前川知大さんが作・演出される、押しも押されもせぬ人気劇団イキウメの新作は、劇団の原点に返ると銘打ったホラー。お話も演出もいつもながらのクオリティーで面白いですが、今回は特に俳優の演技が素晴らしかったです!
上演時間は約1時間45分弱。東京公演は11/24まで。その後、大阪、福岡公演あり。青山円形劇場を完全円形の客席で使っていますので、他の地域での公演ではまた違う作品になりそうですね。
⇒ぴあ「11/8青山円形劇場でイキウメの新作「片鱗」が開幕した!その初日レポートをご紹介!」
⇒CoRich舞台芸術!『片鱗』
【舞台写真:左より、清水葉月、手塚とおる、伊勢佳世、浜田信也 撮影:田中亜紀】
≪あらすじ≫ 公式サイトより
ある郊外の住宅地で、不審者がいるとの通報が増えた。
不審者達はどこからともなく現れ、消えていく。
何をするわけでもなく、時折苦しそうな表情をみせる。
目を離すと、いなくなっている。
幽霊という噂が立つが、目撃者は皆確実に存在していたと話す。
あれはいったい何だったんだろう。
現れ、存在し、苦しみ、消えていった。
人の住処につきものの、ありふれた怪奇現象。
その片鱗を掴んだことが、大きな間違いだった。
≪ここまで≫
円形劇場の中央部分に、ひざよりは高く、腰よりは低いぐらいの高さの正方形の黒い台が4つ、均等な距離を空けて設置されています。4つの台の間に十字の道が通っているような形です。道はそのまま舞台奥、つまり劇場のドアの外側へとつながっています。客席は完全円形です。
台は家を意味し、4つの家族が暮らしています。中年夫婦と高校三年生の息子がいる大河原家、ガーデンデザイナーの独身女性・蘭、不動産管理業(つまり大家)の佐久間、そして引っ越してきたばかりの公務員の安斎です。安斎には高校1年生の娘がいます。ハートウォーミングなご近所づきあいが順調に営まれますが、不可思議な事件をきっかけに、突如としてその関係は崩壊していきます。
【舞台写真:左より、盛隆二、手塚とおる 撮影:田中亜紀】
ごくごく平凡な一般人のコミュニケーションがとても自然です。「自然な会話をしていますよ」という説明的な演技は全くなく、役人物の生活がただそこにあり、誰かと交流することで初めて感情が生まれ、行動が起こります。だからたわいない会話だろうが、物語を急展開させる重要な場面だろうが、いつだって目が離せず、気を抜けず、ずっと集中して、意味も空気も何もかもを深く味わい、楽しみながら観続けられました。こういう演技によるお芝居を、私は観たいと思っています。
イキウメといえば娯楽性を追及しつつ社会的な主張も織り込んだ戯曲に、演劇ならではの効果を生かす巧みな演出で、常にハイクオリティーな舞台を作ってくれる劇団だと、私は思ってきました。とうとう今作で、所属俳優の演技においても、一足飛びに成熟されたような印象を受けました。
公務員の安斎(森下創)の娘(清水葉月)の名前が“忍”というのは、意味もいいですね。しのぶ、しのぶって呼ばれて色々と緊張したりドキっとしたりときめいたり(笑)、今回は役得でした(←バカ)。
ここからネタバレします。セリフは正確ではありません。
誰の目にも見えない謎の男(手塚とおる)が、家(=台)に水をこぼすことで、その痕跡を残していきます。人の体から水がドっと流れ落ちたり、床から水が染み出したりする効果がとても面白いです。水は目に見えるし触れられるので、人々は気味悪く思い始めます。実はその男に憑りつかれると(水に浸ると)、誰に対しても怒りをぶつける性格へと豹変してしまうのです。「許さないぞ」「絶対に許さない」というのが口癖になります。まずは大家の佐久間(盛隆二)、そして大河原の妻(岩本幸子)といった風に、次々と精神を病んでいき、佐久間は病院で自殺してしまいます。
水に触れて病気になる人物の心中には、「許さない」という言葉であらわれ出てくる怒りの種が、すでに存在していました。大河原(安井順平)は隣に住む蘭(伊勢佳世)と愛人関係にあり、佐久間は蘭に失恋をしていましたから、大河原に対して恨みを持っていても不思議ではありません。また、大河原の妻は蘭に対してあからさまに敵意を燃やします。もともと本人が持っているマイナスの感情が、謎の男(=水)によって増幅され、やがて全身が侵食されてしまいます。
