ベルトルト・ブレヒトが設立したドイツの劇場(劇団)ベルリナー・アンサンブルの来日公演です。脚本はブレヒト、演出はハイナー・ミュラーで、初演は1995年。ミュラーの遺作となった作品です。
主役のウイを演じるマルティン・ヴトケさんがとにかくスゴイということで楽しみにしていたのですが、確かにヴトケさんは強烈(笑)! 休憩20分を含む3時間という長い上演時間でしたが、演出も面白かったので最後まで緊張感を持って拝見できました。派手なところは派手ですが、全体をとおして非常にクール(冷静)な大人向けの作品でした。
「ベルリン演劇週間」プロジェクトという企画が実施中で、シャウビューネ劇場『ノラ』・『火の顔』と、『アルトゥロ・・・』のチケットを買うと色んな特典があります。先日の『ノラ』の会場では世田谷パブリックシアターが発行する劇場雑誌SPTをプレゼントしていただきました。『アルトゥロ・・・』では公演パンフレットをもらえるみたいです。他にも学生割引など色々あるので、ぜひ利用してください。
ありがたいことにドイツの有名な劇場の作品を3つ(フォルクスビューネ『終着駅アメリカ』、シャウビューネ『ノラ』、ベルリナー・アンサンブル『アルトゥロ・・・』)拝見することができました。3つとも完成度が高く、そして刺激的で、自分が知らない世界を教えてくれた貴重な体験でした。ドイツに行かずして劇場をハシゴしたってことですから、ものすごく得した気持ちです。“日本におけるドイツ年”に感謝です。
さてさて内容ですが、「アドルフ・ヒトラーのパロディ」とはっきり言えるような、とても直接的にヒトラーを描いた作品でした。まず正面入り口から劇場に入るやいなや、ドイツ語をしゃべる男性の声が響いてきます。なんと中劇場のロビー入り口に2mぐらいの高さの台が設営されており、黒ずくめのスーツに黒いハットを被った紳士が演説しているのです。内容はヒトラーの演説と私的遺言(だと思われます)。台のそばに資料が置かれてあったのでわかったのですが、いや~すごい内容でした。ヒトラーって本当に侵略者で独裁者だったんだなって思いました。
1920年代のシカゴを舞台にした物語。小さなギャング団のボスのアルトゥロ・ウイ(マルティン・ヴトケ)をヒトラーに見立て、彼が地べたからのし上がっていって、上り詰めるまでが主な流れです。詳しいあらすじはこちら。
『ノラ』を観た時も感じましたが、俳優の存在が日本の演劇とは違うなーと思いました。ウイを演じるマルティン・ヴトケさんにしても、ヴトケさんご自身ではなくウイが舞台に存在し、ウイが面白いから笑えるんです。歌舞伎役者さんが花道で見得を切って「よろず屋!」とか声がかかるような空気じゃないんですよね。俳優に注目するのではなく、劇場に入った時から作品と出会い、味わい、対話するという感じ。別にどちらが良い悪いではないんです。ただ、世界が違うのを感じました。
ここからネタバレします。
最後の幕でブレヒトの異化作用(舞台上の英雄たちに観客が感情移入しないようにする方法。作中にストーリーを逸脱して登場人物を客観視する脚本・演出が表れる。)が出てきた時に、やっと「あ、そういえばブレヒトの作品だった」と思い出しました。『三文オペラ』みたいな猥雑でにぎにぎしい雰囲気はなかったです。全体を通していたって冷静で、登場人物でさえ自分を客観視している空気もありました。だからどんなキワドイことをやっても正視できるんですよね。女性も男性も局部を正面から見せる全裸のシーンがありましたが、全然平気でした。自分も「今のはどういう意味なんだろう?」と考えていましたね。「あらら、なんてスタイルいいの?!」とじっくり眺めもしましたけど(笑)。
舞台美術は、基本的に白い鉄骨のような柱が舞台の上下(かみしも)に数本ずつ並んでいるだけのシンプルなものです。ステージ中央には人が3人ぐらい乗れる台が設置してあり、天井からぶら下がっている赤色の四角い枠が、ちょうどその台の上に乗る高さまで降りてくるので、赤い額縁の中に人が並んでいるように見えます(舞台写真はこちら)。
