新国立劇場のオペラ、バレエ・舞踊、演劇の計3部門の芸術監督が揃う「2014/2015シーズンラインアップ発表会」に伺い、その後の演劇部門の記者懇談会にも参加させていただきました。演劇部門の芸術監督として2期目を迎えられた、宮田慶子さんのご発言をまとめたレポートです。
【写真は左から:福地茂雄理事長、宮田慶子演劇芸術監督、飯守泰次郎次期オペラ芸術監督、大原永子次期舞踊芸術監督】
戯曲だけで観たいと思わせるものばかり!正統派のストレート・プレイ(せりふ劇)がずらりと並ぶラインアップに、宮田さんのセンスと信念が表れていると思います。これまでの実績も含め、私が受け取った全体の印象は“素直”そして“正攻法”。個人的には新国立劇場演劇研修所の修了生を大勢キャスティングする企画が継続されて、とても嬉しいです。
懇談会では、新国立劇場を「演劇人が腰を落ち着けて、集中して仕事のできる場所」、そして「若い演劇人を取り上げて、未来をつくる場所」にしたいと語ってくださいました。
⇒新国立劇場「新国立劇場2014/2015シーズンラインアップが発表されました!」
⇒新国立劇場「演劇部門2014/2015シーズンラインアップ」
【昨年度の振り返りと成果、そして今年度の抱負】
宮田:芸術監督として走っているうちに、いよいよ2期目を迎えることになりました。ラインアップ説明会も数えてみると5回目です。オペラの飯守先生、バレエの大原先生とこのように並ばせていただいて、もう一度改めて、新たな気持ちで2期目をスタートさせたいと思っています。
この1年、自分なりに色んな仕掛けをしてきたつもりではいます。おかげさまで劇場入り口に立っておりますと、「新国立劇場の演劇に初めて足を運んだ」とお声掛け下さるお客様が大変多くいらして、本当に嬉しく思っております。出演者、スタッフの皆が一丸となって健闘してくれまして、非常に質の高い作品を送り出すことができ、色々な評価をいただいて、より多くのお客様に足を運んでいただけるようになったことを嬉しく思います。
多くの俳優、演出家に「新国立劇場では落ち着いて、雑音なく仕事ができて嬉しい」とよく言っていただきます。地下2階のリハーサル・フロアは安心して集中できる環境が整っており、朝から夜まで、長ければ12時間ずっと作品づくりができる、非常に幸せな現場だと思います。俳優、演出家が望む限りのたっぷりの時間、たとえば40日間という長期間、思う存分、納得がいくまで稽古ができる。そしてどこよりも長い期間、劇場に入っていられるので、本番の舞台でのリハーサルが長くできます。それを演劇人たちが楽しみにしてくれているのが嬉しいです。この落ち着いた、内容のある作品作りを続けていきたいと思っています。
マンスリー・プロジェクトでは、小劇場を使ったレクチャーやリーディングに本番と同じぐらい大人数のお客様がつめかけてくださっています。なじみやすい環境づくりを目指してきたことが、少しずつお客様に伝わってきたかなと思います。面白い内容にして、無料の公演として継続していきたいです。
新国立劇場の作品で全国ツアーができるように、企画の段階から知恵を絞りながら進めている最中です。おかげさまで各地の劇場と個人的に話をさせていただくことも多く、まだまだ試行錯誤中ですが条件は整いつつあります。
おかげさまで当劇場の演劇部門のお客様は増えていますが、世の中を見ますと、やはり若い層はコンピューターのネットワークに気をとられていたり、ゲームの方が面白かったりして、演劇を観てくださる観客はちょっと大人しくなってきているような気もします。そういった中でも、きちんとした作業をしていけば底力のある観客層を育てられると思うので、我々としてはなんとかその一翼を担いたい。質と深さの両方を求めていける現場でありたいと思っています。
【2014/2015シーズンラインアップについて】
宮田:演劇部門は年間8本、うち中劇場公演が2本、小劇場公演が6本で例年通りです。おかげさまで「近代以降の日本の演劇が影響を受けた海外の作品」を紹介するシリーズ「JAPAN MEETS・・・-現代劇の系譜をひもとく」は、私が芸術監督になった初年度から継続しておりまして、非常にご好評いただいております。お客様に「ひとつの視点にまとめられているので観やすい」と言っていただけて、定着してきました。
世界の演劇界の常識といえる名作、つまりグローバル・スタンダードという意味でもあります。すべて新翻訳し、今の言葉、舞台の生きた言葉で上演しております。戯曲文学ではなく、そこから一歩踏み出した舞台の台本としての言葉に置き換えた上演を、お客様に楽しみにしていただけるようになりました。今年度はブレヒト作『三文オペラ』とイプセン作『海の夫人』を、私が演出します。
