REVIEW INTRODUCTION SCHEDULE  
Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
mail
REVIEW

2012年03月31日

THE SHAMPOO HAT『一丁目ぞめき』03/21-31ザ・スズナリ

 赤堀雅秋さんが作・演出・出演される劇団THE SHAMPOO HATの新作です。

 初日を予約するつもりができず、おとといの予約を入れたらトラブルがあって行けず、やっと千秋楽に観ることができました。素晴らしかったです!あきらめなくて良かった・・・!

 終演後にロビーで上演台本(1,000円)を購入しました。この作品が2012年3月に上演されたことを憶えておくために、台本にはチラシを挟んでおこうと思います。

 上演時間はカーテンコール2回を含む約1時間55分・・・かなり曖昧です。

 ⇒CoRich舞台芸術!『一丁目ぞめき

 ≪あらすじ≫
 永らくがんを患っていた父親が死んだ。母親は3日3晩、何も食べず風呂にも入らず、無言のまま身動きせず寝込んでいる。家業のスーパーマーケットを継いだ次男(日比大介)が通夜の準備に右往左往している時、20年間音信不通だった長男(赤堀雅秋)が帰ってきた。
 ≪ここまで≫

 昭和臭が立ちこめる小さなダイニング。開場中(開演前)はまつり囃子が流れ、アンバラスさがいいなと思いました。
 
 ワンシチュエーションのリアルな日常を見せる会話劇で、震災以降のまさに今を描いていました。関東のはしっこ(たぶん千葉県船橋市)で、閉塞感でギシギシするような小さなコミュニティーで生活する人々の、ある雨の日の出来事。この戯曲がこの時期に、今の関東地域を描いた作品として書かれたことは、ずっと将来に渡って記録されていて欲しいと思いました。

 カーテンコールで6人の俳優さんが挨拶された時、「こんなに少人数だったなんて!」と驚きました。これが私にとってのカーテンコールの一番のお楽しみ。もっともっと大勢の人があの家とその周辺に居ると、ずっと信じて観ていましたから。すっかりお芝居の魔法にかかっていたということです。

 ここからネタバレします。セリフなどは正確ではありません。
 感じたことを思うままに、気持ちの流れのままに書いています。ご容赦ください。

 長男は出刃包丁片手に自転車を蹴り倒して歩くような、町で有名な問題児でした。家(当時は酒屋)のレジのお金を盗んで逃走し、そのまま愛知県の自動車工場のラインで働いて20年間が過ぎました。次男は実家を継ぎ、妻と2人の小さな子供とともに両親と同居中。いつ潰れてもおかしくない町のスーパーマーケットの店主です。
 お通夜当日は従兄夫婦(児玉貴志、滝沢恵)と近所の電器屋(野中隆光)が手伝いに来てくれていますが、みな長男のことは色眼鏡で見ています。犬が死んだら長男に「お前が殺したんだろ」と言い、財布がなくなったら「盗んだのはお前だ!」と言って長男に殴りかかります。

 次男は葬儀屋(黒田大輔)と打ち合わせをしたいのに、次々と邪魔が入ってあたふたするばかり。「もうガキじゃないんだから」「波風立てないで」「大人しくしていて」などと言い、とにかく問題が起きないように、丸く収まることを切に望んでいます。彼は震災以降の日本人そのものではないかと思いました。もう、疲れきってるんです。これ以上疲れたくないんです。毎日地震におびえ、食べ物、飲み物、空気の放射線量を疑い、その真偽をめぐって議論・非難し合い、みんな基本的にダウナーな気分です。そして世の中は不況。
 次男はその上、妻が電器屋と毎週浮気していて2歳の子供はインフルエンザ、店の経営もうまくいっておらず、父親は2度もがんで入院して病に伏せっていて(しかも自殺してしまったし)、母は突然の廃人状態。そこに長男がひょっこりやってきて無作法づくし。通夜振る舞いの寿司の出前も届く気配がない・・・八方ふさがりでストレスがたまり、もう爆発寸前です。でも、「このままで治まるのなら治まって欲しい」「今までどおり笑い合っていたいから、気づかない振りをしていたい」と、必死で場を取り繕います。・・・弱くて心優しい日本人だと思いました。

 次男は父親の死因が自殺だったことを秘密にするよう葬儀屋に言っていたのですが、葬儀屋は長男、従兄、電器屋にばらしてしまいました。そこで長男は「お前(葬儀屋)の正しさなんていらない」と葬儀屋に面と向かって言います。「次男が秘密にしたかったんだから、俺たちは聞かなかったことにする」と。この「正しさの暴力」に対する態度は立派だと思いました。私たちは今、その暴力にさらされ過ぎている気がするからです。