【舞台写真:左より、清水葉月、大窪人衛 撮影:田中亜紀】
いきなり結論ですが、この呪いの元凶は安斎の娘・忍でした。存在するだけでその周囲に不幸が起こるため、2人は次々と引っ越しを余儀なくされていたのです。不幸とは周囲の人々が狂ってしまうことと、植物がどんどん枯れていくこと。“謎の男”という形で、忍にかかった呪いを表象する演出だったんですね。呪いは次に生まれた子供に移るので、安斎は忍を早く妊娠させて、子供を産ませたいと思っており、忍自身もまたそうでした。それで2人は大河原の息子・和夫(大窪人衛)をターゲットにし、まんまと忍と関係させて子供を作らせます。安斎は善意の人のように見えていましたが、実は全て計算づくの行動だったわけです。
生後3か月の娘を抱いて、たった一人で舞台中央に立つ和夫。どうやら安斎と忍は雲隠れしたようです。忍は「12歳まではごく普通の生活をしていて最高に幸せだった、でも生理が始まって不幸になった」と言っていました。きっとその娘の生理が始まったら、和夫は安斎と同じ運命をたどることになる…と匂わせて終幕。終わらない恐怖はホラーの王道ですよね。
先述の忍の「普通の生活が最高に幸せだった」というセリフや、安斎が和夫を説得する場面での「君は今までと同じように自分の人生を生きようとしている。妊娠して忍の人生はもう変わってしまったんだ。昨日と同じ日常を明日も生きようなんて、なぜそんなことができる?」というセリフは、震災を経た今の私たちに向けられたものだと思います。
大河原と蘭の恋人・日比野(浜田信也)が、安斎に対して「お前がクロだ(出ていけ)」と迫る場面が、私にとっては一番強烈だったかもしれません。安斎の娘が呪いの元凶だったのはただの偶然で、彼らが大河原たちの街に引っ越してきたのも偶然です。安斎と娘を追い出しても、彼らが行くところには次々と不幸が起リ続けます。まるで原発から出る放射性廃棄物のようだと思いました。(娘が生まれたので今後10年余の猶予がありますが)
【舞台写真:左より、清水葉月、手塚とおる 撮影:田中亜紀】
手塚とおるさんの贅沢すぎる使い方(笑)。セリフなしですもんね。でもオープニングで空間を引き裂くように鮮烈に登場した手塚さんを観たら、他にいったい誰がこの役をできるのかしら…と考えちゃいますよね。客席で手塚さんに隣に座られたお客様はどんな気分だったのかしら…。
≪東京、大阪、福岡≫
出演:浜田信也(日比野・塾講師・蘭の恋人)、安井順平(地元ラジオ局ディレクターの大河原)、伊勢佳世(ガーデンデザイナーの蘭・大河原の愛人)、盛隆二(大家・趣味はIT関係、蘭に横恋慕したことがある)、岩本幸子(大河原の妻・折り紙作家)、森下創(新しく引っ越してきた安斎・公務員)、大窪人衛(大河原の息子・高校三年生)、清水葉月(忍。安斎の娘・通信制の高校に通う高校1年生)、手塚とおる(男)
脚本・演出:前川知大 舞台監督:谷澤拓巳 美術:土岐研一 照明:松本大介 音楽:かみむら周平 音響:青木タクヘイ 衣裳:今村あずさ ヘアメイク:西川直子 演出助手:熊井絵理 宣伝美術:鈴木成一デザイン室 制作:湯川麦子 プロデューサー:中島隆裕 演出部:松尾明日望 音響操作:鈴木三枝子 大道具制作:C-COM 運搬:マイド 当日運営:藤木やよい 吉田直美 提携:こどもの城青山円形劇場 後援:TOKYO FM 運営協力:サンライズプロモーション東京 主催:イキウメ/エッチビイ
【発売日】2013/09/22 前売 4,200 円 / 当日 4,400 円(全席指定・税込) ※未就学児童入場不可。
http://www.ikiume.jp/
※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
★“しのぶの演劇レビュー”TOPページはこちらです。
便利な無料メルマガも発行しております。