山の手事情社の倉品淳子さんと、60歳以上の女優さん3人の4人芝居です。会場はJR目黒駅から歩いてすぐの居酒屋さん。舞台はなんとそのお店のダイニングテーブルの上です。
長い人生を生き抜いてきた人間の体、声、そして目はこれほどに雄弁なものなのかと、圧倒され続けた約1時間10分でした。幕開けから中盤まで私は涙が流れっぱなしでした。
明日4/30(日)で千秋楽です。お問い合わせ↓
山の手事情社オフィス TEL:03-5760-7044(平日12時~18時)
会場:無月(むつき) TEL:03-3491-9030
東京公演終了後すぐに、招聘されて韓国・大田(デジョン)市に向かわれます(5/2~5)。
レビュー⇒休むに似たり。
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レビューを最後までアップしました(2006/05/02)。
妙齢の女優さん3人は倉品さんが1999年の一般市民を対象としたワークショップで出会い、スカウトされました。「一年目で戯曲を決め、次の一年でせりふを覚え、さらに次の一年で芝居を作る」というスケジュールで合意し、公演が実現したのが昨年。今年は正式に山の手事情社の劇団員になられたそうです。
会場は居酒屋ということで、開演前からなんだかわいわいと盛り上がっていました。たまたま舞台直前(最前列)の席に座ることができ、かぶりつきで拝見することになりました。
高齢の新人劇団員3人の紹介を含む、ほがらかな始まりの挨拶からじわりと幕開け。全身黒装束の4人の女優が長方形のテーブルの上に乗って、静かに動き始めます。山の手事情社の役者さんは演劇のマジックを使って、一瞬で夢の世界へと連れて行ってくれますよね。今回もあっと驚かされてグっと引きこまれました。
『ひかりごけ』は1954年に発表された武田泰淳の小説で、1944年に発覚した死体損壊事件(実話)をもとに書かれています。戦時下の日本で船が難破し、食物がない地に漂着した船員らは、飢死した友の死体を食べてかろうじて命をつなぎます。たった一人で本土に生還した船長が食人の罪で裁判にかけられ・・・。小説のタイトルから「ひかりごけ事件」と呼ばれているんですね(→1、2)。食卓の上で演じられる食人事件のお話というのは面白い発想だと思います。
ここからネタバレします。
倉品淳子さんは一番初めに死んでしまう五助役で、早めに舞台を降りていました(後で検事役で登場)。目の真ん前のテーブルの上には3人の高齢女優さん。だまってる時間も、しゃべっている時間も、ただ2、3歩あるく簡単な動作も、すべてが特別でした。
「テーブルの上に女性が乗って何やら深刻な話をしている」ということと、「不毛の地で餓死寸前の男たちが命がけの選択をしている」ということにズレがないのです。演じている俳優と演じられている役柄とが寸分たがわず一致している状態というのでしょうか。劇中劇のように役者さんご自身になってプライベートの雑談をするシーンも挟まれるので、自分自身のことをすっかり忘れ去って役柄に没頭しているのではなく、役を演じている自分を遠くから眺める(客観する)意識も確かに存在していました。
死にゆく五助に「お前を食わない」と約束し、人肉を食べることなく死んだ八蔵役の松田季世子さん。死ぬなと懇願する西川に「もう死ぬよ」と言うおだやかな顔に色香があり、その気持ちに嘘がありませんでした。
五助と八蔵の亡き後、船長のことが恐ろしくなって自殺する西川役の世羅たか子さん。私の座席からはいつも世羅さんの顔がしっかりと見えていたのですが、大きな声でも小さな声でも腹の底から声が出ていて、船長とにらみあう時の表情の美しさに圧倒されました(船長の顔は見えませんでした)。
最後まで生き残ってしまって裁判にかけられる船長役の田口美佐子さん。いったい、この存在は何なんだろうと、私はずっとなみだ目になりながら田口さんを見続けていました。お子様をお持ちの田口さん、テーブルの舞台に立つ俳優の田口さん、がまんをして人肉を食らった船長、検事・天皇・人間と対峙する男・・・複数の人格が一人の人間の体の中にぴったりと重なり合い、同居・共存していると言えばいいのでしょうか。年輪が感じられる足の小指、あまり動かない表情、ふわりと立つ体には、得体の知れない生き物のような恐ろしさと神々しさがありました。
3人が死んで船長だけが生き残ったところでいきなり歌と踊りが始まり、おば様方の井戸端会議シーンになります。あまりにムードが違うのでびっくりしました。話される内容は「もし自分の子供が刺し殺されて、食べられたらどうする?」「犯人を見つけて刺し殺しちゃうかも」というもので、次に始まる裁判シーンへの素晴らしい誘導になっていました。歌と踊りといえばラストもそうでしたが、あれはちょっとお祭り騒ぎすぎて(笑)、私の好みじゃなかったです。
船長が裁判所で何度も言う「私はがまんをしているんです」というセリフが、今もずしんと胸に残ります。天皇陛下の兵士としての使命と船長の職務を果たすために、自分の感情や倫理感を完全に押し込めていたんですよね。
船長のことが全く理解できない(理解する気などさらさらない)検事は、老人の気持ちや長い歴史に対して、無邪気に無知のままでいる浅はかな若者像と重なりました。若い人は若い人なりの正義感で必死なんですけどね。でも思慮も配慮も知恵も足りないんですよね(自戒を込めて)。まあ私はすっかり船長に魅せられて、一方的に船長の味方視点になってしまっていました。
五助と検事の二役を演じられた倉品淳子さんと、高齢女優さん3人との演技の質感の違いがとてもはっきりと表れていました。ずっしりと等身大で体の底の底というか、足の裏から声や動作が始まっているかのように見える3人に対して、倉品さんの声や演技は上半身より上にその重心や始点があるように感じられました。これは年齢の差なのかしら・・・。もしかすると3年間ひとつの作品だけにどっぷりと浸かっていた3人と、そうでなかった倉品さんとの差なのかなと想像しました。
3年で1作品ってものすごくスローペースですよね(笑)。でも、だからこそこんなレベルにまで高められて、奇跡的に結晶したのかもしれませんよね。そう考えると演劇って一生続けられるし、いつ始めてもいいんじゃないかなって思いました。
出演=倉品淳子/世羅たか子/松田季世子/田口美佐子
構成・演出=安田雅弘・倉品淳子 原作=武田泰淳 衣装=渡邉昌子 制作=福冨はつみ/内山亜矢子 製作=劇団山の手事情社 有限会社アップタウンプロダクション UPTOWN Production Ltd.
公式=http://www.yamanote-j.org/
目黒 無月(元 ルナ・ディ・ルナ)=http://luna.2.pro.tok2.com/map.htm
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