 昔のカセットテープを見つけた長男は、カセットデッキを持ちだして母親の部屋に入り、昔好きだった曲を流します。流れたのは松田聖子の「白いパラソル」。昔を思い出したのか、長男は若いころの父親の話を始めました。町に汲み取り式の便所しかなかった時代、どんなに役所に申請しても誰も動いてくれなかったから、父親たちは市民の手で下水道をひいて、全戸水洗便所にするという偉業を達成しました。父親は酒を飲むとその自慢をしていたのです。
 長男は、今の自分より若かった30代のころに、町に新しい生活をもたらした父親を「凄い」と本気で褒めます。これは息子から父親への感謝と弔いの言葉でもありますが、先行世代へのリスペクトとも受け取りました。私が便利な生活を送れているのは親の世代の仕事のおかげです。過度な資本主義と経済成長が原発事故という惨事につながったとも言えるかもしれませんが、だからと言って全てを否定するのはナンセンスで、その時、その時代に全力で世の中を良くしてくれたことは事実です。この戯曲は震災と原発事故後という危機を生きる、異世代の日本人の心をつないでくれていると思います。

 「白いパラソル」を合唱する場面では、肩を震わせて泣いてしまいました。あのころ私は小学校低学年ぐらいで、未来はただただ明るいばかり。これから日本という国も良い方向に行くとしか思っていませんでした。実際どんどん経済成長して“日本製品は世界一”になり、別に自分は何もしてないのに「日本人イケテル」みたいな気分で青春時代を生きてきました。あの時は、たしかに楽しかった。漠然とした不安など皆無で、家族と友達と一緒に人生を謳歌していました。いま振り返るとみっともない気がしますし、恥ずかしいです。そして大きな穴のような喪失感もあります。懐かしさと寂しさと、後悔も含んだ苦々しさがぎゅるぎゅると混ざったような状態で、過ぎ去った夢のような時代を思いおこしました。
 あのダイニングに集まっていた男性たちは、その頃の思い出の歌を合唱することで気持ちを共有して、一緒に幸せを味わったんじゃないかしら。声の力、歌の力、合唱の力が、人間の心を変える時間だったんだと思います。

 最後にやっと長男は、バスの運転手に転職することを次男に伝えます。次男は「まあ…いい話じゃない(良かったね)」という返事。長男はそれを伝えるために来たのでしょう。他人と触れ合う仕事に就くこと、すなわち新しい人生を始めたことを宣言して、家族に認めて欲しかったんじゃないかしら。でも父親は亡くなったし母親は倒れていて、次男はずっと耳を傾けてくれなかった。最後の最後に次男に告白できて、その後でやっと、父親に線香を上げに行く(父親に20年振りに会いに行く)ことができたのだと思います。

 母親が寝込んでいたのは、父親が倉庫で首を吊って自殺したせいだったのでしょう。でも彼女は、「白いパラソル」の合唱で生きる気力を取り戻し、お椀のご飯を自分で食べて、ふすまを開けて出て来ようとします(実際には登場しません)。死の淵から復活するのです。そして再びまつり囃しが流れ始め、終幕。
 お祭りというと、生者と死者が一緒にいるイメージが私にはあります。例えばお盆は戻ってきた死者を生者が迎える儀式で、盆踊りもありますよね。父親は死者となり、母親は生者になった。お囃子がこの2人を祝福する音楽に聞こえました。また、今までの日本にさようならをして、これから新しく生まれる日本にこんにちはと言っている気もしました。

出演:野中隆光 日比大介 児玉貴志 黒田大輔 滝沢恵 赤堀雅秋
作・演出:赤堀雅秋 舞台監督:伊東龍彦 照明:杉本公亮 音響:田上篤志(at Sound) 舞台美術:袴田長武(ハカマ団) 宣伝美術:斉藤いづみ(rhyme inc) 宣伝PD:野中隆光 WEB製作:野澤智久 舞台写真:引地信彦 衣裳協力:平野里子(イーピン企画) 演出助手:勢古尚行 菊妻亜樹 制作助手:谷慎 制作:武田亜樹 企画製作:HOT LIPS
チケット一般発売日2012年2月12日(日) 先行発売3,500円 指定 前売 3,800円 / 当日 4,000円 自由 前売 3,500円 / 当日 3,800円
http://www.shampoohat.com/zomeki/index.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

★“しのぶの演劇レビュー”TOPページはこちらです。
 便利な無料メルマガも発行しております。

メルマガ登録・解除 ID: 0000134861
今、面白い演劇はコレ!年200本観劇人のお薦め舞台
   
バックナンバー powered by まぐまぐトップページへ
Posted by shinobu at 2012年03月31日 21:42 | TrackBack (0)