野田秀樹さんが芸術監督をつとめる東京芸術劇場のプロデュース公演『チェーホフ?!』の稽古場にお邪魔いたしました(⇒野田さんのコメント)。
タイトルは19世紀ロシアの世界的劇作家アントン・ パーヴロヴィチ・チェーホフから来ているのは一目瞭然ですが、代表作である『かもめ』『ワーニャ叔父さん』『三人姉妹』『桜の園』などの戯曲ではなく、医師でもあったチェーホフの博士号論文の草稿をもとに創作されるとのこと。
演出は昨年8月のスイス公演でも高い評価を受けた、庭劇団ペニノのタニノクロウさん(⇒The Japan Times英語記事)。ドラマトゥルクに演劇批評家でロシア芸術思想の専門家でもある鴻英良さんを迎え、“誰も観たことのないチェーホフ”が生み出されます。
タニノ「タイトルどおり、極めてチェーホフ的である作品になってきたと思います。絵画的な美しさを楽しんでもらえたら。」
【稽古場写真】
■東京芸術劇場プロデュース・チェーホフ生誕150周年記念
『チェーホフ?! 哀しいテーマに関する滑稽な論考』⇒公式サイト
期間:2011年1/21(金) ~2/13(日)
会場:東京芸術劇場小ホール1
出演:篠井英介 毬谷友子 蘭妖子 マメ山田 手塚とおる
作・演出:タニノクロウ
S席4,500円 A席3,200円 A席(25歳以下)2,000円
※1/21(金)、1/22(土)のプレビュー公演は一律3,000円というお得価格!
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≪作品紹介≫ 公式サイトより。
これがチェーホフ?!
誰も知らなかった妄想世界
チェーホフが人生における大仕事として取り組んだが、未完に終わった博士論文。そこには民間伝承、いいつたえ、奇術、魔術など超自然的で観念的な事象に対して異常なまでに興味を示したチェーホフの姿が見て取れる。
結局、論文を書き上げることなく生涯を終えたチェーホフだが、実際は様々な作品の中にそれらの要素は散りばめられている。
そのようなチェーホフが興味を示した幻視的世界を元・精神科医という特異な顔を持つ演出家タニノクロウが独自の視点で描き、異形の顔ぶれと生演奏を指揮する。
これがチェーホフ?!と思うかもしれません。いや、これこそチェーホフ!!
≪ここまで≫
お正月が明けたばかりの1/5(水)に稽古場に伺いました。14時30分から稽古開始とのことでしたので14時10分頃に伺ったところ、役者さんもスタッフさんもほぼ勢ぞろいで、ちょうど毬谷友子さんの衣装合わせ中でした。
きれいなドレスをお召しの毬谷さん。衣裳と同時に髪型もチェックして、セクシーさをどう出すかなどが話し合われています。「幕ごとに変化が欲しい」と演出のタニノさんから注文があり、毬谷さんからも「こうすれば動きやすい」などのアイデアが出ています。衣裳は2009年読売演劇大賞スタッフ賞受賞者の太田雅公さんです。
稽古場には仮の装置がしっかり建て込まれており、大人数のスタッフさんがズラリ。作・演出のタニノクロウさんを中心に、舞台監督、音楽、音響、ワイアレス音響担当、衣裳、衣裳製作、衣裳着替え担当、ヘアメイク、制作、制作助手、演出助手、演出部3人という、5人の出演者を含め20人がスタジオに集まっています。
タニノさんの真横には音楽家の阿部篤志さんの大きなキーボードが鎮座しており、なんとその場で役者さんの演技に合わせて、阿部さんが演奏されるようです。本番は舞台手前にオーケストラ・ピットが作られて生バンドの演奏があるとのこと!⇒制作さんによる仕込み写真⇒1、2
衣装合わせの後、タニノさんと阿部さん(音楽)の打ち合わせがあってから、稽古に突入しました。最初はマメ山田さんと篠井英介さんが登場する場面です。見つめ合うマメさんと篠井さんが徐々に距離を取って離れていくのですが、篠井さんは白いヘッドフォンを装着してゆるやかに体を動かします。「チェーホフなのにヘッドフォン?」と、始まるなり心が躍りました。
