大竹しのぶさん主演・栗山民也さん演出の新国立劇場演劇ということで、今年の年末の目玉公演のひとつです。東京初日に伺いました。
『肝っ玉~』は1600年代の戦場のドイツを舞台にした戯曲で、中劇場を余すことなく使った広大な戦場を、ちっぽけな人間たちが無様に走り回ります。
大竹しのぶさんはやっぱり凄いです。圧倒されて、体中がこわばって涙が溢れて、観ているだけで疲労困憊(笑)。土日以外は残席あるようですのでお見逃しなく!
ブレヒト作の『母・肝っ玉とその子供たち』は『肝っ玉おっ母とその子供たち』というタイトルが日本では一般的です。今作のために谷川道子さんが戯曲全部を新訳されてタイトルも変更されたそうです。とても良いタイトルだと思います。
私は今年4月の吉田日出子さん主演のもので、はじめて『肝っ玉』を拝見しました。パンフレットによると日本では1998年からほぼ毎年上演されています。有名な作品だからというだけでなく、今の日本人が観るべき作品だからではないでしょうか。
《あらすじ》 パンフレットより引用。(役者名)を追加。
舞台は17世紀ドイツ。ヨーロッパ諸国を巻き込んだ「三十年戦争」のまっただ中。「肝っ玉」といわれる女商人アンナ(大竹しのぶ)は、3人の子供たちとともに幌車で戦場から戦場へ商いをしながら回っている。しかし長男(粟野史浩)は傭兵係に誘われ入隊。次男(永山たかし)は会計係に採用される。娘(中村美貴)との旅の途中で料理人(福井貴一)、従軍牧師(山崎一)、娼婦イヴェット(秋山菜津子)と出会う。・・・・・・戦争は続き、「肝っ玉」は幌車を引いてまた戦場に向かうのだった。
《ここまで》
ここからネタバレします。
有名な作品ですし、あらすじをわかってから観に行っても楽しめると思います。
1600年代のドイツで実際に起こった戦争を描いたお話ですが、現代的な要素が多い演出で、今の地球上のどこかをイメージさせる作品になっていました。
中劇場をそのまま広く使った舞台は、黒と灰色の廃墟。さびて折れ曲がった巨大な鉄骨がそびえ、崩れたコンクリート片から鉄の棒が剥き出しになっています。地面は数個のブロックにあらかじめ分かれたもので、あるきっかけで動いて亀裂が入ったり、大きく移動して場面転換もします(その意味では前より後ろの席の方が見やすいかもしれません)。
17世紀の戦争というと泥にまみれ、じけじけとしていて汗臭いようなイメージがあったのですが、舞台から感じ取られたのは、鈍く光る薄っぺらい金属のツルっとした冷たさ、無味乾燥で空虚な都会的空気、地面(地球)と人間が乖離していることから生まれる根底からの孤独・・・などでした。描かれた世界はとても現代的で、どの国のどの戦争にも当てはまると思いましたし、戦場にはなっていないけれど、今の日本社会でもあると思えました。
スーツを着た梅沢昌代さんが、ずーっと舞台上(上手舞台袖の近く)にいながらアナウンサーのように場面タイトルを読み上げます。あるシーンで起こることを先に話してしまうので、観客はどんな悲劇が起こるのかを知りながら、そこへと到達していく過程を目撃していくことになります。その梅沢さんが第2幕では農婦として登場しますので、現在と17世紀が具体的につながります。
役者さんは深刻になりすぎず、笑いを生み出す種を常に蒔きながら、軽快に舞台を駆け回ります。しかし描かれるのは、容赦なく、納得のいく理由など全く無いままに、奪い、奪われていく戦争の姿。盛りだくさんに蒔き広げられた喜び、怒り、悲しみ等の多くの感情と、それを瞬時に破壊してしまう戦争とがシーンの一つ一つに同居しています。それらを受け入れていくことに体力を消耗しました。
銃殺された次男の左足は膝まで赤く塗られていました。処刑が決まった長男の左腕もまた赤く塗られており、暴力を振るわれてレイプされた長女の右の額にも、同じ赤のあざが出来ていました。どんなに肝っ玉が彼らを守ろうとしても、彼らは彼らの信じる正しいことを実行したが故に、死に至らしめられます。
