演出家・翻訳家の小川絵梨子さんを招いたレクチャーを拝聴しました(過去レビュー⇒1、2、3、4)。平日のお昼なのに50人ぐらいのお客様がいらしていてとても盛況。質疑応答の時間もたっぷりと取られた充実の2時間でした。聴き手は演劇評論家の七字英輔さん。
このレクチャーは世田谷パブリックシアター(SPT)と国際演劇協会(ITI)が組んだ『演劇と社会』シリーズで、8月21日のゲストは吉本光宏さん(ニッセイ基礎研究所)、9月13日のゲストは平田オリザさんです。
『世界の同時代演劇』というシリーズもあります。採り上げる国々はルーマニア、ケベック(カナダ)、中東です。
以下、私がメモしたことをまとめました。内容はいずれ雑誌「悲劇喜劇」で記事になるそうです。
小川さんはざっくばらんに、率直にお話をしてくださいました。話し方がとても穏やかで聴きやすく、質問もしやすかったです。質疑応答の時間は次々と参加者から手が挙がりました。アクターズスタジオの大学院では、演出家コースの生徒も最初の2年間は俳優と同じクラスを受講するそうで、小川さんもそれを修了されています。俳優訓練をたっぷり受けた方だから、自然体で柔らかい存在感なのかもしれないと思いました。
■アクターズ・スタジオ大学院の演出家コースに進んだ動機
小学校、中学校、高校と演劇部に所属。小・中では俳優志望だったが、中高一貫校だったので高校生になると演出をすることに。高校2年の時にはじめて「銀河鉄道の夜」を演出して、これは俳優よりも面白いと思った。そこから演出家志望に。大学では心理学の道に進むか演劇を続けるかを迷っていた。
大学時代に観光でNYに来て、街をとても気に入った。その時にアクターズ・スタジオも見学した。アカデミックに演出を学びたかった。論理の確立されたものを学びたかった。大学卒業後すぐ、2001年の同時多発テロの直後にNYに来た。
■アクターズスタジオ大学院の費用
授業料は3年間で300万円。この他に生活費もかかるので、私は高いと思う。色んな奨学金がいっぱいあって、私は50万円援助をしてもらった。ローンを組む学生も多い。
■英語力が足りなかった
入学した時、英語は全然できなかった。TOEFLの点数が資格に足りなかったが「必死で勉強します」というレターを添えたら受かった。1ヵ月ほど語学学校に行ってから入学したが、英語力が足りなくてとても苦労した。甘かった。
友達が英語専門の家庭教師をしてくれたので助かった。なんとその友達は家庭教師の授業料を、学校に出してもらっていた。「こんなにも英語ができない生徒を入学させたのは、学校の責任だ」と主張して、それが認められたから(笑)。
「ニュートラル・アメリカン・スピーチ」という標準アメリカ語の授業は、絶対に取れと言われたので取っていた。
■演出家コースのおおまかな概要
アクターズ・スタジオの大学院の演出家コースに入った。俳優コース、劇作家コース、演出家コースの3つのコースがあり、私の学年の演出家コースの生徒は6人だった。俳優コースは40人。演出家コースは学年によって6~12人の幅があり、演出家コースの人数によって、その学年の俳優コースの人数が決まると後から聞いた(だから俳優コースの人数が多い学年もある)。年齢は20代から50代と幅広い。若者ばかりではない。演出家コースにはアメリカ人以外にイスラエル人、タイ人、韓国人、そして私(日本人)がいた。3年間のプログラムで朝10時から夜7時まで授業があった。とにかく実践(シーン・スタディーなど)が多い。学校が終わった後にみんなでシーンを作って、翌日に先生に見せることの繰り返し。
演出家コースも1、2年の間は俳優コースと全く同じbasic(ベーシック)の授業を取る。その後に、演出家コースだけの授業があった。美術、照明の授業もあり、美術家、照明家らスタッフとどうやってコラボレーションするのか(コミュニケーションするのか)の方法を学んだ。「劇作家・演出家ラボ」という授業もあった。だから演出家コースが一番忙しかった。
■演出家コースの3年間
1年生の時はBasic Techという授業ばかりだった。リラクゼーションから始まって、たとえばsense memory(日本語だと感覚記憶。※感情記憶はeffective memory)というリー・ストラスバーグの手法など、基礎訓練を延々と毎日やっていた。sense memoryの授業では、コーヒーが入っているカップを持っている演技(マイム)をする。カップの重さ、質感、温かさ、カップを持ちあげた時のコーヒーの揺れなどの感覚を体験する。筋力トレーニングのようなもの。そのうちコーヒーの匂いがするような気がしてきたりする。「気がする」ことが、俳優にとっては大切。
