青木豪さんが初めて新国立劇場に書き下ろした新作は、なんと青木さんの私戯曲といえるほどご自身を投影したものでした。演出は芸術監督の宮田慶子さん。青木さんは宮田さんの演出だからこの仕事を引き受けたそうです(劇場会報紙The Atreより)。上演時間は2時間25分(途中休憩15分を含む)。
青木さんと年齢が近いせいもあるのか、20~30年前の一般家庭を描く物語に自分の(家族の)ことを重ね合わせて、普段以上に感情移入してしまいました。
終演後に一緒に観た人と話がはずむ、というか、感想や思い出話が次々と出てきて止まらなくなる作品だと思います。10代の人が観たらどうなのかしら・・・過去の歴史劇になるのかな。感想を聞いてみたいです。
⇒厳選シアターChoice!ステージ・チョイス
⇒CoRich舞台芸術!『おどくみ』
≪あらすじ≫ 公式サイトより。(役者名)を追加。
80年代半ば。横須賀のはずれにある商店街の総菜屋畑中家では、毎日、弁当や総菜作りが忙しく行われている。切り盛りするのは主人の幸広(小野武彦)ではなく、妻の美枝(高橋惠子)とパートの酒田(根岸季衣)。学習院大学に入学した長男剛(浅利陽介)は友人たち(下村マヒロ、東迎昂史郎)と映画研究部の活動に没頭していた。ある日、葉山の御用邸から仕出し弁当の注文が入る。幸広の母(樋田慶子)、弟、剛の妹(黒川芽以)も加わり、一丸となって仕事に精を出す畑中家。弁当を届け万々歳なはずが、しだいに暗雲が立ちこめる…。
≪ここまで≫
横須賀にある惣菜屋さんの厨房と居間。階段のそばに祖父と祖母の部屋があり、階段を上ると子供たちの個室のドアが並んでいます。終演後に装置を見に行くお客様が多かったですね。しばらく細部を眺めたくなるほどの具象美術です。
最初から笑いがドッカンドッカンと巻き起こりました。新国立劇場の初日はお年を召したお客様が多いのもあり、客席内の世代間ギャップにあらためて驚かされましたね。同じ日本人でもこんなに受け取り方が違うのか、と。
昭和60年代当時の有名なゴシップへの反応なので、笑いが頻繁に起こることに疑問はありませんが、ベテラン俳優のおおらかなたたずまいが客席と舞台との距離を縮め、親しみやすい空間になっているからでもあると思います。固有名詞がわからない世代にはなんのことやらでしょうけど、いつの時代も誰もが話題にする出来事はあるもので、日本の皇室なんてどんぴしゃりです。
物語については・・・一家の主である剛の父親とその弟(谷川昭一朗)、同居中の祖母の横暴に胸が悪くなるっ!!(笑) 私が真面目に働く母親(高橋惠子)の視点になりがちだったせいでしょうね。“昭和の妻・母”の像って暴力的だな~。笑いの絶えない喜劇でしたが、ごく一般的な家庭の会話のそこかしこに、毒が盛られていました。
もう、あれから20年以上も経ってしまった。ひとつひとつを思い出すように舞台を見つめながら、自分がうっかり積み重ねてしまった年月の重みを確かめました。
ここからネタバレします。
場所はずっと同じで時だけが過ぎます。場面転換中に白いハトの映像が流れました。いかにもCGとわかるものだったので最初はかなりの違和感でした。でも徐々にハトの数が増え、空間全体を覆うほどになります。剛がとうとう父親と対峙して怒りを爆発させた場面では、無数のハトが暴れるように飛び回り、彼の気持ちを大胆かつダイナミックにあらわしました。
そこでまさかU2の"With or Without You"(⇒歌詞 ⇒ニコニコ動画)がかかるとは!!私にとっては10代の頃に聴きまくっていた大ヒット曲です。聴きすぎて(PVを繰り返し見過ぎて)今耳にするとちょっと恥ずかしい気持ちになるほど有名な曲なので、流れた時は奇妙な心地でした。でも飛び回るハトに埋め尽くされた家で、棒たわしを振り回す剛を見る内に、あの頃の私自身のやり場のない怒りがよみがえって、どっぷりとシンクロ状態に。学校、両親、常識・・・近くにあるのに得体の知れない、そして私を取り囲んで離さなかったものたちが、次々と胸によぎり・・・ちょっぴり涙してしまいました。
天皇および皇室について、一般人が頻繁に話題にします。国立の劇場で天皇について自由な発言がなされるのは爽快。青木さんのお考えを主人公の剛(つよし)が語っていました。こういうことだったかと↓
『天皇は“死”に近い。誰も天皇になれないから決してその本質(真実)を知ることはできない、でもいつでも必ずそばにあり、なくなることはないのだから。』
終盤で年号が「昭和」から「平成」に変わった時のテレビの音声が流れます。「平らかに成る」と話しているのは亡くなった小渕元首相です。皇太子と結婚した雅子様のお言葉も。私たちは、あの時に期待したことが全く叶わなかった今を生きていますよね。
※売れ残ったお惣菜に母親(高橋惠子)が何かをしてる場面について。指のばんそうこうをはずして、お惣菜に膿(うみ)をたらしていたようです。私は包丁で自分の指を切ってるのかと思ってました(恐ろしい!)。
出演:高橋惠子 浅利陽介 黒川芽以 下村マヒロ 東迎昂史郎 谷川昭一朗 樋田慶子 根岸季衣 小野武彦
作:青木豪 演出:宮田慶子 美術:伊藤雅子 照明:藤田隆広 音響:福澤裕之 衣裳:宮本まさ江 演出助手:渡邉千穂 舞台監督:大垣敏朗
一般発売日:2011年5月14日(土)10:00~ A席5,250円 B席3,150円 Z席1,500円
http://www.nntt.jac.go.jp/play/20000329_play.html
※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
★“しのぶの演劇レビュー”TOPページはこちらです。
便利な無料メルマガも発行しております。