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REVIEW

2013年10月20日

SPAC『サーカス物語』10/19-11/03静岡芸術劇場

 SPAC・静岡県舞台芸術センターの、2013年秋のシーズン4演目の1つは、インドネシアの演出家ユディ・タジュディンさんが演出される、ミヒャエル・エンデ作『サーカス物語』。上演時間は約2時間(休憩なし)。

 ユディさんの作品は2006年のク・ナウカとの合同公演『ムネモシュネの贈りもの』で初めて拝見して感動し、2010年の『南十字☆路』も面白かったので、SPAC俳優との共同作業がどうなるのか、とても興味がありました。あと、『サーカス物語』は本も持っています。装丁も絵も素晴らしいですよ。

 10月15日(火)~11月1日(金)は中高生鑑賞事業公演「SPACeSHIPげきとも!」実施期間(一般客も入場可)で、私は10/17の午後に中学生と先生方に混じって鑑賞しました。

サーカス物語 (エンデの傑作ファンタジー)
ミヒャエル・エンデ
岩波書店
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 ⇒ジャワ舞踊の会・冨岡三智「10/19 『サーカス物語』(SPAC)感想」※舞台写真掲載の詳しいレポートです
 ⇒CoRich舞台芸術!『サーカス物語

 ≪あらすじ・作品紹介≫ 公式サイトより
 ミヒャエル・エンデの描いた「もうひとつの『モモ』」
 現代を生きる我々がほんとうに「守らなくてはならないもの」とは?

 サーカスピエロのジョジョのつくり話から生まれたジョアン王子の「明日の国」は、王子自身に捨てられて荒廃し、大蜘蛛アングラマインの支配下にある。記憶を失いさまよっていた王子とエリ王女は、今日の国(現実)でお互いをみとめ合い、自分の世界を取り戻しにいく…。ジョジョの語るファンタジーと「劇中劇」にあなたは何を見るだろう。それは合わせ鏡のように想像を超えた奥行きをもって、まだ見ぬあなた自身の顔を映すかもしれない。日本の「禅」思想に関心をよせていたと言われるエンデの言葉は、今わたしたちに必要なことを教えてくれる。
 ≪ここまで≫

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SPAC秋のシーズン2013、次は『わが町』。

 舞台はサーカス小屋。立ち退きを迫られたサーカス団のエピソードと、サーカス団員である知的障碍のある少女エリに、ピエロのジョジョが語って聞かせる物語が同時進行し、さらにその外側に現実世界も加わります。オリジナルの音楽に合わせて歌を歌う音楽劇になっていて、絵本から飛び出してきたような大道具や衣装がとっても可愛らしかったです。

 SPACの俳優さんはただ立っているだけでも、ちょっと声を発するだけでも、ちゃんと訓練をされていることがわかります。動くともっとはっきりわかるんですよね。歩く姿勢が美しいし、アクロバティックな演技はとても安定していて見ごたえがあり、選び抜かれた声と言葉を味わうことができます。

 ジョジョのお話には、ガラスのお城で暮らすエリ王女と、彼女が一目惚れをするジョアン王子が登場します。エリ王女はエリの分身で、ジョアン王子をジョジョが演じるため、サーカス団の過酷な現実とガラスのお城の物語が交わっていき、どちらがこのお芝居のメインの軸なのかがわからなくなっていきます。空想が現実を変えて、想像力が人間に変化をもたらす瞬間、つまり世界がクルリと転換するのを観た時に、私の中で普段の生活では起こらないような、驚きの感覚が生まれました。こういう体験から得た気づきが、自分を変えてくれるんだと思います。

 私が観た回は、客席のほぼすべてが中学生の団体でした。中には1~3年生までの全校生徒あわせて60人という中学校もあったそうです。バスで数時間かかけて静岡舞台芸術センターまでいらしているんですね。中高生鑑賞事業では、年間約1万5000人の中高生がSPACのお芝居を観ています。開演前にはお芝居の観方についての丁寧な解説があり、終演後には演出家と出演者1名が登場して中学生にメッセージを伝える、アフタートークの時間も設けられていました。

 制作さんが「もし演劇や劇場のお仕事に興味を持ったら、静岡にはSPACがあることを覚えておいてください」とおっしゃいました。そうなんですよね、静岡の若者が演劇を仕事にしてみたくなったら、わざわざ東京に出て来なくてもいいんです、SPACがあるんだから(狭き門かもしれませんが)。すぐに思い浮かんだのが、前日に観たこまつ座『イーハトーボの劇列車』(1980年初演・井上ひさし作)です。岩手出身の宮沢賢治の評伝劇で、「農民よ、中央を頼るな」「今、自分が居るこの場所をユートピアにしよう」といったメッセージが込められていました。静岡県でSPACが行っていることは、まさにこのことだと思いました。
 芸術総監督の宮城聰さんに少しだけお話を伺うことができました。

 宮城:静岡は全国でいち早く、青少年のためのサッカー教室を作りました。それから三浦知良(カズ)選手が出てくるまでに、約20年かかっています。SPACの中高生鑑賞事業もそれぐらいの長いスパンで考えています。