演技・演劇基礎という意味での基礎クラス(Basic Technique)は10種類ぐらいあった。例えばVoice & Speech、Playright-Directors' Lab、Lecture、Neutral American Speech、Dialect、Dance、Alexander Tech、Theater Historyなど。Basic Techというクラスは1週間5日間の授業のうち3日間あり、1日につき4時間だった。他にはアニマル・エクササイズなどの確立された方法論も。ずっと基礎の繰り返しだった。そうやって役を深めたり、自分の心を使えるようになる。先生はクラスによって違った。スタニスラフスキー・システムをずーっとやり続ける先生もいれば、マイズナー・テクニックをやる人もいて、それぞれだった。俳優の訓練方法は多岐に渡り、色んな種類があると実感できたのが良かった。
ダンスは俳優は必須だけど演出家は必須じゃなかったので取らなかった。アレクサンダー・テクニックも必須ではなかったので取らなかったけれど、取ればよかったと後悔してる。
2年生になってはじめてシーン・スタディーに入る。同じ学年の俳優とシーンを作って、先生と生徒の前で発表する。俳優とのコミュニケーションが重要。1つの作品は10分ぐらいで、それを数ヶ月間かけてひたすら作る。少なくとも2ヵ月は同じシーンに取り組み、私は卒業までに20シーンぐらい作った。
私が一番尊敬していたのは80代の黒人の先生。彼の授業では、彼と他の生徒たちがずっと見ている中で、俳優と演出家がシーンを作るので、ものすごく緊張した。彼は(教えたり批判したりするのではなく)ひたすら質問をしてきた。生徒が自分で気づいて、発見するように持って行ってくれる。まるで彼の演出を受けているようだった。自分の気持ちを導いてくれるから、発見が自分のものになる。
3年目になると、俳優コースではシェイクスピアなどの古典の授業が始まった。演出家は卒業公演を何本もまかされる。卒業公演では、自分自身の卒業公演と、俳優の卒業公演2本と、劇作家および俳優の卒業公演2本など、合計6本を演出した。つらかった。これはどうかと思う。やめた方がいいと思う。
プロのスタッフをそろえてくれて、公演は一般に公開する。私の卒業公演では『Audience』という男性2人芝居を上演した。たぶん日本では上演されていない。俳優の卒業公演ではブレヒトの『ユダヤ人の妻』、アメリカ現代劇の『Down the Road』を演出した。
■卒業後の2年間
大学院で3年学んだ直後の2年は、研修の続きをしていた。俳優訓練所に通ったり、リンカーンセンターに行ったり。いわゆる研修期間だった。その間は文化庁の海外研修の助成金をいただいていた。
フェローシップを得て、リンカーンセンター(劇場)で勉強させてもらった。1~2ヵ月間、朝10時から夜10時まで。人生に2回だけ、20~30代の若者だけが受けられるフェローシップで、私は2回受けた。1回目は劇作家と演出家に焦点をあてたものだった。リンカーンセンターのドラマターグのアンさんがプログラムを考えてくれて、たとえば劇場に来たサイモン・マクバーニーなど色んな有名な演出家の話も聴けた。リンカンーンセンターがプロの俳優を手配してくれて、ギリシャ悲劇を作ったこともあった。発表のあとはディスカッションがあった。
アルバイトをしながら劇作家2人が作った劇団に参加して、作品を発表した。大がかりな公演ではなくアトリエ公演のような小規模の空間で(日本のアトリエ公演とは違うと思うが)。岸田國士の短編3作を上演した時、私は『紙風船』を演出した。その公演はニューヨークタイムズに劇評が載って、『紙風船』は好意的に評価されて嬉しかった。その新聞は親が額に入れて実家に飾ってある(笑)。
■卒業後2年間の研修を経た後の5年間(2010年に日本に来るまで)
研修の後の5年間はアルバイトをしながら作品を作っていた。リーディングやワークイン・プログレス、アトリエ公演などをしていた。幼児向けのKids Show(キッズショー)の仕事ももらった。1年か2年に1本は、日本でも友達と一緒に公演をしていた。
マリリン・モンローやアル・パチーノが通っていたというアクターズスタジオは、アクターズスタジオ大学院とは別のところにある。卒業生は見学自由なのでよく行っていた。
■アクターズスタジオ大学院卒業生の進路