【写真↓篠井英介さん】
短い場面のきりのいいところで止めて、すぐに確認作業に入りました。音の大きさ、高さ、鳴るタイミングなどの音響関連のことや、役者さんの動きと合わせた装置の移動など、細かい調整をします。タニノさんからマメさんに、本を読む演技について提案がありました。
タニノ「もっとむさぼるように読んでください。大事そうに教科書を読むように。守るように読む。」
そして同じ場面をもう一度やることに。マメさんの演技にあわせて篠井さんの対応も変わって、音楽との関係にも微妙な変化がありました。演出助手さんがストップウォッチで場面の分数を計っており、どうやら秒単位で色んなきっかけがあって、2分弱の短い場面にさまざまな要素がギュっと詰まっているようです。
衣裳の事情もあり、マメさんの演技の変化がはっきりとは見えづらいらしく、タニノさんが他の出演者に質問されました。
タニノ「どうすればいいですかねー。」
手塚「音に合わせて、マメさんがいいタイミングで首を動かすとか。」
毬谷「セリフにロシア語を入れてみたら?」
面白そうなアイデアが次々と繰り出され、笑いも起こります。
結局、2時間弱の間に同じ場面が5回演じられました。5回目ともなると空気の密度がぐっと上がって来て、立っているだけでも美しい篠井さんの動きも、さらに洗練されていきます。篠井さんが優しくハミングする歌声にうっとり聴き惚れてしまいました。
次は手塚とおるさんと毬谷友子さんが登場してくる場面。コンテンポラリー・ダンスのような即興のパフォーマンスに圧倒されました。なまめかしくからみ合う姿はエロティックで“死”をも匂わせます。ダンスにはタニノさんだけでなく、音楽家の阿部さんからも具体的な提案が出されました。
阿部「今鳴っているアコーディオンの音は後ほどカットします。この部分は(音楽が)ハーモニーになってるんで、ダンスでもハモってらえると嬉しい!」
【写真左から:手塚とおるさん、毬谷友子さん】
演技を終えると、役者さんの間でも意見が交わされます。
毬谷「今、あまりに即興で動きすぎかも。」
篠井「最初は様式的に動いて、後からもっとエッチな感じにしたらいいんじゃない?」
手塚「これ以上エッチなのは思いつかないなー(笑)。」
演技について話し合う横では、舞台監督と音響さんが2人で手早く確認作業をされていました。演出家の指示を待って動くのではないんですね。稽古場にいる一人ひとりが自ら動き出し、シーンを形作るピースが次々と埋められていきます。
タニノさんは稽古場で起こることをじっと凝視し、俳優やスタッフが提示するアイデアをひたすら聞いてらっしゃいました。口数はとても少ないです。同じ場面を何度も見て、議論、熟考の末に「じゃあ、それでいきましょう」とGOサインを出されます。
軽妙なおしゃべりや笑いもよく起こっていましたが、和気あいあいのムードばかりではなく、耳には聞こえないかすかな重低音が止むことなく鳴り続けているような、独特の緊張感がありました。演技をするごとに知的な試行錯誤が繰り返され、大勢のプロフェッショナルがそれぞれの持ち場で冷静にクリエイティブな仕事を成し遂げていく。この稽古場そのものが、優雅で躍動感のあるオーケストラのようでした。
■タニノクロウさんインタビュー
―台本はタニノさんの絵コンテだそうですね。
タニノ「チェーホフの色んな作品を読んで、頭に浮かんだ絵を何枚も描きました。最初は、固定カメラで撮影した沢山のプロモーションビデオを作ればいいと考えたんです。今は画用紙に絵を描いていくような感覚ですね。チェーホフを連想させる色んな絵が集まって、ひとつの作品になるというか。」
―ストーリーはあるのでしょうか?
