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2007年09月27日

【レポート】セルゲイ・チェルカスキイ氏講演会「ロシア演劇教育の精髄(スピリット)―彼らは何をどう教えているのか?―」09/27みらい館大明JOKO演劇学校206号室

 昨年夏のワークショップでお会いした、ロシア国立サンクト・ペテルブルグ演劇大学・国際担当副学長セルゲイ・チェルカスキイさんの講演会を拝聴してきました。JOKO演劇学校での講義(約3週間)のために来日されているそうです。

 みらい館大明(みらいかん・たいめい)に初めて行ったのですが、行きも帰りも、もれなく迷いました・・・。事務室の人も不親切で、悲しかった(JOKO演劇学校のことではないです)。

 チェルカスキイさんは論理的にわかりやすく、ものすごく熱心に話してくださいます。そしてとっても優しい方。聞いてるだけで元気をもらえました。もちろん貴重な知識もあふれんばかりに教えていただきました。


 ■ロシア国立サンクト・ペテルブルグ演劇大学のシステムについて

 チェルカスキイ「1学年を25~30人のスタジオ(というクラス組)に分けると、1学年に3~4のスタジオが出来ます。1つのスタジオに1人の芸術監督(担任)がいて、芸術監督はムービング、アクティング、スピーチ、ダンスなどの科目について、専門の教師を任命する権限を持ちます。担当が決まったら、先生たちは自分の生徒たちが卒業するまで(4年間)、ずっと面倒をみます。芸術監督になるのは、サンクト・ペテルブルグの劇場の第一線で働いている俳優か演出家です。なのでアメリカの演劇学校と違うのは、学術的演劇人と現場の演劇人とが袂を分かつということがないことです。」

 チェルカスキイ「アメリカには州ごとに劇場や演劇学校がありますが、ロシアではモスクワとサンクトペテルブルグの演劇大学が主なので、2つの大学の卒業生が全国各地に散らばっていくことになります。だから6~7月の受験シーズンには、何千もの学生がモスクワとサンクトペテルブルグに押し寄せるのです。」

 チェルカスキイ「私が芸術監督をしていたスタジオを例に、スタジオシステムについてお話します。2006年卒業のスタジオでは4年間に4本の作品を作り、計80回上演しました。2002年卒業組みでは、7演目をレパートリーシステムで作り、120回上演しました。つまり作品や上演の回数に決まりはなく、芸術監督が自由に戦略を決められます。」


 ■俳優に絶対に不可欠なのは、自然(nature)との結びつき

 チェルカスキイ「バイカル湖近くのブリアチア(?)からの生徒を12人受け入れた時の話。村もしくは森(!)から来た者もいました。対してロシアの生徒達はほとんどが都市から来た者ばかりだったので、ものすごい違いがありましたね。最初はブリアチアの生徒をバカにしたように見ていたロシアの生徒たちも、同じ授業を受けるうちにどんどん変わってきたんです。というのも、ブリアチアの生徒は日々の生活が自然に密着したものなので、誠実さや有機的であることが当然のごとく身についていたから。彼らは俳優に絶対に不可欠な“自然との結びつき“を持ち続けていました。だからアニマル・エクササイズの発表の時などには、大勢の生徒が彼らの発表を観に集まったんですよ、もちろん、それがとても面白かったから。」

 チェルカスキイ「俳優を教えるのは教師だけではなく、経験であり、観客なのだと、彼らのおかげで再度学ぶことができました。実際、そのクラスはとても進度が早く、1年生の時に作品作りができたのです(通常は2年生の中間時期)。」


 ■俳優志望の生徒と演出家志望の生徒

 チェルカスキイ「1960~1990年代までは、俳優志望の生徒と演出家志望の生徒に別々の教育をしていました。でもこの10年で、同じ授業も受けさせるように変わりました。演出家にも俳優としての経験が必要だというのは、もういわば常識になっています。」


 ■前期スタニスラフスキーと後期スタニスラフスキーの違いについて

 チェルカスキイ「1909年にはじめてスタニスラフスキーが“システム”という言葉を使いました。ここでは“有機的生命の法則”という意味です。それはつまり“生きるということ”、“生きているものの法則”ですね。“人間のやることを素直に見て分析する。その結果を記号化して人間理解に役立てる”のです。」

 チェルカスキイ「スタニスラフスキー・システムは、今、自分の持ってる血肉がどう機能するかを学ぶところから始まります。舞台という不自然な場において、人間がどういうふうに機能するのかを知るのです。それは客観的な人間存在に対する理解を深めること。その法則のシステムには終わりがないのが大前提です。1950年代は、“スタニスラフスキー・システムは完成しており、一文字一句変えてはいけない”というような風潮がありましたが、それは間違いです。その時期にモスクワ芸術座の観客が激減して存続の危機が訪れたのは、偶然ではないかもしれません。」

