岩井秀人さん率いる劇団ハイバイの新作です。東京公演の後に名古屋、福岡公演あり。上演時間は約1時間30分。
性描写がけっこう赤裸々で、ストーリー展開もややハードなので、大人向けですね。表現に幾ひねりもあるのがかっこいいです。さすがは岩井さん。
見終わって帰宅してしばらくしてから、やっとこの作品が示したことを咀嚼できたように思います。『ある女』は現代社会でタブー視される種類の性的関係を題材に、常識と非常識、現実と妄想、本当と嘘、意識と無意識などの“境”を描いた演劇作品だったのではないかと思います。
東京公演は菅原永二さんと岩井秀人さんが主役の“不倫する女”を交代で演じる、ダブルキャスト公演です。主役が違うと作品から伝わる意味も変わるんじゃないかしら。岩井さんの回が完売続出とのことですが、菅原さん、素晴らしかったですよ~。
⇒「ぴあ」岩井秀人インタビュー(土佐有明)
⇒CoRich舞台芸術!『ある女』
レビュー加筆完了しました(2012/01/22)。
≪あらすじ・作品紹介≫ 公式サイトより。
いっしょに 社会をよけましょう。
何人かの不倫してる人に話を聞かせてもらって笑っちゃうくらい興味深かったので、それを集めて一人の女の人の話にします。女の人に限らず、倫理的なコトって、当たり前だけど誰もいないところでは、つまりいわゆる社会ってものが存在しない場面では全く意味がなくて、人生はそういう、ちゃんとした社会の中の時間と、ちゃんとしてない時間が交互にやってくるわけで、みんな、その狭間でウワーとなってるんじゃないかしら。
≪ここまで≫
イタイOLとその周囲の人々の日常を、より恥ずかしく、みっともなく描き、中盤までは(私は)苦笑・爆笑の連続。
映像を使う場面が多いのが意外でしたが、その映像が面白い上にクオリティーがとっても高くて見入りました。登場人物の心情や過去の体験を解説する語り(猪股俊明)に合わせて、映像が進んでいきます。その語りの内容もすっごく面白い!岩井さんは(演劇から少し離れて)映像と小説の世界に行ってしまうんだろうな~・・・なんて勝手に想像して、舞台一辺倒の私は寂しい気持ちにもなりました。いえ、どんな分野にも進出していただきたいんですけどね!(ハイバイの次回公演チラシもありましたので心配無用)
初日の主人公タカコ役は菅原さん。冒頭は「男性が女性を演じている」のが明白でしたが、すぐに女性にしか見えなくなりました。とても繊細で、美しい(作品に、役に奉仕している)演技でした。先日のこの公演でも思いましたが、プロの、素敵な俳優さんだと思います。
菅原さん(男性)が演じているから笑ったり、客観視できました。女性がタカコを演じてたら、私にはキツかったと思いますね。痛々しくて苦しくて、見てられなかったかも。
ところでタカコはなんであんなにモテるのかな~(笑)。
ここからネタバレします。セリフ等は正確ではありません。
タカコ(菅原)は職場の上司・森(小河原康二)に恋をして、定期的に性的関係を持つようになりますが、森に妻がいることを知り、今の関係が不倫だと気づきます。居心地が悪くなった森は、タカコと会うごとにお金を払うようになります。タカコが新しい恋を探そうとして出会ったのが、セクリ小林(平原テツ)。彼はセックス教室の先生でした。森のためにセックスがうまくなりたいと思ったタカコは、小林と関係を持ち、さらには彼が紹介する男たちと、お金をもらいながら次々とセックスをして、森を満足させられるテクニックを身につけます。
やがてタカコが売春まがいのことをしていると知った森は、タカコに「離婚した。タカコと真剣に付き合いたい」と告白します。でもタカコは「今のままの方がいいかも」と返答するのです。森とだけ付き合っていたら不倫という不公平な関係に腹が立って、森との時間を幸せに過ごせないと考えたからでしょう。また、真意はわかりませんが、色んな男と関係を持つことで森に対して優位でいられるため(セックスも上手になるし)、タカコのプライドが保たれていたのも大きいと思います。
でもタカコは森の思いに応えようと、小林との関係を絶つことします。他の男と寝るのも止めると伝えると、小林は突然暴力的になってレイプ同然の行為をしてきますが、タカコは彼の股間を噛んで逃げ切ります。
タカコが暮らすマンションの隣りには不思議な定食屋があって、タカコは店の主人(猪股俊明)とその娘(上田遥)に、森との不倫やセックス教室のことなど、自分の日常を逐一報告していました。何でも聞いて受け入れてくれる隣人に、彼女はとても助けられていたのです。小林から命からがら逃げたタカコは、(箱根だか熱海だかに)温泉旅行中の定食屋親子をたずねました(娘の態度は冷たく、主人は川に落ちて意識不明の重体になってしまうのですが、そのエピソードは省略)。なんとそこで、妊娠中の妻を連れた森とばったり会ってしまうのです。あのお腹は少なく見積もっても妊娠5ヵ月以上じゃないかと・・・。ショックで放心状態のタカコを泣きっ面に蜂の展開が襲います。その場で小林とその一味に捕まってアジトに連れ去られ、縄でしばられたまま強姦されて、その後はバラバラ死体されてしまうかも・・・という恐ろしいことに!
