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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2009年03月23日

新国立劇場演劇研修所第2期生修了公演『珊瑚囁~大人の為の少し残酷でとても静かなお話~』02/28-03/02新国立劇場 小劇場

 新国立劇場演劇研修所第2期生の修了公演です。稽古場レポートを書かせていただきました。深津篤史さんの新作を研修所・所長の栗山民也さんが演出されます。上演時間は約1時間10分。初日と千秋楽の計2回を拝見しました。

 タイトル『珊瑚囁(さんごしょう)』の“囁”は“ささやき”です。確かにそこにあったものたち、そこに居た人たちの声を、深津さんが詩にしてくださいました。栗山さんがおっしゃる「演劇は歴史の記憶装置である」という言葉を実証する作品に仕上がっていたと思います。研修所のレパートリーになって欲しい!

 ⇒稽古場レポート
 ⇒CoRich舞台芸術!『珊瑚囁(さんごしょう)

 ≪あらすじ≫
 夢から目覚められない鳥。ハザマから動けない鳥。歩いても歩いても会社にたどり着けない鳥。誰も居ない更地で忘れられていく鳥。ツグミ(深谷美歩)はさまざまな鳥たちにいざなわれて、塔へと上っていく。
 ≪ここまで≫

 大地の下に埋まって海の底に沈んでも、確かにそこにあったものとして、そしてまた命を生み出すものとして、あの出来事が永く語り継がれる詩になりました。そして、お芝居であると同時に絵本にもなりました。

 むき出しの平台が並んだだけの殺風景な八百屋舞台の上を、普段着(冬服)の若者が歩き回り、立ち止まります。セリフは詩のようで、でも身近な言葉たち。客席に顔を向けた独白も登場人物同士の会話も、はっきりと通りの良い声で語られます。小道具はほぼゼロで、動きと言葉でみせていく、いわばシンプルなお芝居です。乱暴に言い方かもしれませんが、一般の観客が「演劇」という言葉を聞いて最初に思い浮かべる「演劇」に、あてはまるタイプの作品だと思います。

 でも、この演劇らしい演劇の中には、幾層にも、さまざまな仕掛けが張り巡らされています。登場人物がこの作品自体について語るメタ演劇の構図になったり、縦にそびえているはずのものが、あるきっかけで水平になったり(装置が動くわけではありません)、時間を行き来することで起こるタイムパラドックスを表す視点も組み込まれています。時間を瞬時に行き来し、空間を大胆に交錯させる中で、短いひとことに込められた気持ちと、その言葉が生まれる背景が、力強く、大きく立ち上がっていきます。

 こういった作品では役者さんの技術が特に問われるものですが(ごまかしがきかないので)、研修生の言葉の透明感が私にはとても心地よくて、体に無理なく染み込んでくれました。カラスを演じた1期生の古川龍太さん(賛助出演)はさすがの存在感でした。修了してからの1年の間に大きな舞台に立つことで、さらに成長されたのだと思います。その他の出演者で印象に残ったのは、ミサゴ(保可南)とモズ(吉田妙子)とノスリ(西原康彰)でした。

 1期生の修了公演は俳優学校の卒業公演に打ってつけの題材でしたが、『珊瑚囁』はそういう枠の中には納まらない作品でした。“俳優の見本市”にふさわしいとは言えないかもしれませんが、できれば研修所のレパートリーとして今後も上演されることを希望します。深津さんの演出でも観てみたいですね。そして関西地方でもぜひ上演されて欲しいです。

 ここからネタバレします。セリフは上演台本より引用。

 はっきりとセリフに出ては来ませんが、阪神淡路大震災が起こった朝、そしてその後を描いたお芝居でした。私は関西出身ですが東京に住んでいたので震災は経験していません。でも友人の体験談はリアルタイムで聞いておりましたので、「これはあの地震のことだ」と気付いた途端、短い言葉が次々にあの廃墟の風景(テレビや雑誌、新聞で見た写真と、友人から聞いた話からの想像ですが)とつながりました。そして涙が止まらなくなってしまった。
 物悲しい旋律の優しいピアノ。轟音。ヘリコプターのプロペラ音。裸の蛍光灯。