ちょうど今、30代の若手演出家に焦点を当てた企画「Try ・Angle -三人の演出家の視点-」の3本目、サルトル作『アルトナの幽閉者』の稽古中です。これもおかげさまで非常に大きな評価をいただきました。年末年始にかけて続々と色んな演劇賞にノミネートされ、受賞もさせていただきまして、本当に嬉しく思っております。
新シーズンは「二人芝居―対話する力―」と題して、2人芝居を3本企画しました。俳優が2人しか出ませんから見た目は地味ですが(笑)、二人芝居は芝居の底力というか、芝居の基本なんですね。芝居とは2人の濃密なやり取りが、1人増えるごとに三人芝居、四人芝居、五人芝居、アンサンブルもいる大人数の芝居…と多角形化していくもの。人間と人間が本気で、本音でしゃべり合うこと。言葉はかわさなくとも目線や態度、オーラやパワーなど様々なもので、人とちゃんと向かい合うこと。演劇でも何でもそれが基本です。二人芝居は1対1の“線”なので、その“線”がどんどん太くなっていくイメージです。そこにお客様が加われば三角形(=トライアングル)になる。そんな空間になるんじゃないかと思っています。
今はとかくディスコミュニケーションと言われています。若い世代はソーシャルネットワークで繋がっているんですが、(実際のところ)どうでしょうか?私も時々気になっているんですが、相手の目を見てしゃべる子がちょっと少なくなってきた。目は見ていたとしても何らかの、ちょっとしたフィルターがかかっていたり、敵対していたり、構えていたりして、素直に心の窓を開けて相手と目を向き合える関係が非常に少なくなっている。子供だけではなく、子供にそうさせてる我々大人もきっとそうなんだと思います。自分が傷つかないための最低限の見えないフィルターをかけながら、相手と情報のやりとりをするためだけに目を向け合ってる。情報を得るタイミングをつかむためだけに、相手の目を見ている。情報のやりとりだけならばコミュニケーションとは言わないし、データが行き来するだけでいいのなら、もしかしたら人間である必要もないかもしれない。「人間はデータじゃない、生身だよ」というとなんだかアナログな言い方になっちゃいますけれども、「データ“なんか”じゃ、やりとりできないものを、やりとりすること」に、もう一度、がっつり、組みたい。そう思って二人芝居を企画しました。
二人芝居では演出家の腕が非常に試されます。2人しかいない劇空間をどうやってお客様に豊かに提示できるのか。これは演出家にとって、とても挑戦的な演目になると思います。
枠としては今までを踏襲しているものもありますが、さらに気を引き締めて、やはりここでしかできない質と深さのある作品づくり、そして、より積極的に外に向かって発信できるようにしたいと思っています。
【各作品について ※以降はしのぶよりひとこと】
●2014年9月 JAPAN MEETS・・・-現代劇の系譜をひもとく-Ⅸ 『三文オペラ』 [新訳上演]
作:ベルトルト・ブレヒト 翻訳:谷川道子 演出:宮田慶子
出演:池内博之 ソニン 石井一孝 大塚千弘 あめくみちこ 島田歌穂 山路和弘
宮田:ご存じ『三文オペラ』からスタートです。ブレヒト研究の第一人者である谷川道子さんが新翻訳に挑戦してくださっています。演出家(=宮田)の女心としては(笑)、主役のマックには二枚目の優男であるだけじゃなく、エレガンスと野性味を併せ持った方が欲しいと思い、『るつぼ』でプロクターを演じた池内博之さんを。相手役のソニンさんは海外研修を終えてニューヨークから帰って来ます。そのほかにも演劇界、ミュージカル界の実力派俳優が揃っていますので楽しんでいただけると思います。
※宮田さんは劇団青年座研究所時代に『三文オペラ』出演経験があり、青年座公演と新国立劇場演劇研修所1期生試演会で演出もされています。
●2014年10月シリーズ二人芝居~対話する力 Vol.1 『ブレス・オブ・ライフ~女の肖像~』 [日本初演]
作: デイヴィッド・ヘア 翻訳: 鴇澤麻由子 演出: 蓬莱竜太
出演:若村麻由美 ほか
宮田:女二人芝居、しかも妻と愛人という関係です。その演出に男性の蓬莱竜太さんが取り組みます。女性2人の復讐心理戦と言っていい作品ですが、最後にはそれを超えたところにたどり着きます。ロンドンで2002年に初演された時は、マギー・スミスとジュディ・デンチというゴールデンコンビでとても話題になった作品で、日本初演です。二人芝居企画はのっけから、ガツン!と濃密な空間をご覧いただけるのではないかと思います。
※蓬莱竜太さんが自作でない戯曲を劇団外で演出されるのは初めてだそうです。若村麻由美さんの相手役が気になる!