卒業後、安定した生活が欲しい俳優は西(カリフォルニア方面)に行く。テレビや映画の仕事はやはり西にあるから。
リージョナル・シアターに行く俳優は少ないが、演出家は多い。オールビーが「都市にいるとチャンスに恵まれないから、演出家はリージョナル・シアターに行った方がいい」と言っていたらしく、それで私の友人は1年ほどリージョナル・シアターに行っていた。
■質問「スタッフワークについての勉強はしましたか?」
美術と照明は2年と3年の時にクラスがある。ライティング・デザイナーに自分のコンセプトをどうやって伝えるか、その方法を学ぶ。コラボレーションするためのコミュニケーション方法を知る。美術家や照明家になるための高度に専門的な授業ではない。スタッフの学校はほかにある。ニューヨーク大学とかが有名。
■質問「ニューヨークには社会と向き合ったタイプの劇は多いですか?」
多い。9.11(ナイン・イレブン)の後はその影響を受けた作品も多かったし。社会とかかわる演劇は多い。積極的にかかわろうとしている。家族の話だけではない。政局や世界情勢に敏感。それがメインといってもいいぐらい。私が活動していたダウンタウンシアターは小劇場ばかりで、たとえばリーディング公演を行ったらその後はお酒をふるまうディスカッションになる。トルコ人、イスラエル人、南アフリカ人など、実際にそこに居て、会って話ができる。
■質問「ミュージカルには興味がありますか?」
いいミュージカルは好きだし、興味もあるが、楽譜が読めないので音楽に対してコンプレックスがある。日本のミュージカルを観ていると、ミュージカル俳優はもっと演技をしたいのに、させてもらえてないんじゃないかと思うことがある。舞台俳優とミュージカル俳優という風に区別されているのも変な気がする。
演出家は、俳優とのかかわりが絶対に必要。それが常に(私自身の)basicにある。ミュージカルでも演劇でも同じだと思う。
■論理は面白い芝居を作るための道具であり、目的ではない。
論理は道具でしかない。論理を体得して、使いこなさなければ。心的リアリティーをつきつめればそれでいいのかというと、そうではない。2年生の時、演劇論の型にとらわれた時期があった。「こうでなければダメなんだ」と思いこんで、その時作った作品はやはりつまらなかった。
面白い演劇のために、論理がある。それは道具である。それを使いこなし、新しく改変すべき。いいものは取り入れて、自分の方法をつくっていく。温故知新。「これでなきゃダメ」ととらわれてはいけない。論理は自転車の乗り方と同じで、体験しながら学習していくことが大事。体で体験していく過程で論理を学ぶことは有益。受け取り手の自主性も重要。
たとえばキッズショーでは(俳優の)心的リアリズムなんて役に立たない(笑)。2~3歳の子供に演劇を見せるのだから、面白いことが最重要。
■米国と日本での俳優の違い
日本人の俳優は、ほめられ慣れてないというか、「今の良かったです」と言っても信じてもらえないことがある。お世辞だと思うのかもしれない。でも私は褒めているわけじゃなくて、演技について話しているんだけれど。米国人俳優はコラボレーターとしての意識が強いが、日本人俳優は違う。
■役者さんと長くかかわっていきたい
自分の劇団があるわけではないので、ホームベースとなる集団で活動を続けていきたい。同じ役者さんと長くかかわって、長くおつきあいさせていただきたい。1人の俳優と長く向き合っていきたい。元劇団四季の俳優がいるArtist Company響人にはもう何年もお世話になってる。俳優が確実に変わっていくのを見られるのがすごく嬉しい。自分の研鑽の為にも、そうしたい。
SPT×ITIレクチャーシリーズ「世界の同時代演劇を知る!」『演劇と社会』
(1)「演劇教育の現在-アクターズスタジオ(ニューヨーク)の場合」
5月24日(木)13時~15時
ゲスト:小川絵梨子(演出家・翻訳家) 聞き手:七字英輔(演劇評論家)
[主催] 公益財団法人せたがや文化財団/社団法人国際演劇協会日本センター [企画] 世田谷パブリックシアター/社団法人国際演劇協会日本センター [協賛] アサヒビール株式会社/東レ株式会社
<受講料>1,000円※受講当日に受付にてご精算いただきます。
http://setagaya-pt.jp/workshop/2012/05/post_252.html
※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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