創立60周年を迎える劇団わらび座の新作『ミュージカル「アトム」』の初日を拝見しました(⇒制作発表)。
脚本・演出は扉座の横内謙介さん。これから2年間もの全国ツアーが始まります。わらび座作品のレビュー⇒1、2、3
わらび劇場での公演には、これまでのわらび座ミュージカルで主役をつとめてきた若手俳優がメインキャストにずらりと揃い、フレッシュな魅力が増していました。メッセージが明快でショー(show)的な要素も多く、広い年齢層にアピールする娯楽作品に仕上がったようです。上演時間は約1時間45分。
※東京公演は新宿文化センターで6/19(土)から27(日)まで。
⇒公式ブログの舞台写真
⇒手塚眞講演会「手塚治虫がアトムに託したもの」
⇒CoRich舞台芸術!『ミュージカル「アトム」』
≪あらすじ≫ 公式サイトより。(役者名)を追加。※東京公演ではキャスト変更あり。
20××年、十万馬力のロボット「アトム」の時代は終わり、さらに進化したヒト型ロボットが、パワーを大きく制限され、人間への絶対服従を強いられている時代。
路地裏の倉庫では、ロボットだけの秘密のパーティーが開かれていた。
元科学者・神楽坂町子(椿千代)の屋敷で働くトキオ(三重野葵)と、親友のアズリ(上野哲也)が創った歌は、自由を持たないロボットたちに生きる喜びを生んでいた。
そこに人間の若者たちが紛れ込んでくる。
工場で働くタケ(岩本達郎)とエミ(高田綾)、親に未来を決め付けられて苦しむマリア(碓井涼子)。
「私たちだってロボット!」
人間とロボットの叫びは心を結びつける。
やがてマリアとアズリに愛が芽生える。
しかし、それを許さない人間の力と暴力によって、アズリは殺される。
復讐を叫ぶロボット達に、元科学者のスーラ(岡村雄三)が「殺人兵器として十万馬力のアトムを甦らせるのだよ」と煽る。
アトムを密かに預かっていた神楽坂町子は、「暴力で何かを解決した事があったか」と、トキオを諭す。 そして、トキオに隠された秘密が明かされる。
アトムは甦るのか―、トキオの決断は―。
≪ここまで≫
【写真】ロボットたちが集まる倉庫の場面
一昨年は「ドラえもん」、昨年は「鉄人28号」も舞台化されましたので、「鉄腕アトム」の舞台と聞いてパっと目に浮かぶのは、着ぐるみのアトムが元気に踊る姿・・・という方も少なくないと思います。でも今作品の主人公はアトムではなく、人間と同様に心を持っている人型のロボットたちでした。
彼らは人間そっくりの外見でとても優秀ですが、力を制御されているので便利な労働力として人間にこき使われ、奴隷のように扱われています。極端ですが、アパルトヘイト政策下にあった南アフリカ共和国を思い浮かべました。
金持ちの娘マリアと看護士ロボットのアズリが恋に落ちます。でもそれを良く思わない人間が理不尽な暴力で2人を引き裂こうとし、ロボットたちは力を合わせて反撃に出ようとします。ただ、主人公のトキオは、ロボット仲間と優しい主人・神楽坂町子博士との間で板ばさみになるのです。横内さんが記者発表でおっしゃっていた『ウエスト・サイド・ストーリー』なんですね。
つまりロボットの話ではあるのですが、描かれているのは人種差別、民族対立などから始まる戦争と、その間で苦しみながらも、なんとか裂け目を埋めて、境界を越えようとする人間(の心を持ったロボット)の姿。前半1時間は世界の縮図をあらわしているように思いました。
マリアとアズリが一瞬で恋に落ちるシーンは劇的で、重ね合わさる2人の一途な視線には、体ごと舞台に吸い込まれそうな心地がするほどの、強い引力がありました。
アズリは人間の命を助ける医者を尊敬し、いつか医者になりたいという夢を持っていたので、希望を失っているマリアに「人間は素晴らしい!」「君(マリア)は人間なのだから、何でもできる!」と全身全霊で伝えようとします。ちょっと気恥ずかしくなるような直球のセリフでも、熱の入った嘘のない思いとともに届けられると、素直に受け入れられるんですよね。
【写真】左からアズリ役の上野哲也さんと、マリア役の碓井涼子さん
マリアを演じたのは碓井涼子さん。線が細くてはかない印象だけれど立ち姿に華があって、声にも力があります。こんなミュージカル女優は他にいないんじゃないかと思ってしまいます。アズリ役の上野哲也さんも、次回作をぜひ見てみたいと思いました。
すべての謎を知る重要人物で、アトムを解体した(といわれる)神楽坂博士を演じるのは、わらび座看板女優の椿千代さん。体と声の説得力で物語を支えていらっしゃいました。
スーラ役はベテランの岡村雄三さん。さすがの貫禄と歌唱力です。登場した途端に悪役だとわかるのもイイ!
