ノルウェーの劇作家イプセン(⇒Yahoo!百科事典)の戯曲を栗山民也さんが演出。仲代達矢さん、十朱幸代さんという大スターが主演する豪華なストレート・プレイです。笹部博司さんが上演台本を手掛けるイプセン戯曲上演は、これが4回目になるのかしら(過去レビュー⇒1、2、3)
舞台に立っているだけでその存在感にうっとりする4人の俳優(平均年齢70歳以上!)による、ずっしりと重量感のある王道の四幕劇。美術、照明、衣裳、音楽などのスタッフワークも一流で、とーーーーっても面白かったです!悲劇なのに爆笑しちゃうシーンがいっぱい!笑いながらボロボロ泣けてきちゃうセリフもいっぱい!ストレート・プレイ好きの私はもう大満足です。イプセンって凄いですね~。上演時間は約2時間30分(途中休憩15分を含む)。
⇒CoRich舞台芸術!『ジョン・ガブリエルと呼ばれた男』
レビューをアップしました(2010/02/20)。
≪あらすじ≫ 公式サイトより。(役者名)を追加。
一幕はもはや老年となった双子の姉妹。
生涯二人は、一つのものを奪い合った。
今は、かつて愛した男の息子を奪い合っている。
最悪なことは、それを相手が手に入れること。 その点で二人は唯一、意見が一致した。
二幕は、頂点を目指しすべてを失った男と、どんな夢も愛もこれまで手に入れることなく生きて来た男。
二人は世界の果てに取り残された。 それでも二人は譲ることが出来ない。
ボルクマン(仲代達矢)はフォルダル(米倉斉加年)に永遠の別離を宣言する。
そして、いよいよ、かつて愛を誓い合った二人、ボルクマンとエルラ(十朱幸代)が対面する。
自らの栄光のための最愛の女を売った男と、
人生の至高のものがたがが世俗的な成功のために売られた女の対決。
三幕は、夫と妻の対決。
決してももう顔も見ない、口もきかないと誓った女(大空眞弓)が、夫にどんな毒を投げつけるのか。
四幕、最終幕は誰もが世界の果てに。
いったい、ボルクマンは自分の人生にどう決着をつけるのか。
また、双子の姉と妹は?
誰も嘘がつけない。
誰もが一切譲らない。
人生をかけた、辛辣な言葉の刃が、次々と繰り出される。
そして四人の俳優は、舞台というバトルの場所で、いつのまにか、自らの人生と人間をむき出しにして立っている。
≪ここまで≫
幕が上がって豪華な装置にほ~っとため息。大きな壁に囲まれた部屋でも役者さんは堂々の存在感です。たった4人しか出てこない、しかも4人揃うのはほんの一瞬だけというお芝居ですが、600席ある世田谷パブリックシアターを広いとは感じません。
言葉のひとつひとつについて、それが持つ意味・意図が明確に組み立てられており、饒舌な海外戯曲の会話がリズミカルに進みました。きっと戯曲を読んだだけでは、私にはこの作品の意味がわからなかっただろうと思います。ボルクマンがやったこと、言ったことをサラリと読み進むと、たぶん「なんてひどい男なんだ!」というような一方的な解釈しかできない気がするんです。仲代さん演じるボルクマンは本当の本当にダメ男でしたが(笑)、2人の女から愛されて当然の魅力的な人物に見えました。まさかあんなに笑わせてもらえるなんて!
