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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2009年05月22日

サンプル『通過』05/15-24三鷹市芸術文化センター星のホール

 松井周さんが脚本・演出を手がけるサンプルの再演公演です。『通過』は松井さんの処女戯曲。私は初見です。

 岸田國士戯曲賞最終候補に選ばれた『家族の肖像』を、選考委員の1人として強く推した岩松了さん(⇒第53回岸田國士戯曲賞選評)と、演劇ライターの徳永京子さんをゲストに迎えたトークの日に伺いました。

 性的描写、暴力描写などがヴィヴィッドなので、そういう心の準備はして行かれた方がいいかもしれません。でも私には、とんでもなく醜くてみっともない人間を、いとおしく見つめる視線が感じられる作品でした。そしていっぱい笑わせて頂きました(笑)。

 上演時間は約1時間40分だったように思います。舞台装置がまた凄いことに。
 ★「通過」ご来場にあたって(公式サイトより)
 *客席の都合上、ミニスカート・ハイヒールを避け、動きやすい格好でお越しく ださいませ。
 *開演時間までにお越しくださいますよう、ご協力をお願いいたします。

 ⇒松井さんと出演者のインタビュー
 ⇒CoRich舞台芸術!『通過

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより。(役者名)を追加。
 性機能不全の夫(吉田亮)、親の介護にくたびれる妻(辻美奈子)、旧同級生(奥田洋平)との不倫関係。
 一見、現代社会では生活の周辺にありふれた諸事情を抱える家庭に、一人の男(古舘寛治)が現れる。
 男の「ユートピアをつくる」という発言から形作られていく環境に支配される人間たち。
 激しい舞台シーン展開、それとは裏腹にある俳優の繊細な芝居によるリアリティの探求を試みた作品。
 ≪ここまで≫

 四面からステージを囲む、すり鉢状の客席。初演はプロセニアム形式(額縁舞台)だったそうですので、演出は相当変わったのではないでしょうか。
 なんでもされるがままになっている夫婦。ぐだぐだ・うだうだ言うんだけれど、無条件に受け入れまくり(『神様とその他の変種』を思い出したりも)。この作品のテーマとして、私の中に大きく残ったのは“依存”です。

 目の前にいる役者さんが、登場人物の感情に忠実な、いわば自然な演技をする現代口語劇です。でも徐々に意外なことが起こってきます。「・・・あれ? なぜ?」と不可思議に感じることが連発する内に、劇中のゆるやかなルールがわかってきます。でもそのルールよりも、人々の言動や行動が目をひん剥くほど異常なので(笑)、次々と自分の中の常識・非常識の枠が破壊されていくような感覚を覚えます。

 終演後に友人と感想を話し合ったところ、それぞれに気持ち悪いと思ったり、可笑しくて笑ったりしたところがバラバラでした。終演後のトークで「性的というより暴力的だ」という感想を述べられた方がいらっしゃいましたが、その方が指摘された場面(関係性)は、私にとっては滑稽だけれど可愛らしい恋愛表現に見えていました。

 ここからネタバレします。セリフはうろ覚えです。

 客席は周囲をゴミに囲まれており、客席内にもところどころビニールに入ったゴミが配置されています。そのゴミと客席の裏側にあるゴミもライトアップされるので、溶暗するとゴミの中に居る(自分たちもゴミである)ような感覚になります。
 舞台への出ハケ口は1箇所だけ。その通路に次に登場する役者さんが待機して、舞台を眺めています。時には舞台上のゴミの中(ゴミにはさまれた場所)に座って待機することもあり。演技スペースと舞台裏との境界が曖昧です。

 突然に現れた兄は、母親の介護ヘルパーを名乗る粗野な若者2人(野津あおい、坂口辰平)を引き連れて、妹夫婦の家にあがりこみます。兄は「リサイクル業を始める」と言い出し、兄が手配した産廃業者による敷地内へのゴミの不法投棄が、どんどんエスカレートしていきます。家の中もゴミだらけになり、近所からの苦情は窓への投石にまでヒート・アップ。それでも、何もかもされるがまま、なすがままになっていく家族たち。

 ボケはじめて(?)自室に引きこもっている母親(登場しない)が、家族を呼び出す度に居間にブザーが鳴り響きます。拡声器のようなスピーカーが舞台中央天井から吊り下げられており(吊るといっても紐によってではなくパイプで)、それに服従する娘は牢屋に入った囚人のよう。
 でも母親がトランプ遊びをしたい時は、ブザーじゃなく音楽が鳴ります。笑えるポイントなんだけど、考えてみたら母親は本当に引きこもりなのか、本当にボケはじめているのか、そもそも存在するのかさえわからないんですよね。兄は何かと「お母さんに許可を取ったから」と言いますが、その真偽は定かではありません。なのに兄の言うことを信じる人たちのダメっぷりたるや。

