ニール・ラビュートさんの2003年の戯曲『ここからの距離』を、昨年『スラブ・ボーイズ』で読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞したばかりの千葉哲也さんが演出されます。上演時間は約2時間10分(休憩なし)。
ワークショップで選ばれた若い俳優との新製作で、本邦初演なんですね。ニール・ラビュート作品は同じくtptで『バッシュ』(千葉さん出演)を拝見しました。
⇒CoRich舞台芸術!『ここからの距離』
≪あらすじ≫
携帯電話やiPodがまだなかった頃のアメリカ。ワシントン高校3年のダレル(土田祐太)は、悪友のティム(小谷真一)と学校をさぼってモール(ショッピングセンター)で万引きをしたり、動物園で悪態をついたり、夜は遅くまで街を徘徊する日々を送っている。ダレルには父親がおらず、家には母親(植野葉子)の新しい恋人(千葉哲也)が出入りしているが、それなりに仲良く暮らしてきた。しかし、恋人ジェン(小林夏子)のある秘密を知った瞬間、彼の世界は変わってしまう。
≪ここまで≫
コンクリートの四角い柱が並ぶ、黒いがらんどうのような空間。無機質な白いテーブルが上手奥から下手前に向かって、舞台を斜めに横切るように配置されています。そのテーブルの周囲に大きなゴミ箱、飲料水のボトル、銀色のショッピングカート、安っぽいカラフルな毛布など、現代のアメリカを象徴する物が雑然と置かれ、ごみごみした都会の片隅をイメージさせます。
「くそ!」とか「どうでもいい」とか、汚い言葉ばかりが発せられる戯曲です。でも伝わってきたのは子供達の純粋な怒り、悩み、悲しみ・・・。悪口を言い合ったり、殴り合いのケンカをしたり、彼らの関係は醜くて貧しいものに見えるのですが、汚い言葉の後にすぐに笑い声が響き、言葉の意味とは逆の暖かい感情が生まれていました。実は彼らは小突きあいながら無邪気に甘えて、お互いを支えあっているんですね。殺伐とした空気に支配されることなく、人間の弱さを可愛らしさとして見せた演出が素晴らしいと思います。
登場する若者たちは、感じていることを的確に表す言葉を持っていないだけなんじゃないかと思いました。パンフレットに書かれたニール・ラビュートさんの言葉を一部引用します。
「『ディスタンス・フロム・ヒア』は、私が昔からよく知っていながら、意識的に、常に脇に追いやっていた人たちをちゃんと認めようという私なりの努力だ。私は、あの子たちの服装や、聞いている音楽や、話し方が好きだと思ったことは一度もなかった。だから、そもそも最初から、彼らは本質的に私にとって死んでいたのだ。これは、彼らをよみがえらせようとする私なりの試みだ。」
若い役者さんは、初日だということもあるでしょうが、やっぱりおぼつかない印象です。でも、役柄についての理解が浅かろうが演技の技術が少なかろうが、それは仕方が無いことで、ありのままの自分で舞台上に居ようとする姿がすがすがしかったです。小手先の悪あがきなどせず、ただそこに居ることで勝負してくれているように感じ、私も一人一人と対峙するような気持ちで観ていられました。全体的には女優さんが弱かったように思います(若い役者さんの中では)。
ダレル役の土田祐太さんの、恐れずまっすぐに飛び込んでいく存在感は見ごたえがあります。乱暴な言葉ばかり話すキャラクターだけれど、挨拶代わりの罵声は彼が命からがら発する小さな、小さな願いにも聞こえました。にらみつける鋭い眼差しにも、すがるように救いを求める気持ちが映ります。どんなにひどく怒鳴っても暴れても、澄んだ心が悲鳴を上げているように見えました。
ティム役の小谷真一さんの、ちょっとコミカルで頼り無さそうな佇まいも可愛らしかったです。
ビニール製の半透明の布に舞台奥から照明を当てるのがかっこ良かったです。緑色の蛍光灯も効いていました。最後に流れた曲(Rock?)も良かったな~。
ここからネタバレします。
15歳でダレルの子供を妊娠したジェン(香子)は、ある男に腹部をなぐってもらうことで堕胎をしていました。ジェンがその男に性的な奉仕をしたことと、その事実をティムと2人で隠していたことにダレルはショックを受けます。逆上したダレルは、人質として鞄に入れて持って来ていた義理の姉・シャリ(小林夏子)の赤ん坊を、動物園のペンギンのプールに投げ込んでしまい・・・。なんとも悲惨な結末です。
氷が張った水の中に赤ん坊が沈んでいるイメージは、そのままダレルたちに重なります。映画「KIDS/キッズ」を思い出しました(怖くて観てないんですが)。
ダレルの義理の姉・シャリ(小林夏子)が、義理の母親の恋人リッチ(千葉哲也)と身体を重ねながら、夢を語ります。それは“2人でわがまま放題に生きて、世の中に見捨てられて食料も水も何もかも失ったら、家の中でずっとセックスしていたい”というようなことでした。また映画の場面が浮かびました、「愛の嵐」の(「愛の嵐」は観てます)。
リッチが湾岸戦争に行った頃のことをダレルに話す、2人だけのシーンが素晴らしかったです。テレビの明かりだけで照らすのも良かった。サウジアラビアの空に美しい凧を揚げたエピソードは凄かったですね。若い米兵が“サダムのクソ野郎の仲間ども”と一緒に、無邪気に遊んだんだよな・・・そう思うと涙が出そうになりました。
TPTフューチャーズ -Summer 2007
出演=土田祐太、小谷真一、植野葉子、小林夏子、千葉哲也、香子、関鐘美、龍弥、小川祐弥
脚本=ニール・ラビュート 訳=常田景子 演出=千葉哲也 装置=萩野緑 照明=笠原俊幸 衣裳=原まさみ ヘア&メイクアップ=鎌田直樹 舞台監督=村田明 アクション=渥美博 演出部=大島朋子 板倉麻美 深瀬元喜 照明オペ=三輪弓子 音響オペ=熊野大輔 衣裳部=胡桃澤真理 森映 ヘア&メイクアップ=梅澤裕子 照明=(株)沢田オフィス 大道具=(有)C-COM 桜井俊郎 武田寛 背景美術=(有)美術工房拓人 松本邦彦 小道具=高津映画装飾 烏城きよし 衣裳製作=砂田悠香理 横田裕二 COODINATOR=マーチン・ネイラー
【発売日】2007/07/22 全席指定 一般:5,000円 学生:3,000円
http://www.tpt.co.jp/
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