 チェルカスキイ「スタニスラフスキーははじめ、演技方法を感情記憶(affective memory)から始まると考えていましたが、次第に※行動(action)から始まると方向も考え出し、1930年代からは、心的要素と身体的要素を分けるのは危険だと考えるようになりました。」
 ※日本語では「目的」「課題」と訳されることも多いそうです。ここでは「行動」としました。

 チェルカスキイ「1917年のロシア革命の後に、モスクワ芸術座のアメリカ公演がありました。そこでロシア人俳優の演技方法が有名になり、アメリカの演劇人が当時のロシアの演技方法を学んでいったのです。たとえばリー・ストラスバーグはフロイトの理論を用いてスタニスラフスキー・システムを発展させました。しかしながら、それは1917年頃のスタニスラフスキー・システムなので、1930年の頃とは違うものなのです。ですから、アメリカではよく“メソッド”と呼ばれますように、ロシアでは“システム”という風に、呼び方を変えています。」

 例:「亡くなった子供のことを思い出して、母親が泣く」という演技について
 スタニスラフスキー・システム(露):子供がなぜ、どんな状況で亡くなったかなど、深く掘下げて考えることから始める。
 リー・ストラスバーグのメソッド(米):自分のペットの犬が死んだ時のことなど、実際に自分が経験したことを思い出して泣いてもいい。でも本当に泣いていなければいけない。

 チェルカスキイ「スタニスラフスキー・システムとは、与えられた状況で、障害を乗り越え、心的・身体的に目的を達成すること。行動分析もあって、感情もそれに伴っていることが必要です。でも、これは舞台の演技には向いているけれど、映画には向いていないかもしれません。映画では全体を仕切るのは監督と編集者であって、俳優はストーリーさえ知らないかもしれないから(脚本が未完成だったりするから!)。だから映画では『とにかく5分間泣いて』と言われて、即座にそれを実践する技術は必要ですよね。それにはリー・ストラスバーグのメソッドが役に立つでしょう。つまり、2つは違う方法論であり、どちらが良いというわけではないのです。」


 ■日本人俳優について

 チェルカスキイ「日本の演劇人の方々からよく言われるのは、日本には演技を学ぶ機関がとても少ないということ。でも私が幼い頃に見た黒澤明監督の映画では、日本人俳優は素晴らしい演技をしています。もしあれが、教育を受けずにできたものなのだとすれば、日本人の中には豊かな芸術的側面が残っているのではないかと思います。」

 チェルカスキイ「日本人俳優や(JOKO演劇学校などの)生徒のクラスでは、私自身とても勉強になります。まだ短い期間しか日本に居ないのですが、私が感じているのは、日本人はとても感情が強いということ。でも日本は社会的制約が多いですよね。豊かな感情性を出せない状態にある。その障壁をやぶって、内側から外側へ爆発することができれば、とても面白くなるんじゃないかと思います。」


 ■芸術の創造は、苦しみとつながっている

 チェルカスキイ「芸術の創造は、苦しみとつながっているものだと思います。だからロシアには、歴史と繋がってできた偉大な芸術が存在しており、ロシアの演劇は娯楽ではないものになった。人生が抱えている一番差し迫った問題を扱っているのです。」

 チェルカスキイ「ロシアでは長きに渡って、演劇だけが言論の自由を保持してきました。19世紀の帝政時代も20世紀のソビエト時代も、いわば演劇が新聞の代わりでした。自由にものが言えるのは劇場ぐらいだった。人間の魂の永続性について語るのも、舞台でしかなかった。日本もそういうことに心を煩わせていた時代があったのだから、良い芸術が生まれる土壌があるのではないでしょうか。」


2007年9月27日(木) 午後6時~8時(講演は英語。通訳:松本永実子) 受講料1500円 参加者:12名(チェルカスキイ氏、通訳を除く)
「ロシア演劇教育の精髄(スピリット)」―彼らは何をどう教えているのか?― by ロシア国立サンクト・ペテルブルグ演劇大学・セルゲイ・チェルカスキイ教授
JOKO演劇学校(元劇団昴演劇学校):http://www.joko-acting.com/flashsite/
みらい館大明:http://www.toshima.ne.jp/~taimei/

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Posted by shinobu at 2007年09月27日 23:46 | TrackBack (0)