スウェーデンの劇作家ラーシュ・ノレーンさん(1944年生)の戯曲『ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる』を、文学座の上村聡史さんが演出されます(関連レポート⇒1、2)。
劇場は出演者の那須佐代子さんが支配人をつとめるシアター風姿花伝(最大120席)です。⇒公式ツイッター ⇒公式facebookページ
同劇場でロングランされた『帰郷 Homecoming』は、私が昨年に観た小劇場作品の中でNo.1でした。『帰郷』に続いて今作にも那須さんと中嶋しゅうさんが出演されます。先月拝見した上村さん演出の翻訳劇『信じる機械』も素晴らしかったんですよね。企画と座組みの魅力に惹かれて、本番約10日前に、劇場内の舞台で行われているお稽古を拝見しました。
【写真↓左から(敬称略):那須佐代子、増子倭文江、前田一世、中嶋しゅう 撮影:藍田麻央】
※美術、照明、衣装は本番で変わる可能性があります。
●シアター風姿花伝プロデュース『ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる』
7/15(火)-30(水)@シアター風姿花伝
出演:増子倭文江、那須佐代子、前田一世、中嶋しゅう
作:ラーシュ・ノレーン 翻訳:富永由美 演出:上村聡史
一般 4,000円 学生 3,000円 当日券 4,300円
※早割 3,800円(7/15(火)~7/18(金)のみ) ↓こりっちでカンタン予約!
⇒CoRich舞台芸術!『ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる』
⇒7/16(水)14:00、7/19(土)15:00、7/21(月・祝)15:00終演後にアフタートークあり。
≪あらすじ≫ 公式サイトより
現代、ストックホルム。 四人家族が久しぶりに再会する。 待ち合わせは劇場。 観劇後、家族はわが家において束の間の一家団欒を試みる。 何げなく始まった芝居の感想が、 それぞれの積年の想いに火をつけていく。 時は、容赦なく夜明けの先に待つ、朝へと向かう。
≪ここまで≫
【写真↓左から:那須佐代子、中嶋しゅう、増子倭文江 撮影:藍田麻央】
『ボビー~』は本邦初演で、父(中嶋しゅう)、母(増子倭文江)、姉(那須佐代子)、弟(前田一世)の4人家族のお話です。日本語の戯曲集も出ていますが、私はノレーン作品に触れるのは初めて。第一幕と第三幕を拝見し、あまりの面白さに舌を巻きました!げんなりするほど暗くて、絶望的に悲惨…なのに爆笑しちゃうんです!改めて、チラシのイメージは作品にぴったりだと思いました。表面の暗さは設定と筋書きそのもので、裏面の明るさには否応なく溢れ出てしまう人間の生命力が表れているんですね。そのギャップがまた笑いを生むんです。
中嶋しゅう:ノレーンは“北欧のピンター”と呼ばれているとか。読んだ時は不条理劇かと思ったんだけど、稽古をしていくと、「あぁ、そういうことか」とわかる。やってみれば「こういう人、いるね」とわかるんです。とても…面白いんですよね。シアター風姿花伝でノレーン戯曲の上演をシリーズ化してくれないかな。
今公演は美術も衣装も小道具も、本物をそろえる室内劇です。本番仕様に建て込まれた舞台美術は壁が黒色、床もまた黒色の板張りで、少々古びた感のあるシックな家具が置かれています。とはいえ異空間が共存するような工夫もあり、見えている部分の外側にも想像を広げられました。
【写真↓左から:前田一世、増子倭文江 撮影:藍田麻央】
舞台はスウェーデンの首都ストックホルム。時代は現代。時刻は4人一緒にユージン・オニール作『夜へ長い旅路』を観劇して、劇場から帰宅した夜。家族全員が久しぶりに実家に集合します。一目見ただけでワケアリだとわかる4人の地位や職業、そして過去は、時が経つにつれて徐々に明らかになっていきます。
人間の感情は瞬く間に変化するものですから、「今泣いたカラスがもう笑う」ことはよくありますよね。この家族の場合はそれが凄まじいんです!ギョっとするほどの罵詈雑言を浴びせ合っても、瞬時に元通りになり、また平凡な日常会話が始まります。ちゃぶ台をひっくり返すのと、とっさに取り繕うのを頻繁に繰り返すので、てんやわんやしっぱなし(笑)。
上村(演出):ここは偽善家族のシーン(笑)。殊更にいがみ合った感じになってしまって、さすがに各々(おのおの)がびっくりして、違う方向を見出そう、日常に戻ろうとしてる。だから言葉が普通の家庭みたいになっちゃってる(普通じゃないのに)。皆で努力して家族のムードを作って盛り上がるんだけど、やっぱりできなくて沈んじゃう(笑)。
【写真↓:那須佐代子 撮影:藍田麻央】
穏やかな言葉を交わす静かなシーンでも、俳優の心の中では大嵐が吹き荒れているので、スリリングで目が離せません。饒舌な母に対して娘は口数が少ないのですが、娘が小さな声でスルリと何かをつぶやいた途端、向かい合った2人がまるで牙を剥いたライオン同士のように見えました。「ガオォォーーー!」と吠え合う声が聞こえそうなほど!
