劇団KAKUTAの桑原裕子さんの新作戯曲を青木豪さんが演出する、世田谷パブリックシアターのプロデュース公演『往転―オウテン』の稽古場に伺いました。
桑原さんの戯曲を青木さんが演出するのは初めてのことなんですね。⇒青木さんと桑原さんのインタビュー ⇒桑原さんが出演した青木作品レビュー
『往転―オウテン』は『アンチェイン・マイ・ハート』『桃』『いきたい』『横転』の4つの物語から成り、人々が抱える問題や言葉にならない気持ちを、そっとすくい上げるようにしたためた戯曲です。思わずこぼれてしまった言葉でつづられた会話が、胸に染み入ります。
複雑で繊細な世界を、青木さんがダイナミックに立体化する過程を拝見することができました。独自の作品解釈に基づいた演出が、戯曲の世界をさらに広げてくれそうです。
●世田谷パブリックシアター『往転―オウテン』
期間:11月6日(日)~20日(日)@シアタートラム
プレビュー一般:4,000円 プレビュー高校生以下・U24:2,000円
一般:5,000円 高校生以下・U24:2,500円
友の会会員割引:4,500円 世田谷区民割引:4,700円
⇒公演特設サイト ⇒劇場内詳細ページ ⇒公演公式ツイッター
⇒CoRich舞台芸術!『往転―オウテン』
各エピソードに分かれて稽古をしてきた出演者が、初めて全員そろう日に伺いました。舞台の骨組みはほぼ本番どおりに建て込まれており、音響さんが音楽と効果音も出してくれます。まずはオープニングの具体的なシーンづくりから。青木さんが事前に指示していた通りにやってみたところ、俳優と音楽、装置が息を合わせたアンサンブルとなり、私の中で“文章”だった『往転―オウテン』(以下、『往転』)が、いきなり命ある生き物のように、目の前に立ち上がりました・・・!
最初の場面を初めて通してみたことで、役者さんとスタッフさんから問題点が指摘され、新しいアイデアも続々と出てきます。青木さんは「(その提案は)どっちもいいね。じゃあ両方試してみよう!」と、にっこり笑顔。
役者さんがいつ、どうやって、舞台上にスタンバイするのか、どんな音・音楽が鳴って、どのスピードで照明が暗転するのか、最初のセリフはいつ発せられるのか・・・幕開けの瞬間には多くのきっかけが集中します。演出の腕の見せどころであり、作品の第一印象を決める重要なポイントでもあるんですね。
オープニングの場面を数回繰り返した結果、音楽が鳴るタイミングと暗転のスピードが変わり、セリフがひとこと増え、役者さんの動き方・演技も変化しました。青木さんがパっとひらめいて演出を追加されることも!
3分弱のシーンの全てのきっかけが決まるまでに、かかった時間は約20分間。たった20分でこれほどまでに世界が変わるなんて・・・演劇のプロたちの発想が“あ・うん”の呼吸で実を結び、ゼロからものが生み出される創造の時間でした。
オープニングの後は台本の順序通りに場面を作っていきました。青木さんのダメ出しはとてもリズミカル。明るく、簡潔に指示をして、褒めることも忘れません。演出席から演技スペースへするりと入って行って、愉快に演出されます。演出家ご自身が稽古場のムードメイカーなんですね。
■『アンチェイン・マイ・ハート』
高田聖子さんと大石継太さんが何やらワケありの中年男女を演じる『アンチェイン・マイ・ハート』。タイトルは日本語で「私の心の鎖を解いて」という意味です。含みのある会話からさりげなくヒントが与えられ、2人の関係がじわり、じわりとわかってきます。セリフとセリフの間、つまり行間の演技があまりに面白くて、ほんの数分間の短いシーンの間に大笑いしたり、じんわり泣けてきたり、揺さぶられどおしでした。
ドアを開けるか開けないか、手を伸ばすかどうか、相手に触れるかどうか・・・ぎりぎりの、すれすれのところまで緻密に組み立てられています。でもその場・その瞬間に生きている演技をされるので、鼻につくようなわざとらしさはありません。演技の工夫とぴたりと合わせる呼吸で、魅せるお芝居が完成していました。
■『桃』
