秋山菜津子さんが魔性の女“ルル”を演じます。脚本に能祖将夫さん、構成・演出に白井晃さんという、去年すばらしかった音楽劇『ファウスト』のスタッフが勢ぞろいで、期待どおりの芸術的舞台空間を見せて頂けました。
身体の全ての感覚を自由にしながら研ぎ澄ませて、美術、映像、衣裳、音響、そして役者さんの姿、動き、声を、与えられるがままに浴びて、吸い込んで、満足以上のものを得られた、豊かな“芸術浴”でした(森林浴、みたいな)。
上演時間は休憩を挟んで3時間以上あったと思います。場面と場面の間に映像と踊りのイメージシーンが挟まれ、それがそれぞれ長かったので長時間の作品になったのでしょう。でも長さはまったく苦痛にはなりませんでした。家に着いてから疲労困憊している自分に気づきましたけど(笑)。
ストーリーは追うだけでも充分面白かったですが、私はタイトル・ロールのルルに魅了されたり、彼女に翻弄される男達の群像劇を味わったりは、特にしませんでした。とにかくストイック、クール、スタイリッシュな舞台空間に身を任せて、思う存分に心を浮遊させた幸せな時間でした。
ここからネタバレします。最後まであらすじを書いてみます。
≪第1幕≫
どんな男も魅了する美貌の小悪魔ルル(秋山菜津子)は、年配の男(小田豊)と結婚している。ある日夫はルルが若いカメラマン(みのすけ)に迫られているところを目撃し、ショック死してしまう。
ルルは遺産をがっぽりもらってカメラマンと結婚した。実は彼女は長年にわたって大手新聞社社長(古谷一行)の愛人であり、社長はやっかい払いしようと彼女をどんどん結婚させていたのだ。ある日カメラマンはその事実を知って自殺してしまう。
社長の息子(増沢望)は舞台の演出家で、ルルは息子の劇団の女優になる。社長が婚約者を連れて舞台を観に来たことに激怒したルルは、口論して社長を追い詰める。社長は自分がルルと離れられないことを認め、婚約を破棄する。
めでたくルルは社長と結婚したが、男遊びの癖は治らない。息子もルルに愛を告白してしまう始末。その様子を隠れて見ていた社長は、とうとう堪忍袋の緒が切れてルルに銃で自殺するよう促すが、ルルはとっさに社長を撃ってしまう。
≪第2幕≫
ルルは夫殺害の罪で投獄される。ルルを愛してしまった者たちの必死の取り計らいで、ルルは1年半後に脱獄する。ルルは息子と偽装結婚し、仲間と逃避行の旅をする。財産を使い果たしながら逃げている最中、ルルの弱みに付け込む輩も出てくる。ルルは持ち前の魅力と二枚舌でうまく切り抜けるが、息子が持っていた株が大暴落して二人は無一文になる。
ルルと息子、そしてルルの父親の3人の生活は、ルルを売春婦にして客を取らせるほどに落ちぶれる。初めて街に立った日、ルルは何人もの男を引き込むが、最後の一人がジャック(古谷一行)だった。ジャック、つまりジャック・ザ・リッパー(切り裂き魔ジャック)は、ルルを愛していた女流詩人(根岸季衣)とルルを刺し殺し、ルルの子宮を切り取って、街へと姿を消す。
音楽と映像はnido(古谷建志、上杉俊佑、 吉川寛、武田真治)によるもので、昔の映画のようにすこしぼやけたモノトーンが渋かったです。文字映像と重なったりするので全体としてはあくまでも現代風。アコースティックな音と電子ノイズ音がまざった音楽とも相性はバッチリ。衣裳や美術とももちろん合っていました。うわー・・・とうっとり見とれることが多かったです。
※古谷一行さんとのご縁から音楽がnidoになったそうです(Dragon Ashの古谷建志さんは一行さんの息子さん)。
ダンスの振付はイデビアン・クルーの井手茂太さん。ダンスというよりは簡単な動きの組み合わせという感じ。広い八百屋舞台を何らかのルールに沿って縦横無尽に動く俳優達は、一人一人が主役の群像劇である側面と、全員が交換可能な駒(ロボット・部品)として見せる側面との両方を感じ取ることができました。
これら全ての指揮をとった白井晃さんの演出手腕に感嘆のため息です。非常に芸術的で独特な一つ一つの要素を適材適所にはめこみ、組み合わせ、混ぜ合わせて、完成した姿はシンプル、ストイック、クールなんです。
装置の演出でも素晴らしいところが一杯あったのですが、特に私が感動したのは、刑務所から脱走したルルが社長の息子が逃亡生活をし始めたところで、場面がカジノへと転換するところ。上から十数個のランプがススーっと降りてきただけでもカッコいいのに、そのランプ達がぐるりと回転すると、舞台の上下(かみしも)と平行に並んでいたのが、垂直の2列に並び変わるんです(あぁ説明が全くできてません、ごめんなさい)。うわー・・・・って声出ちゃったよ、感激して。
秋山菜津子さん。奔放で、コケティッシュで、子供っぽくて、素直なルルでした。悪女ってやっぱり端から見て名づけられるんですね。彼女そのものは自由で正直なだけなんですね。私はこういうルル像に共感。
スタンドマイクで歌うシーンが一番、秋山さんが美しく見えました。若い娘が歌うシャンソンのように、可愛らしい声でほっそりと自然に歌われました。たぶんフルコーラスありましたよね。聞き惚れ、見惚れました。そして劇団で舞台に立つシーンのなまめかしい踊りも凄かった。
古谷一行さんは、ご自身もアフタートークでおっしゃっていましたが、ジャック役の時がものすごく生き生きしてらっしゃいました(笑)。あれは気持ちの良い残虐性でした。
増沢望さん。社長の息子アルヴァ役。増沢さん、私の中ではひさびさの大ヒット!!情けないボンボン役が素敵だったわ~。美形であることの利点も最大限に発揮してくださったし、おまぬけさんキャラもばっちりでした。特に最終幕の屋根裏部屋での演技が良かった気がします。
【アフタートーク】 私が覚えている限りですので、完全に正確では在りません。
司会:能祖将夫さん(脚本)
参加者:古谷一行さん(シェーン)、秋山菜津子さん(ルル)、白井晃さん(演出)
能祖:演出の白井さん、「ルル」とはどういう女なのでしょう。
白井:自分の思いに正直に生きた女。男は彼女に夢中になるのだけれど、社会との折り合いをつけるために彼女を切り離していく。そういうふうに描こうと思いました。
能祖:役に飛び込んでいく女優と言われる秋山さん。今回演じられたタイトル・ロール「ルル」は、オペラでも演じるのが難しいとされる役ですが、秋山さんにとっては何が難しかったですか?
