新国立劇場演劇研修所第6期生のはじめの試演会です。ダブルキャスト公演で、初日の“チーム抱擁”に続き、千秋楽の“チーム家族”を拝見。
キャストが変わって全く違う作品になってました!面白かった~っ、舞台は生もの~っ。初日は「なぜ発表会でこの作品をやるの?」ぐらいに思ってたんですが、今は「まさに、今やるべき作品かも!」とか思っちゃってます(笑)。現金な客ですみませんっ。
作品を咀嚼してから再び眺めてみると、このチラシのデザインは素晴らしいですね!クレジットにデザイナーのお名前が載ってないのが残念です。
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⇒CoRich舞台芸術!『抱擁家族』
≪あらすじ≫ 公式サイトより
中年夫婦と2人の子供に家政婦という中流インテリ家庭の三輪家。
妻が年下の米兵と関係をもったことから物語は展開する。
家の新築、乳がんにおかされた妻、そして妻の死。残された夫は……。
≪ここまで≫
幕が開いた時からぎくしゃくとした、いびつな空気がちゃんと生み出されていて、引き込まれました。物語の主軸である夫・俊介(森下庸之)と妻・時子(池田朋子)が、不仲ながらも長年連れ添ってきた男女であることが伝わって来て、彼らの日常や独白を通して何かを描こうとしている(1つの家族を描くのが目的なのではない)こともわかりました。
夫役の比重が大きすぎるとも思わなかったは、夫役の森下さんが安定感のある演技をしてくださったおかげだと思います。妻役の池田さんも、一つひとつのセリフに意味と感情をしっかり乗せて、その場に居ることの説得力もありました。場面転換の無理っぽさも軽減されるんだから、演技って凄い(怖い)。ジョージの“英語”もすんなり受け入れられました。選曲も初日ほど気にならなかったです(カーテンコール以外)。
初日の“チーム抱擁”は緊張されてたんでしょうね。とはいえ、観客にとっては観たステージがその作品ですから、次回の試演会ではもっとがんばって欲しい!
原作は1965年に書かれた小島信夫さんの小説です。舞台版は、岸田國士戯曲賞受賞者で演出家でもある八木柊一郎さんが脚色・演出し、1971年に青年座で初演されました(当日パンフによると、夫役は森塚敏さん、妻役は東恵美子さん、息子役は西田敏行さん)。今から約40年前の“崩壊した家庭”が、今の日本のひな形だったのではないか…とまで思いました。だってこの作品の主人公である夫、三輪俊介は“引きこもり”なんだもの。
ここからネタバレします。セリフなどは正確ではありません。
俊介の出張中に時子がアメリカ兵ジョージとともに一夜を過ごし、それを家政婦が俊介に密告します。家政婦によるとジョージは「時子が怖い」とも言っていたとのこと。時子とジョージの証言が食い違っているため、俊介、時子、ジョージの3人で会合を持ちますが、和解には至らず、ただ時子とジョージの間に肉体関係があったことだけは明白になります。家が汚されたと感じた俊介は「塀が欲しい」と言いだします。外部から遮断された家にしたいと思うなんて、まさに“引きこもり”だと思います。
時子は新しい家に引っ越したいと言い、俊介は新居を購入。セントラルヒーティング、ステンレスの台所、2つのトイレがある家は、まさにアメリカン・ドリームの実現です。ジョージというアメリカ人を罵倒したくせに、夢見ていたのはアメリカ的な生活なんですね。ビジネスマンになったジョージを新居に呼び寄せて、豪邸自慢をするところがまた情けない。地位、財産、体裁や見た目ばかり気にしています。
でも、ジョージが来た日の夜、時子と俊介は「この夜のためにこの家が、これまでの日々があったのかもしれない」と思えるぐらい幸せな時間をベッドで過ごしました。平気な顔をしてジョージと会い、立派な家を見せびらかすことで、彼に仕返しができたからでしょうか。アメリカに憧れていながら、実は心の底から憎んでいる。そんな矛盾した心情のあらわれだと思います。この時すでに時子は乳がんにおかされ、2度も手術をしていました。
死期が近くなった時子は病床で、「私はあなた(俊介)としか話をしてこなかった。ジョージはあなたよ」と言います。夫の心が自分から離れてしまったから、他の男性に夫の姿を求めた。時子の告白はそういう意味だと思いました。そういえば時子は、俊介を執拗にバカにしたり、「あなたはいつも私をいじめる!」「また私を家に閉じ込めるの?」などと反発しても、俊介に「飯にしてくれ」と言われると、文句を言いながらも食事を作ってきました。俊介に「お前はアメリカを家に入れるために、ジョージを呼んだのか?」と訊かれた時は、「あなたがそう思うのならそうよ!」と答えていました。「あなたが思うから私はこうなった」とも言っており、すべて俊介のせいにしてしまうんです。本当の気持ちを言葉で説明することはしてこなかったんでしょうね。時子は主婦として、家事と子育てに専念してきた戦後の日本人女性です。家庭を守ることこそ女の仕事だという常識のもと、家の外で働いて金を稼いでくる夫を通じてしか、社会とつながれなかったのではないでしょうか。