たとえば命は尊いし、青空は美しい。そんな単純な真実が簡単に裏返ってしまうのが戦争です。彼らはそれを読み違えたのかもしれないし、惑わされずに信念を貫き通したのかもしれません。でもやってきたのは死でした。時代に、流行に流されて、理不尽に人の命は奪われていきます。肝っ玉の子供たちの体に施された“赤”は戦争によってゆがめられ、汚された人間全体を象徴するものだと思いました。
私は客席前方の通路に面した席だったので、大竹しのぶさんが歌いながら目の前を通りました。こみあがってくる涙を歯を食いしばって抑えながら、迫ってくる「肝っ玉」をグっと凝視し続けました。なぜだか、そうしないと居られなかったから。
終盤で唖(おし)の長女が声にならない叫び声をあげながら、全力で太鼓をたたき続けるところも、息が詰まるほどの悲しさで涙が溢れました。アナウンスでは“石(長女)が動いた”と言っていましたね。
原作どおりにパウル・デッサウの音楽が使用され、バンドの軽快な生演奏で聴かせてくださいました。ミュージカルではなく音楽劇なんですよね。歌はかなりセリフに近い歌い方でした。歌というよりは、叫びでした。
美術の色は暗い目でしたが、衣装や照明から視覚的に楽しませる演出が多々ありました。肝っ玉の衣装は明るい水色、黄色、緑が揃ってにぎやかで、長女のスモーキーな水色のロングスカートも舞台に映えました。娼婦イヴェットの真っ赤な花柄のドレス&帽子も素敵。赤や金色の大きな布による場面転換はダイナミックかつスピーディーで、照明と織り交ざって色合いも鮮やかでした。照明と鉄骨の影によってステージに落ちた十字架の影は、恐ろしく、美しかったです。
エンディングでは舞台奥の布のスクリーンにデジタルの日付が映写されて、1600年代から2000年代へと数字が進んでいきます。17世紀ドイツから21世紀の日本へ。決して止まることなく同じ速さで進み続ける時間の中に、刻まれてきた戦争を知りました。希望が感じられるラストではありませんでしたが、これからやってくる未来を生きる私は、戦争の記憶を持ち続けてその悲惨さ、理不尽さを語り続けていかなければいけません。
大竹しのぶさん。「大竹しのぶ」という女優が居ることだけで、このお芝居の成功は約束されていたのかもしれません。セリフを早口で同じ音程でしゃべりがちなのは、いつも少し気になるのですが、あの歌とあの存在感だけで大満足です。
秋山菜津子さん。娼婦イヴェット役。愛嬌たっぷりの娼婦で、笑いもいっぱい。キュートさ、コミカルさも絶妙に挟み込まれたソロの歌には、鬼気迫るものがありました。遠い遠い舞台奥から静かに歩いたり、全力で走ったりして登場する姿は、白いメイクのせいもあって死神のようにも見えました。
「肝っ玉」の子供たち3人(中村美貴/粟野史浩/永山たかし)は皆さんとても良かったです。初々しくて光っていました。
≪兵庫、東京≫
【出演】大竹しのぶ/福井貴一/秋山菜津子/山崎一/中嶋しゅう/梅沢昌代/たかお鷹/沖恂一郎/中村美貴/粟野史浩/永山たかし/金子由之/岡森諦/保村大和/福井博章/川北良介/鳥畑洋人/鈴木健介/横山敬/岸槌隆至/飯嶋啓介/伊藤総/さけもとあきら 【演奏】朴勝哲/大坪寛彦/高良久美子/徳高真奈美/船木善行/川上鉄平
作=ベルトルト・ブレヒト 翻訳=谷川道子 演出=栗山民也 音楽=パウル・デッサウ 美術=松井るみ 照明=勝柴次朗 衣装=ワダエミ 音楽監督=久米大作 音響=山本浩一 歌唱指導=小川美也子 アクション=渥美博 演出助手=大江祥彦 舞台監督=増田裕幸
S席7,350円 A席5,250円 B席3,150円 Z席=1,500円 当日学生券=50%割引
公式=http://www.nntt.jac.go.jp/season/s279/s279.html
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