秋山:いわゆる「悪女」として演じるのは簡単だと思うのですが、奔放さゆえ悪女に見えただけであって、また、無邪気だからといってお馬鹿さんではない。その微妙なところが難しかったです。
能祖:金田一耕介など、正義の味方の役を演じられることが多い古谷さんですが、今回のシェーン(社長)は古谷さんにとってどんな役でしょう?
古谷:ルルが社会の枠にとらわれない、埒(らち)に入らない人間であるとすると、僕が演じるシェーンは、欲望、エゴ、権力、暴力と言いましょうか、狂気に走ったところからは悪ですね。
能祖:白井さんの演出は、ストイックでスタイリッシュな方向へと向かわれているようですが。
白井:80年代は、どこか懐かしかったり、優しさを全面に出している作風でしたが、それはあの頃、いつも何かと戦っていたような、空洞感があって、風が吹きすさぶような時代であり、自分回帰というか自分を見つけようとしていたからだと思います。しかし95年から2000年にかけて、社会の動きがあまりに早く、激しくなったため、人間は(それについていけなくて)控えめになってきた。そういう現代にフィットする演出になってきたのだと言えます(←このあたりはちょっと曖昧です)。この作品の登場人物はみんな生きたがっている、生きようとしている。そこに自分が表現したいものがある。
能祖:イメージシーンとアクトシーンが交互に繰り返される構成でしたが。
白井:映像と音楽については、古谷さんとご一緒したご縁でnido(古谷建志、上杉俊佑、 吉川寛、武田真治)とやることになりました。頭の中のイメージを抽象的に表現し、肉感的な、感覚的なものにしたいと思いました。ルルから見たシェーン、シェーンから見たルル、というように、網膜から見た人間のイメージを表す映像を作ってもらいました。
観客(女性):自分が女だからだと思うが、ルルのことはやはり好きにはなれない。違和感が有るセリフがある。それは意図的ですか?
白井:十人十色じゃないでしょうか。ルルじゃなくても、誰でも少なからず奔放だったりわがままだったりする。突拍子もないことを言ったりやったりする。女性なら誰しも(ルルのような性質を)持っているところがある。人間はお互いに求めている。生きたいと思っている。ルルは少し正直に生きただけ。
観客(男性):シュバルツァは原作では画家でしたが、今作ではカメラマンですね。それは現代的なイメージからですか?
白井:そうですね、現代的なという意味もあります。画家というと今の時代はあまり(少ない)。目に焼きついた相手の姿のイメージを映像で使い、その印象を残していきたいと思ったので。
観客(男性):ラストシーンはイメージシーンで、ルルが一人で歩いていくのを男達が見ている様子でしたが、あれはルルが男達を救ったのではないかと私は思いました。
白井:いいお客様だ~っ!そうです!その意図はありました!原作だと刺された女流詩人が「ルル!」と叫んで終わるという本当に凄い(救いのない)ラストなのですが。ルルは死にましたが、彼らを救済したのです。
《北九州 東京 松本》
脚本:能祖将夫 構成・演出:白井晃 原作:フランク・ヴェデキント
出演:秋山菜津子 古谷一行 根岸季衣 増沢望 浅野和之 みのすけ 小田豊 岸博之 石橋祐 まるの保
美術:松井るみ 照明:高見和義 音響:井上正弘 音楽:nido(古谷建志、上杉俊佑、 吉川寛、武田真治) 衣裳:前田文子 振付:井手茂太 ヘアメイク:林裕子 演出助手:豊田めぐみ プロダクションマネージャー:堀内真人 舞台監督:安田武司 技術監督:眞野純(世田谷パブリックシアター) 宣伝美術:高橋雅之(タカハシデザイン室) 制作:田上佐知子 坂本孝子 黒崎あかね 国好みづき(北九州芸術劇場)プロデューサー:能祖将夫 津村卓 制作進行:大迫久美子 制作協力:(有)遊機械オフィス
前売り4,800円 当日5,800円(全席指定) 学生割引あり
世田谷パブリックシアター内:http://www.setagaya-ac.or.jp/sept/jouhou/04-2-4-71.html
北九州芸術劇場:http://www.kitakyushu-performingartscenter.or.jp/