俳優指導者アソシエーションが主催する、イギリス王立演劇アカデミーRADA・前校長(1993-2007)のニコラス・バーター(Nicholas Barter)氏にお話を伺う会に参加させていただきました。少人数で超~充実の時間でした。
RADA(ラダ):Royal Academy of Dramatic Art/1904年創設
聞き手・通訳:池内美奈子さん(新国立劇場演劇研修所ヘッドコーチ)
俳優指導に携わる方々が俳優養成の現状や問題などについて、先輩に直接聞ける時間を持とうという目的で始まったこの会合は、今回が5回目になるそうです(ゲスト=第1回:なし 第2回:ローナ・マーシャルさん/第3回:木村早智さん/第4回:ジェレミー・ストックウェルさん)。
2005年から幾人かの俳優指導の先生方にお会いしてきましたが、皆さんの共通点はとても穏やかで優しいことです。決して他人の意見を否定しないんですよね。じっくり話を聞いてくださって、ゆっくり的確なお返事をしてくださいます。そして相手への提案も忘れない。ニコラス・バーターさん(ニックさん)もすごくえらい人なのに全然気取らない、エレガントな英国紳士でした。ユーモアを交えてお話をしながら、その場にいる一人ひとりに細かい気配りもしてくださいました。
■俳優学校について ⇒RADAについてはこちらのインタビューが詳しいです。
ニック「RADAの入試は4段階あり、1人につきおよそ9時間かけて審査しています。また、色んな人にアドバイスを求めて決定します。32人の枠に約2000人の応募があります。」
ニック「英国には22校の演劇学校があり、その他にも私塾のようなものがいっぱいあります。22校の中でもトップクラスは5~6校と言われています。」
ニック「RADAで卒業を認められない(退学?)の理由はおもに2つだけです。1つは欠席が多いこと。もう1つは他の俳優を何らかの理由で下に見ていること。1人でも皮肉な目で見てる俳優がいると、他の俳優がその場で(自分をさらけ出す)リスクを負えなくなってしまうから。」
ニック「俳優は見せないと決めたもの(自分の内側)を『見せてください』と言われて、見せなければいけない職業。リスクを持ってやるから、拍手をもらえるのです。」
ニック「どんな俳優が望まれるのか。それは俳優学校の入試においても舞台のキャスティングにおいても、人のtaste(好み・嗜好)に影響されることです。ピーター・ブルックは“どんなに才能があっても心を開かない人とは仕事をしたくない”と言っていました。それが彼の好みなんですね。彼は観客の前で無垢になれる俳優を好みます。だから俳優学校でも劇団でも、選ぶ基準に個性が出てくるのは当然のことです。新国立劇場演劇研修所はまだできたばかりですが、何年も経つ内にカラーが出てくるでしょう。」
■日本人俳優について
ニック「1993年に日本で初めてワークショップをしました。日本人は英国人とは違う観点から演劇を見ていたように思います。その頃の日本人俳優は演技の指導を受けることにすごくハングリーでしたね。」
ニック「日本人俳優は英国人俳優よりも集中力がありますね。とても良い生徒です。また、皮肉な(シニカルな)見方をしない。そして日本人は形容詞でものごとを考える傾向にあると思います。“悲しい”“寂しい”“美しい”など。英国人は動詞でもって物語を回転させていく。日本人は形容詞で雰囲気を作る傾向があり、相手に影響を与えることをしない。だから(日本人俳優の稽古場では)『オファー(提案)してください』というようにしている。相手に影響を及ぼすようにと。」
ニック「日本人俳優はものすごい勢い(早さ)でセリフをしゃべりますよね。言葉を見ていない。シェイクスピアのセリフなどでは『ここの言葉の意味はわかっていますか?』と止めることが多いです。(自分の)時間を持つ自信を持ってほしい。」
質問「日本人俳優は正解を求めたがったり、間違いたくないと思っている人が多い気がします。『いっぱい間違えて!』と言うんですが、なかなかうまくいかない。どうすればいいでしょうか。」
ニック「それはkey(鍵)になる言葉だと思います。俳優が質問した時に、講師は俳優に『わかりません』とこたえ、そして『一緒に探求しましょう』と言うのです。そうすれば俳優は『あ、正解がないのだな』と気づいて、自信を持って探っていくことができるでしょう。」
ニック「これはインド人の知り合いに教えてもらった言葉です。『いつも自分が知ってるところから始めると、世界狭いから可能性が制限される。知らないところから作業をした方がいい。可能性が無限だから』。」
ニック「いつも同じ結果を期待してはいけない。期待するとある枠組みにとらわれてしまう。最初は規範から始めるけれど、どこまで広がるのかはわからないと思っていた方がいい。」
■日本演劇界について
ニック「日本は能・狂言、歌舞伎、新派、新劇、小劇場などが、同時に存在していることが素晴らしいですね。対して英国では、1642年(?)にそれまでの舞台製作方法が禁止されて、その直後の数年間のうちに大きな変化が起こりました(例:女優の誕生など)。1950年代は演劇祭復興の時代でした、その頃の三大俳優といわれた人たちでさえも、作品が変化したために自分の演技のやり方を変えたほどの変革でした。だから例えば1920年代の演劇がどんなものだったのかは誰も覚えていないし、わからないのです。英国ではシェイクスピアでもチェーホフでも、毎回新しく誕生します。いつもどうやったら新しい演劇が出てくるのかを考え、刺激しあうべきです。そして俳優ともども演劇界全体で、新しいお客様を探しに行くべきです。」
ニック「下北沢に連れて行ってもらったんですが、あそこは面白いですね。劇場もあるけれど、レストランやブティックなど雑多にいろいろな店があって。新しいものが生まれる場所のような気がします。」
■その他
質問「英国の俳優も日本と同じように皆が裕福ではないようですが、英国では演劇人の社会的地位は高いと聞きました。そうなのですか?」
ニック「そうかもしれませんね。でもロシアよりは低いですよ(笑)。なんといってもロシアの演劇学校には200年以上の歴史があるんですから。新国立劇場演劇研修所も200年経てば、卒業生の地位がロシア人俳優みたいに高くなるかもね(笑)。」
ニック「ここまで話してきて、日本も英国も同じ問題を抱えているような気がしました。」
【感想】
俳優指導というのは1人の人間から始まるんですね。「Acting(演技)の先生のほとんどが1人の女性教師に師事していた」というお話や、個人のお名前を聞く度に感じました。1人から1人ずつにつながっていくものであって、“学校”とか“方法論”などといった枠組みやブランド名で語れるものではないことがわかりました。
参加者のほぼ全員が英語が堪能な方々で(汗)、私もたどたどしい英語で奮闘しましたデスよ。
主催:俳優指導者アソシエーション 日時:9/10(月)18:00~22:00
参加者(順不同・敬称略):小森創介(俳優・演劇集団円所属・玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科非常勤講師)/山田佳紀(俳優・演劇研究所「品川ファクトリー」所属・俳優指導者)/鍬田かおる(英国アレクサンダー・テクニーク教師協会認定教師・新国立劇場演劇研修所講師)/黒澤世莉(演出家・時間堂堂主・新国立劇場演劇研修所講師)/明樹由佳(俳優・La Compagnie An主宰・俳優指導者)/川南恵(舞台芸術コーディネーター・新国立劇場演劇研修所カリキュラム・コーディネーター)/池内美奈子(ヴォイストレーナー・新国立劇場演劇研修所ヘッドコーチ)/高野しのぶ(現代演劇ウォッチャー/「しのぶの演劇レビュー」主宰)
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