 鳥肉味のガムについて薀蓄をのべる夫に、兄が言い放った「理屈じゃねぇんだよ。ガムなんだから」で爆笑。夫は(彼だけじゃないけど)妙な良心や思いやりに頼って、自分の五感に忠実じゃないんですよね。夫を演じる吉田亮さんの身体には、常に二重性を感じました。それが素晴らしかった。

 妻の不倫相手である保険会社社員(奥田洋平)が、夫を人工ペニスでレイプした後に、「(こんなつらい体験も)いつか時が経てばよかったねと言えるようになる」と、泣きながら感慨にふけったフリをしてしゃべるのにも大笑いしました。愚かすぎる。

 最後はストーリーから逸脱し、家族それぞれが自身の状態を象徴する動作をして、それらの演技によってコラージュされたようなシーンでした。男たちはトランプ遊びをしていたかと思いきや、カードを投げつけてケンカを始めます。娘は客席と客席の隙間に溜めこまれて盛り上がった、ゴミの山を這い登ろうとします。そこで溶暗して終幕。この溶暗がまた不気味で気持ちいい。
 たしかボケた母親は、家の近くの崖を登って、そこから転落して死亡してしましたので、ゴミ山を登る娘と母親が重なりました。

 ≪ポスト・パフォーマンス・トーク≫ メモしたことの覚え書き程度です。
 出演:岩松了(俳優・劇作家・演出家)、徳永京子(演劇ライター)、松井周(サンプル所属。俳優・劇作家・演出家)

 ・『家族の肖像』について
 岩松「1つの作品の中に色んなイメージがあって、多面的な印象があった。」

 ・『通過』について
 岩松「前半は『蒲団と達磨』(岩松さんの1989年岸田國士戯曲賞受賞作品)に似てる気がした。」
 ※松井さんは岩松さんの影響を大いに受けていると自覚されていました。

 岩松「日常生活を描く時、その中に潜んだ何かを見つけるのが難しい。(松井さんの)光の当て方が作品の良さにつながっていると思う。」
 岩松「プリンやそうめんなど、貧しいものが出てくるのが好き。アキ・カウリスマウキの映画のような。貧しさの中に何かがある。ヘルパー1、2のとても怠惰で、だらしのない振る舞いの中に性的なものがある。」

 ・戯曲における性的なことについて
 岩松「誰かがいなくなった時に、いなくなった人の悪口を言うシーンがあるとする。特に身体の特徴についての悪口とか。そういったものを(僕は)性的だと思う。」
 徳永「その場にいる人と共犯関係を結ぶことになりますよね。」

 ・何の目的もない時にこそドラマがある
 松井「(出来事が起こる)確率の高いところから書き始めて、少しずつ確率の低い方向に書いていく。そうすると(筆が)ノってくる。」
 岩松「確率の高いところから低いところに行こうとする時、人間はどうするのか。それを描くことで平坦な日常を平坦じゃないものにする。人が行動する際に、ある特別な目的に向かっていく時にはドラマがない。何の目的もない時にこそドラマがある。根拠もなくて、どこに向かえばいいのかわからない方が、演じる時も面白い。」

 ・『男はつらいよ』極悪版?
 徳永「映画『男はつらいよ』に似ている気がした。妹の家に兄がフラっとやってくることとか。」
 松井「僕は寅さんが大好きなんです。『男はつらいよ』では起こりそうにない方向に話を進めてみた(結果、こんな話になった)。」

出演:辻美奈子(サンプル・青年団)、古舘寛治(サンプル・青年団)、古屋隆太(サンプル・青年団)、羽場睦子、吉田亮、野津あおい、坂口辰平(ハイバイ)、奥田洋平(青年団)、山村崇子(青年団)
脚本・演出:松井周 舞台美術:杉山至+鴉屋 照明:松本大介(enjin-light) 音響協力:長谷川ふな蔵 音響操作:森澤友一朗 衣装:小松陽佳留(une chrysantheme) 舞台監督:小林智 ドラマターグ・演出助手:野村政之 宣伝美術:京 宣伝写真:momokojapan 記録写真:青木司 記録映像:深田晃司 WEB運営:牧内彰 制作:三好佐智子 森澤友一朗 有田真代(背番号零) 企画・製作:サンプル・(有)quinada 主催:(財)三鷹市芸術文化振興財団 
ポストパフォーマンストーク: 15日 19:30 内野儀/16日 19:00 岩井秀人(ハイバイ)/20日 19:30 岩松了&徳永京子/21日 19:30 柴幸男(青年団演出部/ままごと)
【休演日】5/18(月)【発売日】2009/04/17 全席指定席 前売一般:3,000円 当日一般:3,300円 高校生以下:1,000円(前売当日共・当日学生証拝見)
http://www.samplenet.org

※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2009年05月22日 11:51 | TrackBack (0)