うずめ劇場『砂女←→砂男』の稽古場にお邪魔し、劇団主宰の演出家ペーター・ゲスナーさんにインタビューをさせていただきました。この公演は『砂女』『砂男』と題された新作2本を交互上演する企画で、ゲスナーさんは安部公房作「砂の女」を戯曲化した『砂女』を演出されます。『砂男』の演出は少年王者舘の天野天街さん。
ゲスナーさんは旧東ドイツ生まれのドイツ人で、2008年から2011年まで調布市せんがわ劇場の芸術監督を務められ、現在は2004年から教鞭を執っている桐朋学園芸術短期大学の教授でいらっしゃいます(⇒Wikipedia)。ゲスナーさんの日本における演劇人生の集大成となる、『砂女←→砂男』について詳しく語ってくださいました。
●うずめ劇場『砂女←→砂男』 ⇒稽古場レポート
2014/02/07(金) ~11(火)@ザ・スズナリ
「砂女」原作=安部公房 構成・演出=ペーター・ゲスナー
「砂男」原作=E.T.A.ホフマン 脚本・演出=天野天街(少年王者舘)
「砂女←→砂男」オリジナルテーマソング『今日』(歌=UA 作曲=坂本弘道)
⇒CoRich舞台芸術!で予約できます。※1/31までチケプレ実施中!
両作品ともに前売4500円。2公演通し券6800円だと2200円もお得!
2/7(金)14:00開演の『砂男』は公開ゲネプロで一律3000円です。
半券提示で割引になる飲食店あり。詳細は劇団にお問い合わせ下さい。
【写真:ペーター・ゲスナーさん】
―新作2本立てで公演期間が5日間の小劇場公演(会場は下北沢のザ・スズナリ)というと…確実に赤字ですよね(笑)。なぜこのような企画を?
ゲスナー:ひとことで言うと、昨年、私が50歳になったから(笑)。日本に来てちょうど20年になります。その間にせんがわ劇場や桐朋学園で日本のために働いてきました。セゾン文化財団の助成金をいただいて外国に行っていた期間もあり、私が主宰する劇団うずめ劇場の活動があまりできなかった。これを機に戻ろうと思ったんです。
私が20年間、日本で何をしていたのか。この公演はその意味であり、まとめでもあります。私は日本演劇界における外国人の演劇人として、自分を実験用のモルモットのようにして、大失敗をしながらも色んなことをやってきました。過去には劇団黒テントにユダヤ系アメリカ人がいましたが、もう亡くなっています。せんがわ劇場や桐朋学園で働くのも外国人としては私が初めてでしたから、私はいわば旅人、発見者、パイオニアといった存在。そんな自分が外国の演劇と日本の演劇のどこが一番面白いか、何を試してみたいかをまとめてみた結果が、この企画です。
―日本の小説をドイツ人であるゲスナーさんが演出し、ドイツの小説を日本人の天野天街さんが演出する“日独対決”になっていますね。チラシも2種類あります。
ゲスナー:普段ならチラシは1種類しか作らないんですが、全く違う2作品を上演するので2種類作りました。和風と洋風で違うデザインになっています。和風はご覧のとおり天野さんによるデザインです。洋風の表側はあるカメラマンのオリジナル写真で、ちゃんと使用料をお支払いしています。オリジナル・テーマ・ソングも作りました。作曲はチェリストの坂本弘道さん。歌はUAさんに歌っていただきます。坂本さんは天野さんが演出する『砂男』の舞台で生演奏もします。
【写真:2種類のチラシ】
―もう一人の演出家に、天野天街さんを迎えた理由を教えてください。
ゲスナー:天野さんはアングラ演劇のジャンルに入る演出家ですが、決して古臭くありません。また彼はアングラ演劇だけでなく、歌舞伎や能の型や様式、約束事も全部使っています。それでいて怖いぐらいモダンに見えることもある。彼は日本ならではの術を使ってる。私はその演劇に一番興味があります。
アングラ演劇はどこか古臭いとか、もう終わったなどと解釈するのはもったいない。日本の若い演劇人たちに一番パワーがあった時代の演劇です。テントを作ったりもしていましたよね。でも今の小劇場では自分の友達と集まって小さな世界を作ってばかり。あのパワーは誰がどうやって引き継いでいくのかと思っていたら、彼がいた。天野さんはアングラ演劇と現代の演劇をつなぐ人。私はそのミッシング・リンクを見つけた気持ちです。
日本の演劇評論家から認められるかどうかはわからないけど、私はヨーロッパの演劇評論家として、彼を高く評価します。20年間日本の舞台を観てきて、天野さんはとてもハイレベルな仕事をしていると思うから。
―なぜ安部公房の小説「砂の女」を舞台化することにしたんですか?