そこで、意識不明のはずの定食屋店主の声が聴こえてきます。なぜか縄がほどけて、タカコは声に導かれるままに歩きだし、小林らのアジトから出ることができました。でもいつまでたっても光が見えてこない。自分がどこにいるのか、どこに向かってるのかもわかりません。声はその先までは導いてくれませんでした。ゆるく明暗を繰り返す照明の中、ぐるぐる回るタカコ。終幕。
岩井さんが終演後のトークでおっしゃっていたのですが、タカコのエピソードは、定食屋の主人(猪股俊明)がニート状態の娘の将来を想像した作り話だという設定があったそうです。映像の語りが定食屋の主人の声であったことからも納得です(でもそれがわかるような演出はされていません)。そもそも定食屋の入口は、タカコのマンションの玄関のドアのすぐ隣り付いている分電盤(?)のドアでした。定食屋といっても食事が出ることはなかったですから、定食屋親子もまた、タカコの想像だったのだと思います。
恋人や配偶者とのセックスと、商売としてのセックスについて考えると、いつも思い浮かぶのが飯島愛さんのことです。彼女はもともと絶頂的な人気を博したAV女優で、約20年前にふんどしパンツ姿で東京大学でコンサートを行ったことをよく憶えています。テレビの人気者になったのには少々驚きましたが、彼女のトークがとても面白いので疑問はありませんでした。でも「有名お笑い芸人に『ヤらせてよ』と言われる(言われて困る)」と、バラエティー番組で苦笑しながらこぼしているのを偶然見たことがあって(しかもお笑い芸人本人の前での発言でした)。ずっとずっと、さげすむような目で見られてきたんだろうと、思ったんです。彼女の孤独死のニュースを知った時、なんとも表現しづらい苦々しい気持ちになりました。
タカコは不倫と知らず森に恋をして、森が望むままにお金を受け取り、勉強(訓練・稽古)だと思って色んな男とセックスをしていました。金を受け取ることに、曖昧ながらも自分の心の折り合いをつけながら。「職業に貴賎なし」だとすると売春も普通の「仕事」です。でも、簡単には受け入れられない、片付けられない気持ちが、私の中にあります。そこの“境”を考えるお芝居だったと思います。
≪ポスト・パフォーマンス・トーク≫
出演:松井周(サンプル) 岩井秀人
不倫している数人の女性にインタビューした内容を劇にしたそうで、ほぼ7割は実話。岩井さんは2時間4万円のセックス教室に、実際に取材に行かれたそうです。そんなのあるんだな、そして行く人いるんだな、とふむふむ。教室なのか風俗なのか、その境が曖昧ですよね。
セクリ小林のセックス教室で「触られる役」のセイヤ(坂口辰平)は、実際にもいらしたそうです(女性)。
≪東京、愛知、福岡≫
出演:上田遥 坂口辰平 永井若葉 平原テツ 吉田亮 (以上ハイバイ) 小河原康二 (青年団) 猪股俊明 菅原永二/岩井秀人(菅原・岩井はWキャスト)
脚本・演出:岩井秀人 舞台監督:谷澤拓巳 照明:松本大介 照明操作:吉村愛子 音響:高橋真衣 中村嘉宏 衣裳:小松陽佳留(une chrysantheme) 映像:ムーチョ村松+富所浩一 撮影:トーキョースタイル 宣伝美術:土谷朋子(citron works) 記録写真:曳野若菜 WEB:斉藤拓 制作:三好佐智子(quinada) 坂田厚子(quinada) 野崎百合香 藤木やよい 西村和晃 企画:岩井秀人 三好佐智子(quinada) 提携:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場 七つ寺共同スタジオ 西鉄ホール(西鉄ムーブスペシャル) 主催:ハイバイ・quinada
【休演日】1月23日、27日【発売日】2011/12/03 前半割引 前売:3,000円 当日:3,300円(1月18日~22日) 通常料金 前売:3,200円 当日:3,500円(1月24日~2月1日)
http://hi-bye.net/2011/10/29/1781
※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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