振付(ラッキィ池田&彩木エリ)が素晴らしかったですね。いわゆるロボットらしさを表す角ばった動きを前面に出しつつ、葛藤や怒りの感情が強く伝わってきました。制作発表で「踊りはどうでもいい!ロボットの心を表したい」とおっしゃっていたことを、そのまま実現されていたと思います。
音楽についても制作発表で作曲の甲斐正人さんがおっしゃっていたとおり、歌の1つ1つが独立している印象が強かったです。そのせいかはわかりませんが、歌が終わるごとにお話がブツブツと途切れているように感じました。その隙間は今後、演技の密度が高まることで埋まっていくのではないかと思います。
※エミ役の鳥潟知沙さんが急病のため、振付助手だったわらび座の女優・高田綾さんが初日の代役をつとめられました。開幕直前だったので、高田さんのセリフ合わせなどの稽古時間はたったの1時間15分!カーテンコールで横内さんが「わらび座の底力を見せつけられた」とおっしゃっていました。
ここからネタバレします。セリフは正確ではありません。
神楽坂博士がトキオに「アトムの心(電子頭脳)はお前の中にある」と告げる場面では、わかっているのにドキリとさせられました。トキオの驚きの演技が信じられるものだったからだと思います。
ストーリーについて腑に落ちなかったところが少しありました。マリアの携帯電話に「タケとロボットたちは港の倉庫にいる」という電話がかかってくるのですが、いったい誰が何の目的でかけたのかしら。ダッタン(宮本昌明)は体に仕掛けられた爆弾が爆発して死んでしまうのですが、爆発する前に電子頭脳を取りはずせば助かったんじゃないかしら・・・など。
あと、トキオとマリアが死んだアズリの幻を見る場面で、アトムの人形が空を飛ぶ演出があったのですが、狙いがわかりづらかったです。素人考えですが、人形の動きがもっとシャープだといいんじゃないかしら。
舞台はそもそも虚構ですから、私はストーリーに完全な整合性は求めません。気にならなければ結果オーライなので(笑)、6月の東京公演で自分がどんな風に感じるか楽しみです。あと、トキオ役の三重野葵さんがダッタンを演じるのも!
≪秋田、東京、神奈川、兵庫、三重、浜松、新潟、静岡、ほか≫
【出演】トキオ:三重野葵 マリア:碓井涼子 アズリ:上野哲也 ダッタン:宮本昌明 タケ:岩本達郎(劇団扉座) エミ:鳥潟知沙(※鳥潟知沙が降板し、代役は高田綾) 神楽坂町子:椿千代 スーラ:岡村雄三 ウメ/ジュリー:小林すず クロキ/チルチル:千葉真琴 シアン:森下彰夫 チータン:神谷あすみ ヘレン:工藤純子
原案:手塚治虫 脚本・演出:横内謙介 音楽:甲斐正人 振付:ラッキィ池田、彩木エリ 美術:金井勇一郎 照明:塚本悟 ヘアーメイク:我妻淳子 衣裳:樋口藍 音響:押久保豊 小道具:岩辺健二、平野忍 演出助手:小沢瞳、栗城宏 音楽助手:紫竹ゆうこ 振付助手:高田綾、遠藤浩子 舞台監督:石井忍 監修:手塚眞 協賛:手塚プロダクション 角川エンタテインメント 共同制作:新宿区 企画制作:わらび座
【わらび劇場公演】全席指定 前売 一般3675円 小中2310円 当日 一般4200円 小中2625円
【新宿文化センター大ホール公演】指定席: S7000円 A6000円 学生各1000円引き
http://www.warabi.jp/atom/
※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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