ゲスナー:「砂の女」は私の母の本棚にあって、14歳の時に初めてドイツ語で読みました。それ以来ずっと頭にあり、内容もはっきり覚えています。「砂の女」のストーリーは、20年間日本にいた自分が、今一番表現したいことにフィットしているんです。たとえば主人公が自分に似てる。私は今、彼と同様に砂の中(=日本)にいるようなものです。
日本に来たら上演してもいいと思っていたんですが、演出のいい形をずっと見つけられなかった。舞台上に砂が必要だと思ってたから。でも砂は…すごくやりにくいんですよね(苦笑)。やっと違う方向性を見つけたので、やれることになりました。
『砂女』の台本は、小説「砂の女」を劇団員と実際に演じてみながら作っていきました。完成まで1年間以上かかりましたね。今からもまた少し変える予定です。
―もう1本にホフマン作「砂男」を選んだ理由は?
ゲスナー:50歳になり改めて感じているのは、何事もプラスに動けばマイナスも生じるということ。世界にはいつもその反対側があるということ。その2つの中間にいながら働きたいと思っているんです。だから直球ですが、一方が『砂女』なら、その反対は『砂男』だなと(笑)。外国人と日本人というのも二項対立です。ゲスナーがプラスなら天野はマイナス、その逆も然り。男と女、汚いと綺麗、西洋と非西洋など、相反するものの中間で全てが動いているということに興味があります。
―ゲスナーさんが演出される『砂女』について、もう少し詳しく教えてください。
ゲスナー:「砂の女」も「砂男」もそうですが、1人の男性主人公が旅に出るといったストーリーは割合に多いんです。日本には私小説という伝統がありますね。村上春樹も日本でよく上演されるカフカも、ある意味、私小説です。安部公房もカフカに近いんですよ。そして彼は満州生まれで、日本の島国文化だけじゃなく大陸文化も持っている。また、三島由紀夫と同じくヨーロッパ文化をすごく勉強していて、「砂の女」にはヨーロッパのキリスト教的な考えも入っています。私が面白いと思うのは、安部公房の見方が日本的なだけじゃなくて西洋世界風でもあること。両者をつないで働いているところが私に似てると思うんです。
この世界でうまく生きてきて繁栄した人類は、だんだんと周囲(=自然)がどうでもよくなって自己中心的になり、世界への理解が薄れ、自然から離れていったという解釈があります。安部公房の作品には日常とは違う世界がいつも出てくる。それは人間が人間だけでは生きられないことを表しています。たとえば戯曲『友達』では主人公の家に急に他者が大勢入り込んできて、まるで津波みたいに主人公の生活を奪ってしまう。2011年の津波は突然2万人の命を奪いました。これが自然の強さですよね。実は100年前に同じことが起こっていたのに、人間はそれを無視していました。そう考えると、2万人の死は果たして津波のせいなのか、それとも人間の罪なのか。自然とともに生きることは残酷です。それは「砂の女」における砂の中で生活する2人も同じ。砂の大波が来たら死ぬ可能性があるから、あの小説の中では自然は無視できない存在なのです。
【写真:『砂女』イメージ写真(引用元)】
―『砂男』について、もう少し詳しく教えてください。
ゲスナー:「砂の女」における砂の中での暮らしには原始的な面があり、ある意味で東京のモダンな生活から過去の生き方に戻っていく話と言えます。『砂女』は日本の新劇のように人間関係をしっかり描く演出をします。「砂男」はその逆で、人間が機械のようになっていくので、未来に進む話と言えます。天野さんのお芝居では俳優が機械みたいにしゃべりますから、『砂男』は台本の中身だけじゃなくて演技形式も似たものになりますね。
これから時代は一体どっちにいくのでしょうか。「砂の中の過去」に戻るのか、「機械の未来」に進むのか。お客さんとともにある本番は紛れもなく「今」なので、過去、現在、未来という3つの点をぐるぐると行ったり来たりするような公演になります。ちなみにUAさんが歌う曲のタイトルは「今日」です(笑)。
―出演者オーディションを3度も実施されました(関連エントリー⇒1、2)。昨年5月から参加している俳優もいる長期に渡る企画で、本番用の稽古以外に合宿やワークショップへの参加も必須という珍しい募集概要だったと思います。
ゲスナー:私は時々自分が講師をするワークショップを開催しています。2日間のうちに発表も行う、いわば小さな勉強会です。でも私と天野さんという2人の演出家と仕事をするためは、私の指導だけでは全然足りないんです。日本の俳優は自分の所属する集団内に沈んでいて、あまり変化することもなく、「あれはできるけど、これはできない」という状態に甘んじている(本来はあれもこれもできるべき)。俳優としての意識を強く持ってもらわなければいけません。そして私だけが指導するのでは意味がないんです。個人差がありますし、好みも相性もありますから。また、他の講師によるワークショップを私が見られれば、参加者の振るまいから彼らのことを知ることができ、私の方からも俳優たちに近づくことができます。
【写真:シーン稽古中】
―志が高くて、贅沢な舞台創作の場を設けられたんですね。成果はいかがでしたか?
