『恋する妊婦』は岩松了さんが1994年に水戸芸術館専属劇団ACMのために書き下ろした作品です。東京で上演されるのは約14年ぶり。上演時間は2時間25分(途中15分の休憩を含む)。
前半はなぜか舞台が遠く感じて入り込めなかったんですが、後半のあるシーンですっかり心を奪われ、耳の後ろが熱くなってきて、意味が全くわからないままに、涙がこぼれました。
昨年(⇒1、2)ぐらいから、やっと岩松さんの世界を少しはわかるようになったかな~と感じています。「わかる」のではなく「感じる」だけでいいと思えるようになったからかも。パンフレットに書かれていますが、「分からないことは色っぽい」(小泉今日子)んですよね。
⇒CoRich舞台芸術!『恋する妊婦』
≪あらすじ≫ パンフレットより
寝食を共にしながら全国を旅して回る大衆演劇の坪内竹之丞一座。ある興行先で二枚目俳優の慎之介と女優のあざみが駆け落ちし、失踪してしまう。公演に穴をあけた二人に副座長の橋本は怒り心頭だが、座長は慎之介から謝罪の電話を受け、座員が「ママ」と慕う妻の取りなしもあって、劇団への復帰を許すつもりらしい。橋本はそんな座長にイライラを募らせ妻の波江に普段以上につらく当たる。それを冷ややかに見つめる橋本の妹さつき。また同じころ、「大衆演劇に興味がある」と道後という学生が一座に加わる。そんな状況にも若い座員たち(秀樹、ともあき、マー坊、ちはる)や一座に入り浸る八百屋の福田、近所の絵美子のマイペースぶりは相変わらずだ。しかし、あざみが一人で小屋に戻ってきたのをきっかけに、彼らの不自然に安定した日常に荒波が立ち・・・。
≪ここまで≫
「わかりづらい」が代名詞の岩松作品ですが、この作品については設定(大衆演劇の一座のバックステージもの)や舞台上で起こる出来事に難しさはないと思います。ただ、「なぜ?」という疑問に一向に答えてくれないのはいつもどおり(笑)。説明なんていらないし、私達の人生にも説明なんてないんだと思います。
登場人物が突然フっと消えたり、現れたりします。ほとんど神隠しか手品みたいに。誰も居ないところで起こったある出来事が、第三者の出現によって違う側面を見せます。プライベートからパブリックに変化する瞬間って、とてもドラマチック。
音楽が流れ出すタイミングも、音の大きさも、選曲も、なんとも言葉では言い表せない味があります。旋律はメランコリックなのですが、ただ「メランコリック」というだけではないんですよね。それは照明(明かり)についても同様に感じました。美術はリアルな大衆演劇用のステージと桟敷席で、出来事もちゃんとその場所で起こっているのですが、溶暗したり部分的に明るくなると、なぜか「室内」だと思えなくなって、宇宙だとか心の中だとか、抽象的な空間に見えてきたりします。
そういえば、舞台が過激な抽象絵画のように見えた瞬間が何度もありました。ルネ・マグリットみたいな。
「ママ」という言葉は「母親」「妻」「バーのママ」など、呼ぶ人・呼ばれる人によって意味が違ってきますよね。色んな人が小泉今日子さんのことを「ママ」を呼ぶ度に、その意味が変わっているような気がして、自分の拠り所がぐらぐらと不安定になるような気持ちがしました。「ママ」ってものすごく重要なのに、便利で(軽くて)曖昧な言葉ですよね。
ここからネタバレします。
8ヶ月になるママ(小泉今日子)のお腹の子の父親は、失踪しているイケメン俳優・慎之介(姜暢雄)かもしれない。そんな噂に全く動じないどころか「それでもいいじゃないか。ヤったら出来て、生まれるんだから」と開き直っている座長(風間杜夫)。帰ってきた慎之介に対して「1回しかヤってないんだから、あんたの子じゃない」と言い放つママ。慎之介はそんなママを恋人としてだけでなく、母親としても慕っているようで・・・。
こっそり一座に戻ってきた慎之介と病院から抜け出してきたママが、部屋の電気を消してじゃれ合うシーン。2人がはけた下手袖から電気の点いた懐中電灯が転がってきて、その明かりが客席と舞台をぐるりと照らしながらステージ上をくるくる回ります。ものすごくエロティック!
慎之介と駆け落ちした女優あざみ(中込佐知子)が、慎之介をピストルで撃ち殺してしまいます。それを目撃したママの髪が、突然真っ白に!即座に浮かんだのは「マリー・アントワネット」。そしてその直後の長い暗転中に、なぜだかわからないまま、涙がポロポロこぼれました。
そう、赤いワンピースに白髪のおかっぱ頭の妊婦が畳の上に立ち尽くす姿が、抽象絵画のようだったんです。
最後のセリフはママの「変だよ」だったと思います(言葉は正確ではありません)。しかもこれで終わる思えないような幕切れで。それがとても良かったです。
出演:小泉今日子、風間杜夫、大森南朋、鈴木砂羽、荒川良々、姜暢雄、平岩紙、森本亮治、佐藤直子、佐藤銀平、中込佐知子、米村亮太朗、大橋智和、安藤サクラ
作・演出:岩松了 美術:島次郎 照明:沢田祐二 衣裳:堀井香苗 音響:藤田赤目 ヘアメイク:宮内宏明 劇中劇指導:姫京之助 舞台監督:二瓶剛雄 美術助手:松村あや 大道具:俳優座劇場 森島靖明 小道具:高津映画装飾 鵜城清 特殊効果:特効 糸山正志 宣伝美術:一八八 東學 宣伝写真:谷敦志 営業:加藤雅広 票券:森田友規子 プロデューサー:加藤真規 制作:大宮夏子 制作助手:稲村宗子 清水光砂 企画・製作:Bunkamura 主催:Bunkamura
【発売日】2007/11/24 S席 9,000円 A席 7,500円 コクーンシート 5,000円
http://www.bunkamura.co.jp/shokai/cocoon/lineup/shosai_08_nimpu.html
※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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