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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2012年05月07日

新国立劇場演劇『負傷者16人 -SIXTEEN WOUNDED-』04/23-05/20新国立劇場小劇場

 ユダヤ人とパレスチナ人が一緒に働くアムステルダムのパン屋さんが舞台という、アメリカ戯曲の日本初演です。演出は新国立劇場の演劇部門芸術監督の宮田慶子さん。

 評判通り、ずっしり重たいストレート・プレイでした。その重量感に見合う充実感が得られました。上演時間は約2時間45分(途中休憩15分を含む)。平日ソワレなら比較的残席多いようです。まだ約2週間ありますのでぜひ!

 戯曲が掲載された雑誌↓が劇場ロビーで販売中。私は既に持ってたので、次回公演『サロメ』の新訳本を買いました(⇒サロメ (光文社古典新訳文庫))。

 ⇒CoRich舞台芸術!『負傷者16人 -SIXTEEN WOUNDED-

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより (役者名)を追加。
 オランダ、アムステルダムの街で小さなパン屋を営む老人ハンス(益岡徹)の元に突然、フーリガンに暴行を受け血だらけになったパレスチナ人の青年マフムード(井上芳雄)のが飛び込んで来る。ハンスは気絶したマフムードを病院に入院させ面倒を見るが、赤の他人である自分への親切を本心から信じる事が出来ないマフムードはそんなハンスに強く反発する。だが代償を求めないハンスの優しさに対し次第に心を開き、退院後ハンスのパン屋で働く事となる。
 二人は、お互いのアイデンティティ、過去そして現在の生き様を知り反発しあいながらも、いつしか父子にも似た愛情が芽生え始める…。
 数か月後のある日、穏やかな生活に傷も心も癒え、恋人(東風万智子)とともにハンスの元で「新しい人生」を歩もうと心に決めたマフムードの元に予期せぬ来客が現れ、事態は衝撃の結末へと向かっていく…
 ≪ここまで≫

 細部まで具象で表現されていると思わしきパン屋の舞台美術。客席に向かってやや斜めの角度に設置されていて、シンクや窯もよく見えます。使い古された質感がいいですね。店先と厨房の壁がないので店内はけっこう解放感がありますが、たとえば店の壁と舞台袖(下手側)との細い隙間は、レンガの壁でびっちりと閉じられていて、出口なしの収容所も想像できます。

 ユダヤ人に対してあからさまな敵意を抱く若者の過去を、周囲が徐々に知っていく前半。彼を助けたユダヤ人のパン屋の、ずっとずっと秘密にしてきた半生が明かされる後半。そしてその2人の衝突。
 1対1の真っ向勝負の対話が多く、ひとことごとに空気の色合いが変わります。キャッチボールの投げる側、受ける側が交替する度にその戦況は変化し、爆弾発言が出ると、野球をやってるはずが実はサッカーだったの?、という具合にクルクル激変するのがスリリング。戯曲を読みこんで、演技を緻密に組み立てられていると思いました。

 数年前に、DAYS JAPAN編集長の広河隆一さんが撮ったドキュメンタリー映画↓を見ました。

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 こちら↓も土地を奪われたパレスチナ人のドキュメンタリー映画です。監督は古居みずえさん。

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 文化の全く違う外国人の生活を、遠い異国の戦争を、生身の身体と肉声の日本語を通じて体感することができる。そして自分のこととして受けとめ、考えられる。これが演劇ならではの重要な体験だと思います。自分がマフムードだったら、ハンスだったら…と考えるようにして観ました。彼らの苦悩を知ることなんて到底できませんが、自分に引き寄せて考えることはできます。答えも対案も出ないんですが…。私にできることは、過去は決して消せないという事実を前提に、自分に嘘をつかず、許せることはできるだけ許して生きていこう…、というところでしょうか。