タニノ「チェーホフを読んでいく中で『曠野(ステップ)』という作品に出合い、それをひとつの筋道として物語に付け加えていきました。だからストーリーはありますが、説明らしいセリフはありません。本当に必要なものだけを残したので、セリフを全部まとめても1~2ページほどしかないですね。台本は区切りでしかないから、僕は基本的にいつも台本を書かないんです。まず役者さんに枠組みや印象を伝えて、『見せたいのはこういうことです』と説明して、そこから体を動かしてもらいます。」
―出演者には自分から進んで創作ができて、その人自身に鋭い個性がある方がそろっているように思います。
タニノ「そうですね。シルエットに特徴があって、男でも女でもないような人がいい、強いキャスティングをと最初に(主催者に)お願いしていました。有名な俳優が出演するプロデュース公演でありながら、普通のプロデュース公演ではできないことを実現できていると思います。例えば役者さんは全身がデザインされているし、誰が主役かわからない。そんな中からこぼれ出る、その人だからできることがあるんです。タレントが出ていたり、政治的な枠組みにはめられていたら、こんな風には作れないですよ。」
―今日までの時点で、手ごたえはいかがですか?
タニノ「タイトルどおり、極めてチェーホフ的である作品になってきました。観る人が多面的に楽しめる要素を含んでいて、生演奏や歌、さまざまな仕掛けもあり、チェーホフを知らなくても、誰が観ても楽しめるようになってると思います。
僕は劇団でしか面白いものは作れないと考えているんです。『チェーホフ?!』は、小さな劇場で有名俳優を使って、こんなに面白いものが作れるんだということの証明になるかもしれない。それが演劇的価値になればいいなと思います。」
■稽古場見学とインタビューを終えて
「なんて贅沢なんだろう・・・!」これが最初の感想でした。役者さんは1/12(水)から劇場に入り、プレビュー初日の1/21(金)まで本番同様の舞台装置で稽古ができるそうです。民間の小劇場公演だと劇場での稽古は2~3日間が普通だと思いますが、この公演は約10日間もあるんです!それだけでも完成度の高さは約束されたようなもの。
観客に対しても手厚いです。実力のある有名舞台俳優と豪華スタッフがそろった新作舞台を、オーケストラ・ピットでの生演奏付きで味わえます。しかも300席以下の小空間で。チケット価格にも観客のための配慮があります。東京芸術劇場小ホール1でS席4,500円、A席3,200円、プレビュー公演3,000円、25歳以下(A席)2,000円という価格設定はすごく良心的です。プレビューから2日間の休演日を挟んで初日が開幕するのにも気合いが感じられますね。私はジャンプアップに期待して初日を予約しました。
昨年、新しい芸術監督が次々に誕生し、公立の劇場が発信する公演に注目が集まっています。東京芸術劇場は野田芸術監督の主導により、有名劇作・演出家の新作紹介、海外公演の招聘、若手発掘事業「芸劇eyes」、親子向けのTACT/FESTIVAL、高校生割引(1,000円券を抽選販売)など、大胆な企画を次々に発信してこられました。『チェーホフ?!』は同劇場のポテンシャルを最大限に使って、まっさらの状態から立ち上げる入魂の一作。私が稽古場で感じた重低音は、驚きと魅惑に満ちた舞台が生まれようとする胎動だったのだと思います。
出演:篠井英介 毬谷友子 蘭妖子 マメ山田 手塚とおる
作・演出:タニノクロウ ドラマトゥルク:鴻英良 音楽:阿部篤志 美術:田中敏恵 衣裳:太田雅公 照明:山口暁 音響:中村嘉宏 ヘアメイク:川端富生 演出助手:若月理代 特殊小道具:小此木謙―郎 舞台監普:白石英輔 宣伝美術:松下計 制作:勝優紀/樺澤良 制作助手:坂田厚子 票券:大迫久美子 主催:東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)/東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団
S席4,500円 A席3,200円 A席(25歳以下)2,000円 ※1/21(金)、1/22(土)のプレビュー公演は一律3,000円
http://www.geigeki.jp/saiji/025/index.html
※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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