●2014年11月 シリーズ二人芝居~対話する力 Vol.2 『ご臨終』
作:モーリス・パニッチ 翻訳:吉原豊司 演出:ノゾエ征爾
出演:温水洋一 江波杏子
宮田:カナダで非常に人気のあるモーリス・パニッチの作品です(過去レビュー⇒1、2、3)。風采の上がらない中年男と、間もなく死んじゃうかもしれない老婆の二人芝居。なんと温水洋一さんと江波杏子さんという理想的な配役が叶いました!演出は若手でどんどん力をつけているノゾエ征爾さんです。こちらもお見逃しなく。
※『ご臨終』は2006年に拝見して、すごく面白かったんです!ノゾエさんの演出も楽しみです。
●2014年12月 シリーズ二人芝居~対話する力 Vol.3 『星ノ数ホド』 [日本初演]
作・ニック・ペイン 翻訳:浦辺千鶴 演出:小川絵梨子
出演:鈴木杏 浦井健治
宮田:ロンドンで2012年に初演された話題作で、物理学者と養蜂家という出会うはずのない若い男女2人のラブ・ストーリー。同じシチュエーションがちょっとずつ違う形で、演劇的に、何度も繰り返されていくんです。人と人が、いかに奇跡的に出会い、恋におち、カップルになるのか。我々の日常を大切にしたくなるような作品です。鈴木杏さんと浦井健治さんというお2人にもふさわしい戯曲だと思います。演出には、おかげさまで昨年の『OPUS/作品』で非常に大きな評価をいただいた小川絵梨子さんがあたります。
※鈴木杏・浦井健治・小川絵梨子という組み合わせは垂涎もの!
●2015年4月 『ウィンズロウ・ボーイ』
作:テレンス・ラティガン 翻訳:小川絵梨子 演出:鈴木裕美
宮田:『長い墓標の列』『マニラ瑞穂記』(⇒新国立劇場演劇研修所試演会の稽古場レポート)に続き、新国立劇場演劇研修所の修了生を積極的に起用するシリーズの3作目です。『ウィンズロウ・ボーイ』(⇒過去レビュー)は家族の話ですので、修了生だけではなく先輩の俳優に助けていただく形になります。
演出を鈴木裕美さんにお願いしました。鈴木さんは研修所の公演を本当によくやってくださって(過去レビュー⇒1、2)、エネルギーをもって指導に当たってくださっています。翻訳は小川絵梨子さん。彼女は演出だけでなく翻訳の才能もあるんです。ラティガンは20世紀イギリスの代表的劇作家で、新国立劇場での上演は初めてかもしれません。とてもきちんと日常を描いている作家なので、新しく登場するのが楽しみです。
※2005年の「テレンス・ラティガン3作連続公演」では『ウィンズロウ…』を坂手洋二さんが演出されていました。鈴木さんは初演出になります。いい戯曲なのでまた観られるのが嬉しい!
