ケラリーノ・サンドロヴィッチさんがゴーリキーの『どん底』(Wikipedia)を演出されます。上演台本も新たに執筆された、曲者ぞろいの豪華キャスト公演。
原作には登場しない人物が異彩を放ち、ケラさんならではの世界観が堂々とあらわされていました。上演時間は約3時間20分(休憩含む)。長いですが全然つらくなかったです。舞台装置が凄かった!
⇒CoRich舞台芸術!『どん底』
レビューをアップしました(2008/04/13)。
ゴーリキーの『どん底』はいわゆるスタンダードな演出のものを観たことがあります(あらすじ等はそのレビューでどうぞ)。“ロシア文学というと陰気なもの”という先入観は、やはり私の中にもきちんと植えつけられていました。パンフレットのケラさんと岸田國士さんのことば、そしていとうせいこうさんのロシア文学についての文章を読んで、自分の中の固定観念を緩めることができました。
そして今回のケラさん潤色・演出の『どん底』は、私の中の『どん底』のイメージとは全然違うものでした。まず、いわゆる今どきの現代演劇を観るように『どん底』を観られたことが新鮮で、ぐだぐだ続く“おしゃべり”の中にコントのような可笑しさをたくさん見つけられました。登場人物一人一人の個性(人生)が粒だって表現されており、群像劇であることがより強く押し出されています。さらにケラさん独自の解釈も深く味わうことができる充実した作品でした。
ぐだぐだと働かずに飲んだくれている“どん底”の住人たち、彼らを侮蔑して搾取する大家(若松武史)とその悪妻(荻野目慶子)と不幸な妹(緒川たまき)、そして外部からやってくる老人ルカー(段田安則)と、なぜか現代の香りを漂わせる謎の男セルゲイ(大河内浩)など、ぎらぎらと個性を際立たせた人々が、自分の考えをそれぞれに堂々と力説します。
最初はふむふむと主張を素直に受け入れ、物語が進むままに楽しみながら観ていました。でも、徐々に不協和音が混じってくるような、ぎくしゃくとした空気が伝わってくるようになったのです。誰かが何かを言う度に「それは、本当に、そうなのか?」という疑問が生まれるようになり、最後の最後のカーテンコールまで私の胸の中でずっと続きました。
終演直後はもやもやとした気持ちでした。特に、新しく書き足された登場人物の輪郭というか存在の意味が私の頭の中でぼんやりとしていたのです。でも、ちょうど初日を一緒に観ていた方々の感想や解釈を聞いて、「なな、なるほど~」とすっきり腑に落ちました。ケラさんが、ご自身と今の観客とが共鳴できる新しい『どん底』を生み出されたことに納得。そして「本当にそうなのか?」という疑問は生まれるべくして生まれていたんだということもわかりました。
舞台美術がすごいです。こんな言い方はナンですが、チケット代が高くても納得です。それにデザインも素敵。まさかああなるとは!
ここからネタバレします。
地下の部屋の屋根が舞台上部に作られていて、屋根の上の草むらや木も見えています。「部屋の閉塞感が出て良いな~」ぐらいに思っていたんですが、まさかその屋根が下に降りて来て、地上がステージになるなんて!凄い!!さらに深々と雪が降り積もるんです。あーもー『カメレオンズ・リップ』の長いおしっこを思い出しました(笑)。もちろん演出効果としても素晴らしかったです。
草むらにぽつんと建った小屋の2階の窓から、大家(若松武史)とその妻(荻野目慶子)が住人達を見下ろしている構図は、不気味だけどちょっと可愛らしいムードが漂っていいました。若松さんのメイクと演技が操り人形みたいだったこともあって、ティム・バートンの映画「ビートルジュース」を思い出しました。
老人ルカー(段田安則)はどん底の住人たちに未来への夢と希望を与える言葉をかけ、宿には暖かい思いやりの空気が漂い始めます。ルカーはまるで神の使者ような、立派な人物にも映るのですが、結局のところ「現実を見ないで夢を見ればいい」と軽々しく言い放ち、何の責任も取らないまま立ち去ってしまいます。泥棒のペーペル(江口洋介)と大屋の妹(緒川たまき)に悲惨な別れが訪れたのは、ペーペルがルカーの口車に乗せられたせいなんですよね。
セルゲイ(大河内浩)はルカーとは対照的で、たとえばの男爵(三上市朗)の過去を暴いてそれを飯の種にしようとしたり、「お前たちになんて明るい未来は来ない。現実を見ろ、身の程を知れ」とののしります。このセルゲイこそがケラさんが新たに書き加えた人物で、現代のマスコミをはじめ、インターネット社会そのものを表しているように思いました。
しゃくし定規に論理で攻めてくるセルゲイを、頭の弱い若者(黒田大輔)が暴力で打ち負かすのが痛快です。でもその直後には、ルカーの励ましで希望を持った役者(山崎一)が、夢破れて首吊り自殺をします。
人生の拠り所にすべきは現実なのか夢なのか、何が正しいのか、誰が優しいのか、そんなことは誰にもわからないし、ひとつに決められることではないんだと思いました。
出演:段田安則、江口洋介、荻野目慶子、緒川たまき、大森博史、大鷹明良、マギー、皆川猿時、三上市朗、池谷のぶえ、松永玲子、黒田大輔、富川一人、あさひ7オユキ、大河内浩、犬山イヌコ、若松武史、山崎一、植宗一郎 猪峡英人 荒木秀行 田村健太郎 浮浪者(ミュージシャン):鈴木光介(時々自動) 日高和子(時々自動) 高橋牧(時々自動) 関根真理 石川浩司(4/17-25)
原作:マクシム・ゴーリキー 上演台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ 音楽:朝比奈尚行 パスカルズ 美術:松井るみ 照明:小川幾雄 衣裳:黒須はな子 音響:水越佳一 映像:上田大樹 ヘアメイク:西川直子 アクション指導:栗原直樹 演出助手:山田美紀 舞台監督:福澤諭志 宣伝美術:永石勝(トリプル・オー) 営業:加藤雅広 票券:小瀧香 制作助手:市川美紀(シリーウォーク) 制作:佐貫こしの 北島由紀子 プロデューサー:加藤真規 企画・製作:Bunkamura 主催:Bunkamura
【発売日】2008/01/27 S9,000円 A7,500円 コクーンシート5,000円(税込)
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/shosai_08_donzoko.html
※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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