ゲスナー:この公演の出演者は、9月に井田邦明さん(コメディアデラルテ)、10月に森田雄三さん(イッセー尾形さんの舞台の演出家)、11月に服部宜子さん(パントマイム)のワークショップに参加し、12月からは『砂女』の稽古で私の演出を受けると同時に、夕沈さんによる『砂男』のダンス指導が続いています。そして最後に天野さんがやって来る。俳優にとってはとても険しい道程です。
俳優は時々、演出家に自分をまかせてしまうことがありますが、井田さんを好きになっても1週間でお別れ。森田さんと相性が合っても服部さんにバトンタッチ。すぐに指導者が変わるから、自分を誰かにまかせることができないんです。私はそれが俳優らしいと思います。俳優は自分の意志で動き、自分で頑張らないといけない。自分の核となる部分をしっかり持って、集団でお互いに助け合うのです。この数か月で無意識にそういうものが培われたと思います。1日で2種類の全く違う芝居をやることにも耐えられるようになり、心の準備もできたでしょう。
日本の芸事は1人の先生に師事するものですが、色んな人の指導を受けるのは西洋風と言えます。芝居の内容だけでなく、公演の進め方、作り方も和洋折衷。私が20年間日本にいて、できたこと、できなかったことの全てが入っている企画なのです。
―お客様にメッセージをどうぞ。
ゲスナー:この公演のために非常にたくさんのお金を使いました…(笑)。こんな公演を再び実現するのは不可能かもしれません。公演期間が短いから一瞬で消えることになりますので、ぜひ日程を確認してご予約はお早目に。
人間の体力、能力をギリギリのところまで使っている作品です。うずめ劇場の本当のベストになります。もし観てみたいと興味を持ったら、今回を観に来た方がいいです!(笑) これがうずめ劇場です!!
※この公演終了後の予定として、ゲスナーさんは2014年10月に俳優座劇場で別役実さんの新作を演出されることが決まっています。
出演:井村昂、後藤まなみ、荒牧大道、荒井孝彦、石山慶、太田朝子、奥野美帆、キムナヲ、河村岳司、日下諭、日下範子、竹内もみ、高橋佑輔、谷原広哉、二宮彩乃、政修二郎、山村涼子
「砂女」 原作=安部公房 構成・演出=ペーター・ゲスナー
「砂男」 原作=E.T.A.ホフマン 脚本・演出=天野天街(少年王者舘)
舞台美術:石原敬 照明:桜井真澄 音響:岩野直人 映像:浜嶋将裕 音楽:坂本弘道 衣装:仲村祐妃子 宣伝美術:アマノテンガイ ロゴ:田岡一遠 スチール:宮内勝 振付:夕沈 舞台監督:井村昂 舞監助手:伊東龍彦、村信保 演出助手:二宮彩乃、石坂雷雨 文芸担当:藤澤友 制作:佐藤武、松尾容子 主催:うずめ劇場
【発売日】2013/11/10 前売4,500円 当日5,000円 学生3,000円(要証明) 2公演通し券6,800円(団体扱いのみ) 未就学児童の入場は不可です。
http://uzumenet.com/
※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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