●2015年5月 JAPAN MEETS・・・~現代劇の系譜をひもとく~Ⅹ 『海の夫人』
作:ヘンリック・イプセン 翻訳:アンネ・ランデ・ペータス、長島確 演出:宮田慶子
出演:麻実れい 村田雄浩 眞島秀和 橋本淳 ほか
宮田:「JAPAN MEETS・・・」がとうとう10作目になり、個人的にとても嬉しく思っております。第1回目の『ヘッダ・ガーブレル』で取り上げたイプセンが再登場。イプセン作品の中では、抽象的な意味でも、女性に対するオマージュが強く表れている作品だと思います。ぜひとも麻美れいさんにやっていただきたいと思っていたら、その願いが叶いました。『ヘッダ・ガーブレル』と同様に翻訳はアンネ・ランデ・ペータスさんと長島確さんです。ノルウェー語から日本語、日本語から日本語という翻訳方法で、さらに劇的な言葉を紡ぎ出します。
※『ヘッダ・ガーブレル』は現代劇として観られました。またそういう出会い方をさせていただけるかも。
●2015年6月 『東海道四谷怪談』
作:鶴屋南北 演出:森新太郎
宮田:森新太郎さんは演出家として本当に大ブレイクしていて、あちこちから引く手あまたになっています。彼は『ゴドーを待ちながら』『エドワード二世』と2本続けて、当劇場で素晴らしい成果を残してくれました。今度は中劇場で、なんと『東海道四谷怪談』に挑戦します。森さんはお岩に焦点をあてたいと言ってまして、力のある演出になると思います。
※森新太郎さんは見逃せない演出家です。中劇場をどう料理してくださるのかも楽しみ。
●2015年7月 「長塚圭史 新作」
作・演出:長塚圭史 振付:近藤良平
出演:近藤良平 首藤康之 長塚圭史 松たか子
宮田:最後が長塚圭史さんの新作です。2012年の年末年始に大人と子供の両方が楽しめる企画として上演した『音のいない世界で』と、全く同じキャストが揃いました。私は大好きな空間だったんですが、「子供には難しすぎる・怖すぎる」といったご意見もいただきまして、再挑戦となります。近藤良平、首藤康之、長塚圭史、松たか子という新国立劇場ならではのユニットが「鏡」をモチーフにした新作を立ち上げます。今度は夏休みの大人と子供のための企画になると思います。
※劇場内だけでなくロビーなども、子供がわくわくするような仕掛けがあるといいなと思います。
【しのぶの感想】
冒頭で福地茂雄理事長が「グローバル化」の話をされたのもあり、「グローバルな国立劇場のあり方」について少し考えました。飯守泰次郎次期オペラ芸術監督はドイツ、大原永子次期舞踊芸術監督はイギリスで長くご活躍のようで、お2人とも日本人でありながら外国人のようでもありました(飯守さんはオペラ愛あふれる方、大原さんは“現場のたたき上げ”を自称されており、新国立劇場バレエ団の“肝っ玉おっ母”のように頼りになる方のようにお見受けしました)。それに比べると宮田慶子さんはピュアな日本人で、来年度のラインアップは今年度より全体的にドメスティック(日本国内向け)な印象です。ただ、「もっともナショナルなものこそインターナショナルのものになり得る」という考え方もありますし、私としては、現代日本人のディスコミュニケーションについての宮田さんの問題意識に共感しているので、日本人の観客と向き合う作品選びに批判的な気持ちは起きませんでした。戯曲だけでも観たいと思わせるものばかりなので、来年度も全部通っちゃうと思います。
日本の戯曲が2本だけで、新作が1つ(しかもファミリー向け)というのは少し残念ではありました。個人的にはできれば修了生が出るシリーズは日本の戯曲であって欲しかったですね。とはいえ鈴木裕美さん演出の『ウィンズロウ・ボーイ』はすごく楽しみです。
懇談会で演劇ジャーナリストの女性が、「来日して新国立劇場のオペラの演出をしている外国人演出家に、演劇部門の演出も依頼してはどうか」と提案されていて、私も同感でした。今年4月のクリーゲンブルク演出『ヴォツェック』はとても面白そうです。
⇒新国立劇場「【特別コラム】ドイツ演劇界の鬼才、クリーゲンブルク演出 オペラ「ヴォツェック」の衝撃」
新国立劇場演劇部門2014/2015シーズンラインアップ:http://www.nntt.jac.go.jp/play/variety/#anc2014_15
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
★“しのぶの演劇レビュー”TOPページはこちらです。
便利な無料メルマガも発行しております。