 地震で亡くなった人たちは鳥になって、あの日、あの場所で起こったことを思い出していきます。自宅で眠ったまま目覚められなかった人々、会社に向かう途中でがれきの下敷きになった人々、堅い何かにはさまって動けなくなった人々、命は取り留めたけれど、仮設住宅でその存在を忘れられてしまった人々。
 死者たちは自分たちの家について話します。間取り(1LDK、2Kなど)や自慢の庭のこと、誰と一緒に住んでいて、これからどうしていきたいか(子供を作りたい、引っ越したいなど)など。レビューで今までに何度か引用していますが、井上ひさしさんの戯曲『夢の泪』にある「人は場所に染み付いている」という歌詞を思い出しました。

 まだ息があるツグミ(深谷美歩)は、未来を知っているウミネコ(藤井咲有里)をはじめ、さまざまな鳥たちと出会いながら、壁の向こう側を旅していきます。※壁とは、人の上に覆いかぶさったコンクリートのこと。
 カラス「地図をみつけるんだ」
 オオハシ「古いやつだ、新しいのじゃない」
 ツグミ「地図」
 カラス「街がある、これは新しい地図だ」
 オオハシ「街があった。これが古い地図だ」

 ツグミは“古い地図”を見つけて、ずっと自分を見守ってくれていたノスリ(西原康彰)とともに、塔の上へと飛びます。そこは彼女の病室でした。ノスリは隣のベッドに横たわっていた負傷者だったのです。彼はやがて息をしなくなります。
 ツグミが病室の窓から外を覗くと、巨大な青いビニールシートが見えました(平台の向こう、舞台奥の壁に大きな青いビニールシートが現れます)。住人を呑み込んで崩れ落ちた家々は、やがて更地になり、そこにはビニールシートを使った仮設テントが張り巡らされていたからです。

 街を覆ったビニールシートは海、つまり珊瑚礁です。海の下にはたしかに街があって、そこで人々が暮らしていました。「私たちはたしかにここにいました。生きていました」という珊瑚のささやきが、ひたひたと海面まで満ちています。白い光で照らされてペラペラと光る青ビニシが、私にもはっきりと海に見えました。その海は静かに息をする珊瑚を抱いていました。
 ツグミは今はもうなくなってしまった、古い街を見つけます。道があったこと、お店があったこと、そこに人が住んでいたこと。それを確かめてから、ツグミは“私の前へ”一歩踏み出します。
 ツグミ「さんごは生まれて生きて死んで石になる」
 ノスリ「また生まれる」

 ※演出の栗山さんは、ひょうご舞台芸術第9回公演「GHETTO/ゲットー」(⇒第3回読売演劇大賞の大賞・最優秀作品賞、最優秀演出家賞、最優秀スタッフ賞を受賞)を神戸で上演した時に、青いビニールシートが延々とつらなる光景を見たそうです。

出演:新国立劇場演劇研修所第2期生(岩澤乃雅、熊澤さえか、佐々木抄矢香、滝香織、保可南、深谷美歩、藤井咲有里、吉田妙子、阿川雄輔、宇井晴雄、角野哲郎、西原康彰、遠山悠介、西村壮悟)/古川龍太(第1期生・賛助出演)
【作】深津篤史【演出】栗山民也【美術】長田佳代子【衣装】出川淳子【照明】川口雅弘【音楽】後藤浩明【音響】河原田健児【振付】夏貴陽子【ヘアメイク】川端富生【歌唱指導】伊藤和美【演出助手】田中麻衣子・大杉良【舞台監督】三上司【制作助手】島袋佳【研修所長】栗山民也 【主催】文化庁【制作】財団法人新国立劇場運営財団 新国立劇場演劇研修所の成果
【発売日】2009/01/20 A席:3000円 B席:2000円  Z席:1500円
http://www.nntt.jac.go.jp/season/updata/20000223_training.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2009年03月23日 19:39 | TrackBack (0)