この戯曲には、男と女の決定的な違いが描かれていると思いました。そして言い方は悪いですが、親は子供に捨てられるものなのだということも。「捨てる」より「巣立つ」という方がきれいですが、現実的には「捨てる」ことになるんだと思います。人間は誰かにすがり、なんとかして自分の存在を支えようとしますが、結局人間は誰のものでもないし、誰のものにもできないんですよね。それでも求めてしまうから、悲劇、喜劇が生まれるのだなと思ったりも。
こうやって分析するのは簡単ですが、翻って自分自身のことだと考えると・・・ショックはありますし、覚悟をしなければと思います。つまり、いやおうなしに人生の勉強をさせられる作品でした。イプセン、凄い。
仲代達矢さん演じるボルクマンの可愛らしいこと!ひとことつぶやくごとに笑いが起こるぐらい、観客から愛されっぱなし。ほとんど道化のようでした。とても愚かで、可愛らしい、道化。最後の長い独白が切ないです。
十朱幸代も同じくとても可愛らしかった。60代後半なんて信じられないです。『近代能楽集「綾の鼓」「弱法師」』でも素敵でしたが、あの素直さというか無垢な(ようにに見える)たたずまいは、やはりご自身の持ち物なのでしょうか。
ここからネタバレします。
自分の王国を築き、恵まれない人々にその富を分け与えたいという夢を持ち続けたボルクマン。彼は、彼に生涯の愛を捧げると誓い、そして彼自身も本気で愛していた女エルラを、その夢をかなえるために裏切ります。必死で話しても絶対にすれ違い続ける2人は、なんと愚かで、そして残酷なんだと思いました。
1階は赤い壁。パンフレットによると栗山さんのイメージはムンクの絵画らしく、油絵のタッチで黄色い筆の跡が見えます。2幕では壁がすっと袖に引いて、現れた2階は青色の空間。立派な本棚がある書斎の壁には、金色の筆で塗られた(ような)部分があり、そこに照明が当たるのが美しい。
2階の部屋にこもりっきりで、ただ行ったり来たりしているボルクマンの足音を、ピアノの旋律で表現。そういえばオープニングは弦楽器のソロでした。美しい音色。
途中休憩をはさんで幕があがった3幕で1階の赤い部屋に姉グンヒル(大空眞弓)が1人で立っているだけで感動。気持ちが満ちているんですよね。グンヒルもまた複雑な感情をいだいている女性だと思います。妹エルラのことを嫉妬しながらも大切に思っているし、自分を没落させたボルクマンを憎んではいるものの、やはりと夫として愛している。息子への執着はあまりに自信過剰なのが笑いを誘いますが、母親の息子への盲目的な、そして時に暴力的な愛情というのはこういう狂気じみたものなのだなと納得できます。
4幕でとうとう全員が家の外に出ます。部屋の壁や家具が取り払われて、真っ白の布が床に敷かれ、舞台はほぼ何もないがらんどうのような空間に。黒い衣裳のボルクマン、エルラ、グンヒルが横一列に並ぶ場面は、まるで現代ドイツ演劇のような硬質さと鋭さがありました。客席に向かって独白する人々はギリシア悲劇の登場人物のよう。
1つだけ難を言えば、最後の場面は仲代さん、十朱さんのやりとりが長く感じたことですね。4幕の冒頭が鮮烈だったので、最後にスローダウンしたのは残念。
そういえばフォルダル(米倉斉加年)と彼の妻のエピソードも、男女の違いをよく表していました。愛する娘がボルクマンの息子とともに出て行ってしまったことを、フォルダルは「自分の詩作への思いを、娘が音楽の道に進むことで引き継いでくれた」と大喜びしますが、妻は家が洪水にならんばかりに泣いているとのことでした。
Henrik Ibsen
≪能登、宮城、新潟、福島、東京(世田谷)、北海道、札幌、神奈川、茨城、兵庫、愛媛県松山市、愛知県知立市、名古屋、山梨、東京(池袋)≫
出演:仲代達矢 大空眞弓 米倉斉加年 十朱幸代
原作:イプセン 脚本:笹部博司 演出:栗山民也 美術:伊藤雅子 照明:沢田祐二 音響:秦大介 衣装:前田文子 ヘアメイク:鎌田直樹 演出助手:大江祥彦 舞台監督:泉智之 宣伝美術:山本利一 制作:無名塾/サンライズプロモーション東京/メジャーリーグ 制作協力:オフィスサラ 主催:テレビ朝日 後援:ノルウェー王国大使館
【発売日】2009/11/28 一般S席7,800円/A席6,000円 友の会会員割引 S席7,500円 世田谷区民割引 S席7,500円
http://www.majorleague.co.jp/stage/borkman/index.html
※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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