マームとジプシーは藤田貴大さんが作・演出される個人ユニットです。藤田さんはいま最も注目される最若手の日本の演劇人と言って過言ではないと思います。出演者は毎回変わりますが、固定メンバーも多いです。チケットは毎回早々に完売。
『芸劇eyes番外編「20年安泰。」』で上演された『かえりの合図、』、7月に北海道で上演された『待ってた食卓、』、そしてただいま上演中の『塩ふる世界。』で3部作となります。『待ってた食卓、』は横浜でも2ステージ上演されますが、残念ながら私は伺えそうにありません(涙)。
『塩ふる世界。』はお馴染みの繰り返し(リフレイン)の技法を踏襲しつつ、さらに先へと進んでおり、いたく感動しました。毎度生まれ変わる記憶と、鎮魂の劇だと私は思います。
上演時間は約1時間20分。体感時間は2時間半~3時間ぐらいかしら…密度の高い観劇体験でした。
⇒東京デスロックの多田淳之介さんのツイート
⇒多田淳之介さんと藤田貴大さんのポスト・パフォーマンス・トーク
⇒2回ご覧になっためっこさんの詳しい感想⇒1、2
⇒CoRich舞台芸術!『塩ふる世界。』
≪あらすじ≫ 公式サイトより
夏の真ん中、暑いけど、どこか寒々しい頃、八月。
街を去る人、残る人。高校生から大人までの時間と身体。
友達たちの後悔と、何かを口にしなければいけない日常。
≪ここまで≫
役者さんは走り、踊り、跳ね、転がります。激しい息切れと衣装を染めていく汗。まるでアスリートのよう。でも語られる言葉は非常に繊細で、演技も緻密です。俳優にとってこれほどまでに高いハードルって、なかなかないんじゃないでしょうか。
少年少女のある日常の出来事が繰り返し語られますが、全く同じ繰り返しではありません。あえて変化が加えられたり、組み合わせが違ったり、無数のバリエーションで“あの日のあの時間”が再現されていきます。
日本で多くの観客が楽しんでいる商業演劇では、「俳優が役になりきる」技術を駆使して、「俳優=役」と観客に思い込ませることを前提にした作品が主流です。観客はそれを疑問なく受け入れ、提示された物語を本当に起こった出来事のように、さらには自分のことのように感情移入して楽しみ、学ぶことができます。私はそういう演劇が大好きです。
でもそもそも演劇は、生身の人間が本人ではない人を演じる時点で、虚構です。そして物語そのものも創作なので、虚構です。つまり演劇は、常に2つ(以上)の虚構が層をなして存在する、高度な芸術だと思います。
最初の「俳優が他人を演じる虚構」は無視されがちですが、『塩ふる世界。』では、顔を赤らめ疲れていく俳優をさらすことで、舞台上の俳優が俳優本人である事実を提示します。激しく変化するステージングやダンス、ラップなどの身体表現を次々と繰り出し、物語には直接関係ない(と思われる)演出で魅せてくれます。
毎度違う方法で新しく再現される登場人物の記憶(=物語)と、目が離せない多重な表現、そして目の前に居る俳優自身の生々しい実体。7人の“あの日のあの時間”を何度も一緒に疑似体験するうちに、濃く深く、彼らに起こった悲劇を味わいました。これは別役実さんがおっしゃっていた「嘆き悲しむ時間」だったと思います。
過去の記憶は生きている。思い出す度に新しく生まれ、すぐに消える。再び思い出した時には、また新しく、変化している。それでも忘れないために、自分と向き合うために、これからも生きていくために、記憶を再生産していく。そんな営みに思えました。当日パンフレットに書かれた藤田さんの言葉に至極納得でした。
ここからネタバレします。
塩はエン。地球を構成する元素たち。肉体はやがて朽ちて循環し、命は再現される記憶とともに、何度も新しく蘇る。
セリフが聴こえないほど大音量の音楽に、すばやく変化する照明のもと、走る役者さんたち。2月公演と同様、一緒に鑑賞した観客とともに、自分もこのステージを構成する不可欠な要素だったと感じました。演劇もまた、何度も繰り返され、新しく生まれます。
物語の舞台は海の近くの田舎町。2学年が1クラスにまとまる小さな学校で、ずっと一緒だった少女たちにも変化の時が訪れます。ひなぎく(青柳いづみ)のお母さんが崖から飛び降り自殺をしてしまい、引越しすることになったから。ひなぎくの家にはお風呂がありません。父親の描写がないことから、おそらく母子家庭ではないかと。
最後は、ひなぎくが母が沈んだ海辺へと掛け寄る動作が繰り返されます。「母はどんな気持ちで崖から飛び降りたのか」「母は日々どれほど追いつめられていたのか」「なぜ私を棄てたのか」。ひなぎくは生きている限り、決して解が与えられない問いと向き合い続けるのでしょう。人間は変化しますし忘却しますから、思い出す度に記憶は塗り替えられ、新しい事実となっていきます。それでも思い出し続ける、問い続けるという決意と実行。それが死者および残された者への鎮魂だと思います。
倉迫康史さんが書かれている「人間は忘却という不可抗力に再発見で抗いながら世界を学んでいく」ことと重なりました。
出演:青柳いづみ 伊野香織 荻原綾 尾野島慎太朗 高山玲子 緑川史絵(青年団) 吉田聡子
作・演出:藤田貴大 舞台監督:森山香緒梨 加藤唯 照明:古城陽子 山岡菜友子(青年団) 音響:角田里枝 宣伝美術:本橋若子 美術協力:細川浩伸(急な坂アトリエ) 写真撮影:飯田浩一 制作:林香菜 主催:マームとジソシー 共催:STスポット
【発売日】2011/05/13 前売2500円/当日2700円
http://mum-gypsy.com/next/post-30.php
※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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