこり♪ (歌詞は完全に正確ではありません)

 セリフを聞くよりも歌を味わうことによって、作者の伝えたいことの本当の意味がわかりやすいことがあると思います。例えばオペラでもそうです。歌の方が感情が直接的に伝わるのです。
 ♪人は場所に染み付いている。その場所がなくなったら、みんな浮き草♪

 敗戦した日本人は「ただ、捨てられたんだ」というセリフがありました。憎まれたのではない、復讐されてるのでもない、ただ、ポイとゴミ同然に捨てられただけ。マザー・テレサの言葉を思い出しました。「愛情の反対は憎しみではありません。無視です。」(言葉は完全に正確ではありません)

 舞台美術は、音楽を生演奏する人達が舞台つら側の小さな穴に入っていたり、家のセットが袖からスライドして出てくるなどは『夢の裂け目』とほぼ同じなのですが、舞台奥の幕が印象的でした。白い幕がしわしわの模様になっていて、ところどころ焦げたように黒ずんでいるんです。幕の右上の方には丸く大きな穴が空いていて、それが夜空を照らす月のように見えます。朽ち果てた東京や荒廃した日本人の心を、空にポッカリと空いた穴で表現していたようにも感じました。
 2人の歌手の心のわだかまりが消え、一緒に桜の木の歌を歌うシーンで、その幕が上にスルスルと上がって行きました。穴が天井に隠れて見えなくなると、舞台奥全面を覆おう白黒のしわ模様が、桜の木のように見えたんです。また、穴が見えなくなったことで人々の心の空洞が満たされたことも表されていました。10年後の様子が描かれるエンディングで再びその穴がもとの位置に戻って来ていたのが憎い演出でした。戦争が終わって平和になったようだけれども、人間の心にはまだ得体の知れない穴が空いたままなのだということだと思います。

 演出は前作に引き続き栗山民也さん。演出については前作『夢の裂け目』方が好きでした。というのも今回は演出という演出があまりついていなかったように感じたので。やっぱり脚本が遅かったからですかね。前回も遅かったらしいのですが。
 TANI Kenichiさんのおっしゃるように、説明ばかりが目だってビジュアル的に見せていただける瞬間は少なかったと思いますが、私は東京裁判の詳しい状態を知ることが出来ただけでも満足でした。もっと詳しく知りたくなったので本も買いました。中公文庫「秘録 東京裁判」清瀬一郎著 中央公論新社 857円+税

 藤谷美紀さん。清楚で美しい人です。こんなに心がきれいな舞台女優さんはいないんじゃないかって思います。彼女が居るだけで優しい気持ちになれます。癒されて涙さえ出てしまいそう。
 三田和代さん。膨大な説明ゼリフでした。ユーモアを交えつつ、的確に意味を伝えてくださいました。女優ってこういう仕事なんだな、プロはこうじゃなきゃな、と襟を正す思いです。
 福本伸一さん。差別されていた韓国人の燃える思い。いつもになく目が鋭くぎらぎらしていました。学生服を着ても無理がないですね。福本さんは井上ひさし芝居には初出演だそうです。

 私はこの作品を母親と一緒に観に行きました。母も大満足でぜひ次も観たいと言っています。井上ひさしさんは今年70歳になられます。彼の書き下ろし新作を見ることのできる幸せを、これからもなるべく多くの人と享受したいものです。

新国立劇場HP : http://www.nntt.jac.go.jp/

Posted by shinobu at 13:57