その台よりも舞台面がわに四角い穴が空いており、金網で蓋をされています。ウイたちギャングはそこから出入りするのですが、地下鉄が通る地下道として表現されていました。ウイが登場した時も成り上がってからも、しばしば列車の走行音とともに走り去る時の光が下から洩れて、彼は今も取るに足らないチンピラに変わりはないということが表されていました。
ウイとその一味が、ウイを中傷する新聞記事を書いている男を暗殺するシーンがかっこよかったです。花屋(殺し屋)と一緒にその男が舞台奥に数歩すすんだところで、うす黒い紗幕が降りてきます。幕は客席と男との間に降りてくるので、男は幕の向こう側に居ることになり、それが彼が死んだことを意味します。幕が降りてきてすぐに、花屋は上手の袖から舞台面側に歩いてきて、幕の前にいたその男の妻に白い花を渡します。その瞬間から、もう男の葬儀の場面になっているのです。このすばやさが渋い!またその紗幕の中央に、大きく目を見開いた人間の顔がうっすらと描かれているのが怖ろしかったです。
花を受け取った妻はウイに言い寄られて身体を許し、征服されてしまいます。「もう夫はいないんだよ」と言われて妻は堕ちるのですが、純白のドレスを着たその女は、ナチスに乗っ取られたドイツを表しているのかなーと思いました。
音楽は選曲が派手で、歌曲(シューベルトの「魔王」など)がかかったり、ロックがかかったり、すごく主張していました。シーンに合ってるかどうかではなく、歌が“歌役”として舞台に立っているような、そんな存在感でした。大音量の歌曲には聞き惚れましたね、歌声が美しかったです。
★情報★
手塚の一行レビューによると「繰り返しかかっていたロック音楽はPaper Laceの"The Night Chicago Died"という'70sヒット曲」だそうです。森井教授のインターネット講座に視聴サイトが紹介されています。
主役ウイを演じられたマルティン・ヴトケさん。幕が開いたとたん犬だったのは衝撃。それから挙動不審な気持ち悪いチンピラ、ギャング団のボスというように変身していくのですが、それがものすごくスムーズであっという間でした。上演時間は長いんですけどね。終演した時に「そういえばあの人、最初は犬だったよね・・・」と遠い目で思い出しました。
ウイがシェイクスピア俳優から歩き方や演説の方法を教わって、それがヒトラーの原型になったというエピソードがすっごく面白かったです。ヴトケさんの演技も凄かったんですが(笑)。「ミスター・ビーン」のローワン・アトキンソンさんに似てるっ。
≪これから観に行かれる方へ≫
※開演15分前に劇場に着いて、すぐにイヤホンガイド購入(500円+保障料1000円)の列に並びました。けっこう時間がかかるので、早めに来場してGETされることをお薦めします。
※物販ではベルリナー・アンサンブルの過去のパンフレットやTシャツなどが販売されています。中には「Help Yourself(ご自由にお持ち帰りください)」と書かれたもの(折り曲げられた大きなチラシ)もありますのでチェックしてくださいね。
「日本におけるドイツ年2005/2006」企画/新国立劇場海外招待作品Vol.4
作:ベルトルト・ブレヒト 演出:ハイナー・ミュラー
出演:ベルリナー・アンサンブル(ドイツ)
ドイツ語上演/イヤホンガイド [有料] あり [イヤホンガイド翻訳 新野守広]
S-7350円 A-5250円 B-3150円
ぴあ:http://t.pia.co.jp/promo/play/shinkoku_arturoui.jsp
新国立劇場内:http://www.nntt.jac.go.jp/season/s267/s267.html
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