蓬莱竜太さんが岸田國士戯曲賞を受賞した『まほろば』に続いて、新国立劇場に新作を書き下ろされました。演出は鈴木裕美さん。
今月は蓬莱さんの新作が2本同時に上演されていましたね。両方拝見しましたが、どちらかというと私は『エネミイ』の方が好みでした。
⇒CoRich舞台芸術!『エネミイ』
≪あらすじ≫ 公式サイトより。(役者名)を追加。
主人公・礼司(高橋一生)の家庭はしごく平凡。定年間近の父(高橋長英)、習い事に熱心な母(梅沢昌代)、婚活にいそしむ姉(高橋由美子)、そしてフリーターの礼司。
ある夜、そんな家族のもとに父の旧い知り合いだという二人の男(林隆三&瑳川哲朗)が突然やってくる。二人を力一杯もてなす父親。他愛無い昔話に花が咲く宴会。しかし全く帰る気配を見せない二人に次第におかしな空気が流れ始める。家族総出で帰らせようと画策するが、のらりくらりと居続ける男達。
「どうして帰ってくれないんだろう……」
≪ここまで≫
テーマは学生運動、安保闘争です。かつて運動の当事者だった男たちと、現在フリーターをしている若者が出会いますが、同じ国の同じ場所で息をして、互いに必死で何かと戦っていながら、敵も目的も手段も全く違います。学生運動を知らない30代の作家が、自分に嘘をつかず、現代の日常生活の中の戦いを描いたとても面白い脚本だと思いました。
演出はあまり私の好みの方向ではなかったかも。動きや言葉のニュアンスなどに説明的な要素が多すぎて、ハっと驚けないし、アハハと笑えないし・・・という状態でした。例えば会話でじっくり聞かせて欲しいと思う場面で、流れをぷっつり切る出来事が起こります。それ自体は脚本通りなのですが、明るく盛り上げようとする演出で本題の影が薄くなってしまうのは残念。短くないお芝居なので、あえて見せ場を作る必要があったのかもしれませんね。好みの問題だと思います。
役者さんの中では高橋一生さんが断トツに素晴らしかったです。そう感じてしまったのは、もしかしたら私が観た回は役者さんが本調子じゃなかったのかもしれません。1人だけが目立つのっていいことじゃないですよね。
ここからネタバレします。
舞台となる礼司らの家があまりに豪邸すぎるのではないかと思ったのですが(アイランド・キッチンとか白くて長い階段とか)、電力会社に勤めている父親(高橋長英)は、もしかしたら天下りをいっぱいしてるのかな・・・?などと想像。でも定年“間際”なのか・・・。そんなことが気にならない抽象世界へと広がってくれれば良かったのになと思います。
押し掛けてきた二人は運動家。父はかつて彼らの同志でしたが、離脱してサラリーマンになりました。運動家たちは岐阜(だっけ?)から「三里塚」に行く途中。三里塚とはつまり成田空港建設反対運動が行われている場所です。運動家たちは礼司に同行しないかと誘いますが、父は反対ですし、礼司もピンと来ない様子。
母(梅沢昌代)の趣味はフラメンコで、ここぞという場面で急に踊りだして男たちの議論をうやむやにしてしまいます。こういうこと、現実でもよくありますよね(笑)。愛と情熱が理性に勝利してしまう様を描いたようにも受け取れて、面白かったです。でも私には踊りの時間が長すぎました。
礼司は終盤にやっと自分の思いを伝えます。バイトのシフト表を完成させるのが、どれだけ大変か。コンビニに私たちの生活の縮図があります。礼司が家にいるのは母親が呼び寄せたからだったとわかるのも皮肉ですね。好きでニートでいるわけじゃないんです。ただ、何でも「頼まれたから」やるのも、情けないといえば情けないですよね。
礼司は友達(のちに警官とわかる)と組んで、ネットゲームでお金を稼いでいます。おそらくアドベンチャー・ゲームのようなもので、敵を倒して剣などのアイテムを入手し、それを売ってるんですね。なんとまあ現代的。でも運動家(瑳川哲朗)が何も知らずに電源を切ってしまい、ゲームがすべてリセットされてしまいます。礼司と友人は窮地に立たされること間違いなし・・・。礼司は一瞬うなだれるものの、何も言わずに彼らを見送ります。
礼司が「三里塚」を知らなくて、さらっと「サンリヅカってどんな漢字ですか?」と質問したことは、運動家の神経を逆なでしたでしょうから、お互いのコミュニケーションの前提となる知識に大きなギャップがあるんですよね。こういった無知のせいで起こる事件は加害者に悪気がない場合がほとんどですから、この差を埋めるのは簡単ではありません。
時代の移り変わりのスピードが早くて、情報が洪水のように溢れていて、たとえ親子でもお互いに知らないことが多いです。気持ちがすれ違った時は一方的に怒ったり悲しんだりする前に、「自分は相手のことを全然知らない」ことを認めて、相手の話を聞くことからコミュニケーションを始めるようにしたいと思いました。
「エネミイ」は逆から読むと「意味ねえ」なんですね(パンフレットより)。いいタイトルだな~。チラシのビジュアルもかっこいいです。
出演:高橋一生 高橋由美子 梅沢昌代 粕谷吉洋 高橋長英 林隆三 瑳川哲朗
脚本:蓬莱竜太 演出:鈴木裕美 美術:奥村泰彦 照明:笠原俊幸 音響:長野朋美 衣裳:関けいこ ヘアメイク:鎌田直樹 演出助手:山田美紀 舞台監督:北条孝 芸術監督:鵜山仁 主催:新国立劇場
【休演日】7/5,12【発売日】2010/05/09 A席5,250円 B席3,150円 Z席1,500円
http://www.nntt.jac.go.jp/play/20000210_play.html
※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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