初対面の男女のかみあわない関係を描く『桃』では、桃農園で働く弟役の尾上寛之さんが、突然訪れた兄の婚約者に戸惑います。婚約者を演じる市川実和子さんに対して、尾上さんが真剣に怒れば怒るほど、笑えてしまうんです!役柄の心のままに、自然に舞台に存在しているからこそ生まれる可笑しさです。ふすまの開け閉めのタイミングや足音の大きさなど、セリフがない時間の演技を細やかに積み重ねることで、お互いの素性を知らない2人の所在ない空気がリアルにふくらみました。
安藤聖さん演じる兄弟の幼なじみの女性は、他のエピソードにも登場して『往転』の世界をつなげるキーパーソン。都会的な空気をまとったサラリとした身のこなしが、桃農園にうっすらと不穏なムードを漂わせます。
休憩時間には煙草を吸いに稽古場を出る人もいれば、自分の席に座って台本を読みながら、アルミホイルに包んだ大きなおにぎりをほうばる人もいます。台本にメモを熱心に書きこむ人も、パートナーとセリフ合わせをする人も。自立した俳優・スタッフが集まっている、とてもスマートな現場です。
1回目の休憩時間が終わった時、青木さんが「さきほどのシーンの暗転中を想定した転換稽古をしましょう。カーテンを閉めてもらえますか?」と指示されました。大きな窓が厚いカーテンで覆われ照明が消えると、稽古場が完全暗転の真っ暗闇に。役者さんもしっかりスタンバイした状態で、なんと流れてきたのが「ハッピーバースデー!」と連呼する曲!お誕生日の大石さんへのサプライズだったんです!!
大石さんがケーキのろうそくを吹き消して拍手喝采。なごみました~。青木さんは余興の演出もさりげなくてお上手!でもこのお誕生日イベントはたったの5分間で終了。すぐに稽古が再開しました。皆さん、楽しむときは大いに楽しんで盛り上げて、切り替えも早いです。
■『いきたい』
青木さんのダメ出しに「はい!」とシャキシャキ返事をして、指摘されたことをメモする穂のかさん。はつらつと発せられるセリフに、まっすぐ前を見つめる純粋さが備わっていて、みずみずしい存在感です。『いきたい』の舞台は病院で、穂のかさんは入院患者役ですが、見舞客を演じる柿丸美智恵さんとの会話が軽妙なので暗いムードに沈みません。ベッドに横たわる浅利陽介さんの役については本番を観てのお楽しみ!
■『横転』
峯村リエさんと仗桐安さんのデコボコ・コンビによる『横転』は、マイペースで大はしゃぎする峯村さんがとっても可愛らしい!熱い峯村さんに対して仗さんがピシャリと冷めた態度で返し、緩急の鮮やかな会話に笑いが絶えません。でも青木さんは「もっと面白くなると思うんだよね~」とお2人にさらに課題を出します。言葉のニュアンスや熱量、語尾の上げ下げ、発音の速度などを微調整して、幾度か繰り返し稽古をしたところで大成功!同じセリフでもこんなに変わるものなのかと感心しきりでした。
13時から始まった稽古は18:15で終了。青木さんに少々お時間をいただきインタビューさせていただきました。
―桑原裕子さんの脚本を演出されるのは初めてですね。
青木「まずは早く書き上げてもらったのがすごく嬉しかった。バラ(=桑原さん)に1つだけ言ってたのは、KAKUTA(=桑原さんの所属劇団)ではできないことを書いてってこと。映像用の台本のようだと言う人が多かったんですが、僕はそこにすごくそそられて。どう見せようかという想像がどんどん沸いてきて、絵作りをするのが面白かったですね。
もうひとつ嬉しかったのが、登場する女性が、絶対に僕には書けないタイプばかりだったことです。たとえば性格が悪い女性は明らかに悪いわけじゃなく、じわっと悪い感じで、桑原ならではの描き方ですね。」
―稽古中にどんどんシーンが変わっていきました。青木さんがご自身のプランを柔軟に変更されて、とても刺激的でした。
青木「劇団だけをやっていた時代は、一人で全て細かく決めて演出してましたが、それだと面白くなくなってきて。役者さんやスタッフさんがその場で出したものを、僕がエディターとしてまとめる方が豊かな気がしたので、ある時期から今のように何度か試してもらって作るようになりました。」
―『アンチェイン・マイ・ハート』の高田さんと大石さんの演技に圧倒されました。各エピソードの稽古はどのように進めたのですか?
