2005年04月10日
Bunkamura『KITCHEN(キッチン)』04/05-24シアターコクーン
アーノルド・ウェスカーがジョン・オズボーンの『怒りをこめて振り返れ(Look Back in Anger)』に触発されて書いた作品だそうで、彼も1960年代イギリスで活躍した若手小説・戯曲作家の旗手“Angry Young men(怒れる若者たち)”の一人です。
NINAGAWA VS COCOON'05という、シアターコクーンにおける蜷川幸雄さん演出の舞台シリーズ(4作品)の第2段で(第1段は『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』)、タイトルどおり、調理場が舞台です。
舞台上で俳優が全身全霊で戦っており、人種、文化、世代の異なる人間同士の本気の対話が実現していました。ラストは私の好みではないですが、もう一回観たい、体感したいと思える舞台でした。当日券は開演の1時間30分前から劇場の当日券売場で販売しています。お問い合わせはBunkamura(03-3477-9999)へ。
公演公式サイトで出演者のインタビューや稽古場風景が動画で(!)観られます。すっごく面白い!
ここからネタバレします。
舞台は庶民向けの食堂「チヴォリ」の調理場。チヴォリはンチタイムに2000食もの料理を作るかなり繁盛しているレストランで、イギリス人、ドイツ人、イタリア人、キプロス人、ユダヤ人など、さまざまな人種のコックや給仕が働いている。負けん気が強くて若いドイツ人コックのペーター(成宮寛貴)は、昨日もキプロス人コックのガストン(大川浩樹)と殴り合いをした。年上の恋人モニック(杉田かおる)ともケンカが絶えない。
今日もいつもどおり調理場は戦場。新入りアイルランド人コックの(長谷川博己)は早くも音を上げそうだ。ランチタイムとディナーの間はつかの間の休憩時間。ペーターは調理場に残った数名に、それぞれの夢について話すように語り掛けた。
シアターコクーンのほぼ中央に舞台があり、通常の客席と舞台奥の客席との2方向から挟まれています(藤原竜也さん主演の『ハムレット』と形式は同じ)。ステンレスで出来た業務用の調理場がリアルに再現されています。再現というか、本物が置いてあるように見えます。
一幕では、早朝からランチタイムまでのチヴォリがダイナミックに迫力満点に描かれます。皿やグラスは実物が出てきますが料理は全てマイムで、それがすごくリアル!役者さんは相当お稽古を積まれていると思います。パティシエ(細かく丁寧で、静か)とコック(動きが激しく、色んな音が鳴る)の動作の違いが面白かったです。
二幕では、母国語が違う者同士が歯に衣着せぬ言葉で本気で語り合い、役者さんの血の通った会話から登場人物それぞれの悩み、怒りが吹き出しました。人と人が激しいぶつかり合い、「いがみ合う」「受け入れられない」等のディスコミュニケーションが舞台上に在りました。
調理場の同僚達に「夢について話せ」と吹っかけながら、ペーターは自分の夢については一言も具体的に言葉にすることができませんでした。それは夢がか弱いからであり、か弱い夢はかなわないのです。「ここは自分の居るべき場所ではない」「もっと素敵な場所があるはず」というのは現代の私達も陥りがちな精神状態ですが、不満をぶちまけているだけでは、前に進めません。
パンフレットに「ウェスカーは我々に夢を鍛え直せと語りかける」と翻訳者の小田島雄志さんが書かれています。本当にその通りだと思いました。
愛する彼女モニック(杉田かおる)に裏切られて(3度も中絶)、ウェイトレスに自分の持ち場を侵されて、自己の存在が危うくなったペーターが、肉切り包丁を持って調理場から店内へと襲い掛かっていくのは心が痛いです。モニックとの恋にリアリティがあれば、もっと切実になったと思うのですが。
『ペリクリーズ』や『ハムレット』で使われたのに似ている、ドラマティックで意味が大きく付加される音楽は、ちょっと影響が大きすぎる気がしました。また、ラストシーンの約10分間は、私の好みではないです。私の感覚では、ペーターは気が狂ってチヴォリを立ち去るだけではないと思いたいからです。
役者さんは皆が全力で、本気で、舞台に存在しているのが伝わってきて、またこの人達に会いたい!と思いました。杉田かおるさんはもう一歩でしたが。
成宮寛貴さん。主人公ペーター役。光ってます。目が離せません。『マダム・メルヴィル』とは全然違う悪ガキでした。藤原竜也さん然り、彼もまた天才と呼ばれるべきものを持っていると思います。ラストは顔も動きも生々しくて、怖すぎ、やりすぎでしたけど、そういう演出意図でしたから仕方ないですね。私の好みではなかったです。
役者が外国語を話すと、電光掲示板で日本語字幕が出るのがすごく嬉しいです。映画「Love Actually」を観た時も思ったのですが、ロンドンでは色んな人種が普通に生活しているんですよね。私は日本に住む日本人で、相当ドメスティックな環境で生きているなのだなぁと思いました。
翻訳:小田島雄志 演出:蜷川幸雄 原作:アーノルド・ウェスカー
出演:成宮寛貴 勝地涼 高橋洋 須賀貴匡 長谷川博己 杉田かおる 津嘉山正種 鴻上尚史 大石継太 品川徹 大川浩樹 戸井田稔 妹尾正文 飯田邦博 月川勇気 岡田正 塚本幸男 鈴木豊 山口詩史 片瀬左知子 春日井静奈 香月弥生 魏涼子 石井智也 一戸奈未 鈿理衣 妻鹿有花 豊川栄順 松坂早苗 名塚裕美 宮田幸輝