時子の死後の俊介はというと、崩壊寸前の家族をちゃんと維持せんがため奔走します。家政婦を再び雇い、知人の山岸を下宿させ、長男の家出を止めてその友人も一緒に住まわせます。さらには一家の中心となって家庭を守るための“主婦”を手に入れるため、再婚をしようとします。百貨店の店員を衝動的にナンパしたり、山岸から紹介された女性にほぼ強制的に結婚を迫ったりと、ここまでくると喜劇です。
山岸との会話で、俊介は「我々が外国から取り入れた文化が矛盾が生じさせていて、それが家庭内にもゆがみを与えてきている」という意味のことを言っていました。彼は英文学者ですから、異文化について頭ではよくわかってるはずなんですよね。でも自分のことは全然見えていないようでした。何しろ「魚のような目をしている」のです。
ジョージは「私は良心と国家(アメリカ)にのみ責任を感じます」と明言していました。俊介は「自分の好きなものを自分の上に掲げて、それだけに責任を感じて生きると決めることは、芝居がかっている。その生き方に希望はあるのか?」と問います。自分自身にも観客にも問いかけているような演技でした。そこで終幕。
※もしかすると“良心”は“両親”?どちらかわかりづらかったです。
チラシ中央のタイトル「抱擁家族」の漢字の中に、日の丸と星条旗が隠れています。「家」という漢字には、犬が首輪とリードでつながれています。漢字の上部(もしくは背後)に家であろう大きな建物がそびえていて、犬はその家に対してとても小さな存在です。“家に支配された人間(日本人)”、“アメリカの犬(家来)”といったことも想像できます。
2008年に「モテたい理由」(赤坂真理著)という本を読んで、“戦争”と“アメリカ”について私自身がしっかり考えないと、日本人として生きていることの根本がわからないままではないか、と思ったんです。「抱擁家族」という小説が書かれた1965年に、すでに問題は表出していて、そのまま放置されて今に至ったんではないでしょうか。赤坂真理さんの新作小説「東京プリズン」はただいま取り寄せ中です。
Aキャスト(チーム抱擁)・20日(金)18:30開演・21日(土)13:30開演
Bキャスト(チーム家族)・21日(土)18:30開演・22日(日)13:30開演
【チーム家族 出演】三輪俊介(英文学者・翻訳家):森下庸之 時子(俊介の妻):池田朋子 良一(俊介の息子):玉田裕太 ノリ子(俊介の娘):森川由樹 みちよ(あつかましい家政婦):南名弥 ジョージ(時子と浮気をするGI):田部圭介 山岸(アメリカ帰りの若者):頼田昂治 木崎(良一の友人):野口雄作 老婆(時子と同時期に入院してた):沖田愛 老いた尼僧:沖田愛 若い尼僧:杉山みどり 付添婦:西井裕美 若い女1(百貨店の店員):杉山みどり 若い女2(百貨店でガウンを売る店員:落合千恵 医者:梶原航(5期修了生) 芳沢ちか子(俊介と見合いをする挿絵画家):横山友香
原作:小島信夫 脚色:八木柊一郎 演出:西川信廣 音楽:後藤浩明(生演奏) 美術:小池れい 照明:佐々木朗 音響:黒野尚 衣装:山田靖子 ヘアメイク指導:我妻淳子 演出助手:梶原航 舞台監督:村田明 演出部:鈴木政憲 板倉麻美 安田美和子 (第8期生 池田碧水 滝沢花野 西岡未央 今野健太 永澤洋) 制作助手:吉田友香 長川秀美 大道具:俳優座劇場舞台美術部 森島靖明 小道具:高津装飾美術 宮沢洋一 研修所長:栗山民也 制作:新国立劇場
【発売日】2012/06/03 A席 2,500円 B席 1,500円
http://www.nntt.jac.go.jp/training/20000659_training.html
http://www.nntt.jac.go.jp/release/updata/30000116.html
※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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