木ノ下歌舞伎は歌舞伎を新たな切り口で上演する木ノ下裕一さんと杉原邦生の団体です。『黒塚』は急な坂スタジオのプロデュース公演として上演されました。上演時間は約1時間35分。
「CoRich舞台芸術まつり!2013春」審査員として拝見しました(⇒99本中の10本に選出 ⇒応募内容)。※レビューはCoRich舞台芸術!に書きます。下記にも転載します。
⇒CoRich舞台芸術!『黒塚』
≪作品解説・あらすじ≫ 公式サイトより
昭和14年に初代市川猿翁によって創作・初演された近代の新作舞踊劇の金字塔。
東北地方に伝わる鬼女伝説に取材した能「黒塚(安達原)」が原作。
老婆と旅の僧の出会う芝居仕立ての〈上の段〉、僧に諭され、その嬉しさを老婆が舞で表現する〈中の段〉、信頼していた僧に裏切られた怒りから鬼女の正体を現し襲い掛かる〈下の段〉と、起伏に富んだ〈三段〉からなる。
人里離れた安達ケ原(現・福島県)のあばら家に岩手と呼ばれる老婆が暮らしていた。そこに通りかかった阿闍梨祐慶ら三人の旅僧は、日が暮れたので老婆に一晩の宿を乞う。老婆は自分の罪深さを彼らに語るが、祐慶はどんな人間でも仏教に帰依すれば成仏できると諭す。喜んだ老婆は「奥の寝室はけっして覗かないように」と言い残し、薪を拾うため山に出かけるが…。
≪ここまで≫
■ラップ&昭和歌謡だけどバッチリ歌舞伎!
『黒塚』は昭和14年に発表された、比較的新しい歌舞伎作品なんですね。4人の僧たちが人里離れた一軒家に一晩の宿を求めます。老女が迎え入れ歓待してくれますが、なんと彼女は鬼だった…という歌舞伎らしい物語です。監修・補綴の木ノ下裕一さんと演出・美術の杉原邦生さんが、終演後のトークで作品解説をたっぷりししてくださったので、理解も深まり、木ノ下歌舞伎という団体への好感度も増大しました。以下、そのトークで知ったことも踏まえた感想になります。
木製の箱を組み立てた抽象美術でした。客席が対面式で中央に大きな柱があるため、席によっては見えないところもありますが、バランスの良いステージングだったので全く気になりませんでした。客席双方の死角になる部分もうまく使い、「見えないこと」も利点にした巧みな演出でした。カラフルな照明、意外な選曲、マジカルな場面転換は芸術的で娯楽性もあり、遊び心も粋です。
歌舞伎の台本どおりのセリフ、歌舞伎台本の音の数に現代口語を当てはめたセリフ、そして現代口語のセリフという合計3種類の言葉を混合し、現代人である観客に歌舞伎本来の魅力をわかりやすく伝えてくれます。まず原作の舞台を完全コピーする稽古をしてから、それをもとに新たに作り上げるそうです。だから俳優の足取りに重みがあり、言葉に説得力があるのだと思いました。
老女を演じた武谷公雄さんが素晴らしかったです。隅々まで意識が行きとどいた所作や表情のひとつひとつに深みがあり、ただ立っているだけで迫力がありました。すすり泣きをしても凄い形相で激昂しても、ひとときの感情におぼれることなく、常に自身をコントロールされています。じわりと足を一歩進めるだけの動作が歌舞伎の舞に見えた時、背筋がゾクっとしました。
客席が背もたれのない小さなイスだったせいもあると思いますが、1時間30分はちょっと長く感じました。もともと劇場ではなかった小空間での上演でしたので、もし再演があるならいわゆる劇場でも観てみたいです。
ここからネタバレします。
ヴィヴィッドカラーの現代カジュアル・ルックの僧たちが、いかにも恐ろしそうな老女岩手(武谷公雄)の家を訪ねます。腰の曲がった老女が小さな歩幅でよろよろと歩みを進めていたかと思ったら、急に軽やかにジャンプしたり、歌舞伎調の発声で歌っていたかと思ったら、歌詞が中島みゆきの「時代」だったり(笑)。丁寧に仕込まれたギャップにかなり笑わせていただきました。
強力役の北尾亘さんが1人で踊る場面では、ヒップホップダンスのようでいて、実は振付に歌舞伎の様式が反映されていて感心しました。長唄をラップにしたのもとても面白かったです。
僧(夏目慎也)は岩手に「どんな罪人も赦される」と説きます。岩手は、実の娘を含む大勢の人間を殺してきたのですが、そんな自分も赦されたことを心から喜び、月夜に舞います。しかし僧たちに「(死体が山のようにある)寝室を覗かない」という約束を破られ、裏切りに絶望して鬼になってしまいます。舞うシーンの岩手の可愛らしいこと!そして幸福の頂点から突き落とされて鬼になる武谷さんの演技は、歌舞伎の様式美を取り入れた演出効果とあいまって、猛烈な凄みがありました。
原作では鬼になった岩手と僧との立ち回りで終幕するのですが、倒れた(=成敗された)岩手に僧の1人(大柿友哉)が祈りを捧げ、誰もいなくなった後で、岩手が黒塚の中に戻っていく場面が追加されていました。岩手への祈りで救済を示し、勧善懲悪で終わらせなかったのが良かったです。岩手が起き上がって再び黒塚に戻ることで、彼女の怒りや悲しみは決して癒えることがなく、怨念は永遠に東北の地をさまよい続ける…そんなイメージが広がって、空しく切ない余韻が残りました。
出演:大柿友哉(山伏讃岐坊と岩手の娘)、北尾亘(強力[ごうりき]太郎吾・ヒップホップ踊る)、武谷公雄(老女岩手・鬼)、夏目慎也(僧の阿闍梨祐慶)、福原冠(山伏大和坊・背が高い)
演出:杉原邦生 監修・補綴:木ノ下裕一 舞台監督:鈴木康郎、湯山千景 美術:杉原邦生 照明プラン:中山奈美 音響:星野大輔 衣装:藤谷香子 衣裳協力:加納豊美、秀島史子 演出助手:岩澤哲野 補綴補佐:稲垣貴俊 文芸:関亜弓 主催・企画・制作:急な坂スタジオ
【休演日】5月30日【発売日】2013/03/27 前売・当日とも 2,500円お得なセットチケット:マームとジプシー3公演(A・B・C各1回)+木ノ下歌舞伎1回 8,000円 ※20枚限定
http://kinoshita-kabuki.org
※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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