 【生徒たちはロビーで出演者と交流し、写真を撮ったりした後、バスで帰路に。俳優とスタッフがバスを見送ります。】

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 『サーカス物語』は少なくとも3つの世界(現実、劇、劇中劇)が混在する構造だったので、たぶん観劇初心者の中学生にはわかりづらかっただろうと思います。例えばカーテンコールで本当にお芝居が終わるのかさえ、判断しづらかったかもしれません。「わからない」ことを全身で味わい、「わからない」ことを全力でやってる大人と出会い、顔を合わせて挨拶をしたことは、10代の子供たちにとっては奇妙で、非日常的な体験だったと思います。彼らの体と心の奥にひっそり蓄えられた『サーカス物語』は、いつかふと思い出したり、何かのきっかけで誰かと話をしたりするごとに、よみがえるのだろうなと思いました。いや、もしかすると将来SPACに入る若者が出てくるかもしれません。実はエリ王女を演じていた鈴木真理子さんは、鈴木忠志さんが芸術総監督だった時代にSPACの中高生鑑賞事業公演を観ていたそうなのです。

 ここからネタバレします。

 “現実”から開幕しました。俳優たちが体操着姿で、舞台下手の手前側で話をしています。各自で『サーカス物語』に関係がある私物を持参し、その理由を説明しながら紹介していくのです。舞台中央のステージでは、それと並行して徐々にお芝居が始まり出します。女優さんが持参したバニラの香りの香水は、実際に大蜘蛛アングラマインの登場シーンで使われて、現実とお芝居の境を曖昧にする演出になっていました。

 サーカス団に立ち退きを迫る企業は「専属になって会社の宣伝をするなら、サーカス団ごと雇ってもいい。ただし、知的障碍者のエリを除く。エリは専門の施設に入れてやる」という条件を出してきます。その企業は大気汚染などの公害を起こしている工場を経営しており、エリはその公害の被害者なのです。サーカス団員の間では賛否が分かれますが、ジョジョが語る「明日の国」の物語の中で、エリ王女らとともにアングラマインを倒し、意識が変化します。フィクションがリアルに影響を及ぼす、奇跡が起こるんですね。企業側の提案に特に賛成だった刀使いのヴィルマ(たきいみき)が反対へと心変わりするのですが、そこに現実味があまり感じられなかったのはちょっと残念。私が驚くとともに感動したのは、知的障碍者のエリがエリ王女のように語り始めたところ。リアルとフィクションが入れ替わった瞬間でした。

 紙製の衣装はカラフルな色合いで、おもちゃみたい。そういえば折り畳み式の美術も紙製だったのかしら?開いて立体化するのに胸躍りました。衣装といえば圧巻だったのは大蜘蛛アングラマインですね。2人乗りの変形自転車の前に女性、後ろに男性が乗っていて、2人で1つの怪物になっていました。女性が動いて、男性が声を担うなどの2人1役の手法で、怪物らしさがよく出ていました。アングラマインに支配された「明日の国」が、蜘蛛の巣のような網目状の布で覆われており、その布に影が映る演出も良かったです。照明で真っ赤から金色に変わるなど、半透明の幕の効果は美しいですね。天井から吊られた布がステージに落ちると、とたんに何もかも消えてなくなる儚さも素敵。

 音楽は意図的に心を踊らせたり揺らしたりするものではなく、歌唱方法も朗々と歌いあげて観客をうっとりとさせるようなものではありませんでした。まるで短いセンテンスの詩の朗読のような、無垢な少年少女の讃美歌のような響きで、素朴で、どこか懐かしいような旋律でした。俳優は体と心と声を、まっすぐ届けるように歌い、1音ずつがストンと体に届くような感覚。祈祷とか、お経とかに近いかも。とっても心地よくて、歌がはじまる度に心が休まり、静かに思索する時間を過ごすことができました。歌詞は日本語で、日本語字幕がありました。でも字幕が出てこないシーンもあったんです。ぎゅっと俳優の言葉(歌声)に耳を傾けるべきところは、字幕がなかったのかなと思います。

SPAC・静岡県舞台芸術センター
出演:阿部一徳、榊原有美、鈴木真理子(Wキャスト)、大道無門優也、たきいみき、瀧澤亜美(Wキャスト)、永井健二、布施安寿香、若宮羊市 ※私が観たのはエリ王女役が鈴木真理子さんの回でした。
脚本:ミヒャエル・エンデ 演出:ユディ・タジュディン(テアトル・ガラシ)  訳: 矢川澄子 (岩波書店刊『サーカス物語』より) 舞台監督: 村松厚志 舞台装置: 深沢襟 衣裳デザイン: 駒井友美子 音楽: イェヌー・アリエンドラ 歌唱指導: 戸﨑裕子 歌唱協力: 米津知実 音響: 加藤久直 照明デザイン: イグナティアス・スギアルト 照明操作: 神谷怜奈 装置制作: 佐藤洋輔 演出部: 坂田ゆかり 演出助手: 佐藤聖 制作: 佐伯風土、山川祥代
【休演日】月~金 一般4,000円/大学生・専門学校生2,000円/高校生以下1,000円
アーティスト・トーク
終演後、宮城聰(SPAC芸術総監督)とゲストによるアーティスト・トークを行います。
10月19日(土) 演出家ユディ・タジュディンによるスペシャルトーク(聞き手:宮城聰)
10月20日(日) 甲賀雅章(大道芸ワールドカップin静岡 プロデューサー、大阪国際児童青少年アートフェスティバル プロデューサー、バンコクSiam Street Fest プロデューサー)、ユディ・タジュディン
10月26日(土) 木下唯志(木下サーカス株式会社 代表取締役社長)
10月27日(日) 司修(画家・作家)
11月3日(日) 北村明子(振付家・ダンサー、信州大学人文学部准教授)、ユディ・タジュディン
※平日の中高生鑑賞事業公演あり。一般のお客様もご覧いただけます。
http://www.spac.or.jp/13_juggler.html


※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2013年10月20日 20:00 | TrackBack (0)