 ここからネタバレします。セリフなどは正確ではありません。

 舞台全体を覆うように動画が映写される演出があり、音楽が軽い目なので息抜きにいいですね。時計がぐるぐる回るのが面白かったです。少々説明しすぎな感もありましたが。

 強制収容所から命からがら逃げ切った若い頃の(少年時代の?)ハンスを救ってくれたのは、彼が空腹ゆえに盗みに入ったパン屋の主人でした。その人はハンスを自分の子供のように育て、財産も全てハンスに残して死にました。ずっとその恩返しをしなければと思ってきたハンスの前に、いきなり血まみれの若者(=マフムード)が転がってきた。「今がその時だ」と信じたハンスは、マフムードをかつてパン屋の主人がしてくれたように守り、育てようとします。

 マフムードは恋人ノラが妊娠したことで、今までの人生は忘れて、父親として新しい人生を始めようと誓いますが、彼の過去が兄(粟野史浩)の姿として現れ、結局、逆戻り。ユダヤ人への怒りが再燃したのもあるでしょうが、故郷の弟や、新しい家族を守るためにテロリストに戻る決心をします。問題の根の深さ、そこからの逃れがたさに愕然とします。まさに泥沼です。

 ハンスは“ナチに仲間を売って逃げた裏切り者”なので、両親はじめ親戚・知人から逃げ続ける人生を送ってきました。マフムードはバスを爆破してユダヤ人を8人(内3人は子供)も殺したパレスチナ人です。ハンスはやがて、自分には縁がなかった幸せ(妻や子供、新しい生活)を得た若いマフムードを、憎いと思っていることに気づきます。それが明かされるのは終盤の、娼婦ソーニャ(あめくみちこ)に対して告白する場面です。

 ハンスと長年の付き合いになるソーニャを、この度の上演においては“ロシアから逃れてきたユダヤ人”であると解釈したことで(パンフレットによると戯曲に指定はないそうです)、彼女がハンスの求愛を断り続けるわけが理解できました。彼女はハンスが「ナチに仲間を売って逃げた」ことを許さないのでしょうね。

 パン屋とパン屋の見習いという関係から、互いに頼り合う友達になっても、それで悲しみを癒し、恨みを忘れ、怒りを治めることはできないし、過去を帳消しにもできません。マフムードは「ホロコーストで虐殺されたユダヤ人の状況は今のパレスチナ人に似てる」と言いますが、ハンスは「ガザには強制収容所もガス室もない!」と否定。大切な家族も人間らしい生活も根こそぎ奪わ続けるって、一体、どんな、ことなんだろう…。わかちあうことはできないし、思い出すと暴力の連鎖に入り込んでしまうし、決別しようとしても過去から復讐されてしまうし…。ハンスがかつてのパン屋の主人にしてもらったことを、マフムードにしてあげようとしたのは、井上ひさしさん曰くの「ご恩送り」です。それを邪魔するものさえなければ…。

 タイトルの「負傷者16人」とは、マフムードが朝の礼拝時のイスラム教会に入って行き、自爆テロを起こした際の被害者の数です。ハンスとの対決の時にタイマーと爆発物をつなぐ線を切ったせいで、自分で起爆スイッチを押すしかなくなったんですね(わざとでしょうけど)。死者10人、負傷者16人。この16人がマフムードを恨んで、いずれパレスチナ人に報復するかもしれない。そうやって未来へと恨み、悲しみ、怒りが受け継がれてしまうことを連想させました。

≪東京、兵庫≫
出演:井上芳雄 東風万智子 粟野史浩 あめくみちこ 益岡徹 声の出演:熊坂理恵子
脚本:エリアム・クライエム 翻訳:常田景子 演出:宮田慶子 美術:土岐研一 照明:中川隆一 音響:高橋巖 衣裳:koco ヘアメイク:川端富生 映像:冨田中理 演出助手:松森望宏 舞台監督:澁谷壽久 制作担当:太田衛 主催:新国立劇場
【発売日】2012/02/18 A席5,250円 B席3,150円 Z席1,500円
http://www.nntt.jac.go.jp/play/20000441_play.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2012年05月07日 23:21 | TrackBack (0)