青木「『アンチェイン…』については僕は特に何もしてないです。お2人で勝手にあそこまで作ってくれました(笑)。稽古ではまず登場人物がどういう人なのかディスカッションしました。台本にない部分をエチュード(即興)で作ったりもしましたね。たとえば『いきたい』だと、入院中の女の子(穂のか)がなぜ入院したのか、その原因となる事件や家族との会話もエチュードでやりました。」
―脚本には書かれていない、作品の色を決めるような大胆な演出があります。
青木「人の運命は決まってるんじゃないかと読めたところがあって。バスの横転事故で死ぬ人も、怪我する人も、生き残る人もいる。それはあらかじめ決められてるんじゃないかという運命論を感じた。だから神様のような作家の目線というか、この『往転』という作品を見ている、俯瞰の視点を持った人たちを登場させようと思ったんです。」
【稽古場取材を終えて】
今年3月の大地震の日以降、私たち日本人はバラバラになってしまった、いえ、もともとバラバラだったことが露わになってしまったように思います。でもバラバラに存在する私たちの“間”にも、世界は相変わらず存在しています。その“間”にどうやってアクセスして、変化を生じさせ、つなげていくのか。私と誰かを阻む“間”にこそ人生があるのだと思います。
戯曲『往転』は4つの独立した物語が、時間軸を行き来しながら展開していく構成ですが、オムニバス形式ではありません。青木さんの演出により、台本で読んだ第一印象よりも人と人との係わりが強く、鋭く、ねばりのあるものになっていました。各エピソードの“間”を埋めて、全体を包むような演出もほどこされています。
台本にはない登場人物も含め「俯瞰の視点」から立ち上がった舞台『往転』は、私たちが生きる日常と劇場との“間”にも変容をもたらしてくれることと思います。
[出演]「アンチェイン・マイ・ハート」高田聖子/大石継太 「桃」 市川実和子/尾上寛之/安藤聖 「いきたい」 穂のか/浅利陽介/柿丸美智恵 「横転」峯村リエ/仗桐安 他:藤川修二/遠藤隆太
脚本:桑原裕子(KAKUTA)演出:青木豪 美術:二村周作 衣裳:前田文子 照明:三谷恵子 音響:小笠原康雅 ヘアメイク:宮内宏明 映像:吉本直紀 舞台監督:佐川明紀 演出助手:松倉良子 宣伝美術:SUN-AD 主催:公益財団法人せたがや文化財団 企画制作: 世田谷パブリックシアター 協賛:トヨタ自動車株式会社/Bloomberg 後援:世田谷区 平成23年度(第66回)文化庁芸術祭参加公演
一般5,000円 高校生以下 2,500円(世田谷パブリックシアターチケットセンター店頭&電話予約のみ取扱い、年齢確認できるものを要提示) U24 2,500円(世田谷パブリックシアターチケットセンターにて要事前登録、登録時年齢確認できるもの要提示、オンラインのみ取扱い、枚数限定) 友の会会員割引 4,500円 世田谷区民割引 4,700円 ★11/6プレビュー:一般4,000円 高校生以下・U24 2,000円
http://setagaya-pt.jp/theater_info/2011/11/post_249.html
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