谷賢一さんの新作です。プロデューサーが伊藤達哉さん、ドラマターグに野村政之さんという豪華な布陣の4人芝居。開幕前にリーディング・イベントや稽古場公開など、有名俳優が出演する公演では珍しく、積極的に観客と交流する企画が開催されていました(関連エントリー⇒1、2、3)
谷さんには昨年素晴らしい作品(昨年の私的ベスト10入り)を観せて頂いたので、かなり期待して観に行ったせいもあり、感想はちょっと辛口にならざるを得ないですね。私が観たのはプレビューですので、本日の初日以降はきっと空間と役者さん、スタッフワークがこなれて来るんじゃないでしょうか。
公演パンフレットがCD-ROMでした。同じもの(電子書籍)をダウンロードして購入できます。面白い試みだなぁと思い早速買ってみました。
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≪あらすじ・作品紹介≫ 公式サイトより
ある日俊哉はため息をもらした。自分が自分じゃない気がした。
「人間、いつ穴に落っこちるか、ホントわかったもんじゃない」
ある日とつぜん脳に損傷を受けた沙智は、忘れていた。
"恐怖"という感情を失った。「ビリヤードの玉、こいつと一緒だ」
そして沙智は、十数年ぶりに父と再会する。脳科学者の父、母を捨てた父。
「どこに転がるか、わからない。わからないように見えていて、すべて決まっている」
二人は気持ちを壊したまま、迂闊な距離の詰め方をする。
「姉さんの頭の中には、何がどう転がってるんだ?」
≪ここまで≫
中央に変形ビリヤード台、周囲に透明の水槽が並ぶ黒い空間。青色発光ダイオードの照明はちょっと未来的な、冷淡な印象もある無機質な光です。
物語が時系列どおりに進まず、唐突に時間を行ったり来たりするので、最初は戸惑いもあるのですが、「今はいつの場面なのかな?」と考えながら観るのが面白くなります。脳科学の知識から、人間はどこまで自覚的に行動できているのか、家族って何なのかなど、哲学的かつ現実的な問題へとスムーズに手を伸ばしている戯曲でした。ただ、全体的に説明過多に感じたのは残念。プレビューで、役者さんの演技が硬めだったからかもしれません。
ストイックな会話劇は大好きなのですが、登場していないはずの人物が舞台上に居るとか、同時進行で複数の場面を見せるなど、演劇的な演出がもっとあってもいいのではないかと思いました。
ツイッターで「わからないことが面白い」といった感想を目にしました。「わからない」ことは甘美で、だからこそ豊かだとは思います。でもこの戯曲については、「ここまでの情報だと、深いところまで咀嚼できないから物足りない」というのが私の感想ですね。最後のシーンの印象が変われば、また感想は変わるかもしれません。
父役の山本亨さんがさすがの存在感。事故後の姉(佐藤みゆき)との2人っきりのシーンがすごく良かったです。
電子書籍版パンフレットを開いてみたところ、中身はとっても充実!でも文字が小さいし画面が大きくならないので(方法がわからないだけかも)、デスクトップ向けじゃないですね。iPadなどの端末だときっと見やすいんじゃないかと(電子書籍なので当たり前か!)。
ここからネタバレします。セリフなどは正確ではありません。
母が死に、姉と弟は20年来会っていない父を尋ねた。両親の離婚は姉が5歳の時で、いま20歳の弟は父のことは全く記憶にない。父は山奥の“研究所”に1人でこもる脳科学者で、部屋に実験用のネズミ(ヌード・マウス)を大量に飼っている変わり者のようだ。弟は初めて会った父に興味をもち、そのまま研究所に留まった。
数ヵ月後に姉が夫を連れて再び研究所を訪れると、父と弟の共同生活はうまくいっているようだった。だがそこで悲劇が起こる。運転免許を取得したばかりの弟の車が事故に遭い、同乗していた姉は脳を損傷してしまうのだ。“恐怖”を感じることができなくなった姉は別人のように奔放になり、父と弟は彼女を24時間体制で介護せざるを得なくなる。新婚の夫をことさらに傷つけたのは、彼女が性的にも奔放になってしまったことだった(前半のあらすじはこんな感じかと)。
快感とスリルを求め、姉は父にも(おそらく弟にも)性的交渉を迫ります。しかもとても無邪気に。父が彼女に妻の姿を見出すシーンがとても良かったですね。そのシーンでは、姉を演じる佐藤みゆきさんは、姉であり、脳を損傷して別人になった新しい姉であり、そして母でもある。つまり3人の女性を演じていると言えます(女優さんご本人も入れると4人。これが演劇の醍醐味だと思います)。父がどの女性に惹かれていくのかが、じらされるように、ギリギリまでわからないのが官能的です(「会いたかった・・・沙智」というセリフで、彼が妻でなく娘を焦がれていたことがわかります)。暗転中、父と抱き合いながら姉が言った「湖に行こう」というセリフで、彼女は死ぬことを決めたのだろうと思いました。湖で入水自殺したのか、父が自殺ほう助をしたのかなど、耽美な方向へと想像できた、豊かな暗闇でした。
※しかしながらパンフレットの年表によると、姉は転落事故により死亡。・・・知らない方が良かったな(笑)。一緒に観た人によると、最初のシーンで「飛び降り」について語られていたそうです。
最後の場面は一番最初の場面の続きでした。怒って研究所から出て行こうとする弟を、父が止めます。なぜ、どのようにして、姉が亡くなったのかは舞台では描かれませんし、姉の死からどれぐらい経った頃なのか私にはわからなかったのもあって、弟が何に憤っていて、なぜ出て行こうとするのかがわからず、不可解で腑に落ちないシーンでした。私がセリフを聴き逃したせいかもしれませんけど。姉の死後、父と息子の間にはきっと何かがあったと思うんですよね。そこを、匂わせるだけでいいので、見せて欲しかった。
20年前に父が去ったのは母の浮気が原因で、もしかしたら弟は父の子ではないかもしれない、と匂わせていました(父と手術後の姉が語り合う場面)。だから、最後に父と弟が一緒に研究所に留まる(少なくとも父はそれを望んだ)ことで伝わってくるのは、血のつながりやともに生きた年数に関係なく、「一緒に居る」と決めた者同士による共同体を“家族”と呼べばいい、ということだと思います。眠ってしまった息子を置いて、幸せそうに部屋を出る父が可愛かった。
「脳を損傷する姉」からわかりましたが、テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』が下地になっているんでしょうね(ウィリアムズの姉は実際にロボトミー手術を受けています)。『ガラス…』では父が消えて母、姉、弟の3人で生きてきた家族のもとに、外部の人(弟の友人で姉の恋人候補)がやってきます。『ヌード…』では母が死に、姉弟が約20年ぶりに父をたずねるという設定になっており、外部の人として姉の夫が登場します。長い年月を経た『ガラス…』後日譚のようで面白いですね。
出演:増田俊樹 佐藤みゆき 大原研二 山本亨
作・演出:谷賢一 美術:土岐研一 照明:松本大介 音響:岡田悠 衣裳:横田真理 ヘアメイク:大宝みゆき 演出助手:則岡正昭 舞台監督:棚瀬巧 ドラマトゥルク:野村政之 制作助手:齊藤友紀子 制作:小野塚央 プロデューサー:伊藤達哉 宣伝美術:今城加奈子 宣伝写真: 引地信彦 Web:MONOLITH 制作協力:DULL-COLORED POP 主催:ゴーチ・ブラザーズ 企画:Theatre des Annales(テアトル・ド・アナール)
http://www.nudemouse.jp
※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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