美術:中越司 照明:原田保 音響:井上正弘 衣裳:中西亜矢子 紅林美帆 伊藤まり 振付:広崎うらん ヘアメイク:スタジオAD 演出助手:井上尊晶 石丸さち子 舞台監督:芳谷研 技術監督:白石良高 宣伝美術:トリプル・オー
S席8,500円 A席7,500円 コクーンシート4,500円(全席指定)
チケットぴあ≪舞台のツボ≫:http://www.pia.co.jp/mail/play/050111.html
Bunkamura内:http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/event/kitchen/index.html
シアターX『母アンナ・フィアリングとその子供たち』04/01-07シアターX
ブレヒト原作の『肝っ玉おっ母とその子供たち』をイスラエル人の女流演出家ルティ・カネルさんが演出されます。主演は吉田日出子さん。シアターX(カイ)の“2年がかりのブレヒト的ブレヒト演劇祭”の最後を飾る演目です。
こちらのブログと、べた褒めの朝日新聞の劇評(田之倉稔さん)を読んで、当日券で伺いました。
残念ながら私は一度も『肝っ玉おっ母とその子供たち』を観たことがありません。あらすじを読んでいつも観に行くのをやめていました(結末まで必ず書いてあり、それがとても暗いので)。たぶん原作により近い演出の作品を観ていたら、今回のこの作品をもっともっと楽しめただろうと思います。
三十年にわたる宗教戦争時の17世紀ドイツが舞台で、戦争を恨みながらも戦争に食べさせてもらっているという、大きな矛盾のど真ん中で死に物狂いで生きているある家族のお話です。主人公のアンナ・フィアリングは兵隊相手に行商する肝っ玉おばさん。息子2人と言葉が話せない長女の3人の子供がいるのだが・・・この後のあらすじはこちら(2000年の俳優座公演)でどうぞ。
古ぼけて、傷だらけになったトランク鞄を用いて、舞台上に現れるほぼ全てのモノを表現します。壁になったり椅子になったり、小さいものだとビールのジョッキや銃にもなります。舞台には袖幕はなく、役者さんが舞台の上手と下手で待機しているのが露出した状態です。『赤鬼 タイバージョン』や『セツアンの善人』に似ています。
オープニングが超かっこよかった!涙出そうになりました!舞台上にトランクを積み重ねて石垣のようにびっちりと組み立てられた壁がそびえており、生演奏(アコーディオン、ヴァイオリン、テューバ)の音とともに徐々に、しかし突発的にその箱が崩されていきます。舞台中央の天上からぶらさげられたロープに、アンナの家族が持っているトランクをぶら下げ、下から数人でそのトランクをかかえて舞台上をぐるぐると歩き回り、アンネの家族の持つ幌車を表現していました(チラシビジュアルはそのイメージイラストですね)。実際に車が大道具として存在するよりもずっと面白いです。
口がきけない末娘が敵の侵攻を知らせようと、屋根の上にのぼって太鼓を叩くシーンは涙が出ました。ロープで吊り上げられて、銃で撃たれた時には舞台中央で宙ぶらりんになるんです。苦しいよー。
演出全体としては劇評に書かれているほど斬新ではなかったので、当日券で駆け込むほどではなかったなぁと思いました。好みも分かれるとは思います。でも、同作品を上演した他の公演写真(2000年俳優座、2000年レパートリーシアターKAZE)を観る限りでは、この作品は相当に面白かったのかも。2002年コリーヌ劇場@パリは凄そうだなー。
主役の吉田日出子さんがよくセリフを間違われました。カンペを小道具に貼り付けているのも(桟敷だったからもありますが)よく見えてしまい、さびしかったです。でも歌はパワフルでかっこよかった。
真那胡敬二さんと冨岡弘さんもよく間違われていました。吉田さんともどもアドリブが多くて、舞台を楽しんでらっしゃるのがわかりましたが、私はなんだか中ぶらりんな感じがしました。皆さん、自由劇場出身の役者さんですね。
「すごく普通だけど、どこかヘン」というようなセリフが2度繰り返されるのですが、あれはぜひ戯曲を読んで覚えたいと思いました(まだ買ってないけど)。
【当日券対応】
ちょうど劇評が出た日の翌日に伺ったのですが、私は当日券番号18番でした。10番までは補助席が出て、それ以降は桟敷席だと言われました。たぶん25~30人は並んでいたと思います。
舞台と客席の最前列との間に一列ざぶとん席が設けられたのですが、舞台までの距離もゆったりあって、比較的快適に観られるなぁと思ったのもつかの間(笑)。トランクをばんばん振り回したり、ぶつけたり、床に叩きつけたりしますので、埃がわんさか立つのです。鳥の羽を使われた時はもう大変!鼻がむずむず、目がしばしばしはしてしまい、花粉症用のマスクをつけての観劇となりました(苦笑)。でも、座席を急遽作って劇場に入れてくださってありがたかったです。
『肝っ玉おっ母とその子供たち』(千田是也訳)
原作 : ベルトルト・ブレヒト 演出:ルティ・カネル 美術:ロニ・トレン 音楽:ロネン・シャピラ 衣裳:加納豊美 照明:清水義幸 文芸部 : 原牧生 山本健翔 入市翔 翻訳 : 菅生素子 福室 満喜子
出演:石田知生 木室陽一 ケイタケイ ささいけい子 高川裕也 谷川清美 冨岡弘 長畑豊 西巻直人 ハンダイズミ 響巳夏 真那胡敬二 三谷昇 三宅右矩 三宅近成 山本健翔 山本哲也 吉田日出子
演奏:ロネン・シャピラ(アコーディオン) 波田生(ヴァイオリン) 三原田賢一(テューバ)
シアターX:http://www.theaterx.jp