そこで突然、息子が素っ頓狂なセリフを放ち、燃え盛るような大喧嘩の空気が一掃されました。いわば絶妙のツッコミが決まったような感じです(笑)。彼は同じ部屋に居るのに神出鬼没なトラブルメーカーで、家族の誰も彼の行動が読めません。そんな修羅場を他人行儀で見守る父は、一家の大黒柱でありながら弱く、頼りなく、そして逃げ腰な態度からはずる賢さも透けて見えるようでした。
【写真↓左から:前田一世、上村聡史 撮影:藍田麻央】
舞台上で起こる出来事のほんの一瞬からこれだけのことを受け取れるのは、一つ一つのやりとりを緻密に作り上げているからです。誰に向かって、どのタイミングで、どういう意図で、話しかけるのか。どちらが先に話し始めて、どちらから目をそらすのか。距離の取り方や小道具の扱いなどの細々としたことも、実際にやって感触を確かめながら決めていきます。演出の上村さんは舞台に上がって、俳優と同じ位置から、相談話をするように指示をされていました。
上村:このセリフだけは相手の顔を見て言って、そして言い終わったらすぐにそらす。
上村:娘から先に目線を外せば、母がかわいそう。逆に母から先に目線を外すと、娘がかわいそうになる。
上村:(今の演技は)目の動きに狂気をはらんでいるような感覚がある。入り込んで狂乱の方に行き過ぎてるから(その方向はやめましょう)。
休憩中に上村さんから少しお話を伺うことが出来ました。
しのぶ:2月のサルトル作『アルトナの幽閉者』の次に商業演劇を挟み、先月は英国戯曲『信じる機械』を演出され、そして今回がスウェーデン戯曲『ボビー…』。9月にはレバノン生まれの劇作家ワジディ・ムワワド作『炎 アンサンディ』が控えていますね。
上村:…根暗だと思われそう(笑)。でもこういう戯曲を選んじゃうんだよね。
しのぶ:恥ずかしながらラーシュ・ノレーンという劇作家を初めて知りました。すごく面白いですね。
上村:そうなんですよ。ノレーンはフランス、ドイツでも人気の劇作家で、ドイツのシャウビューネではレパートリーにもなっています。フランスでは上演歴がとても多い。そして非常に多作なんですよ。これまでに60本の戯曲を書いていて、1年間に5本書いている年もあります。
上村:『ボビー…』は一見普通の家族の会話劇なんですが、いつもどおりにはいかないです。(僕は)普段はロジックで組み立てがちなんだけど、この戯曲は2、3行前のセリフの気持ちが、後になって出てくる。だから目の前のセリフに向き合うだけじゃ読み解けない。かといって感情の流れだけでも作れないし…。ロジックと感情のどっちを取るのか、自分が常に引き裂かれる状態にあるのが面白いです。
家族だから憎んで傷つけて、家族だから再び求め合い、繋がり合う。何を伝えてもすれ違い、叫べば叫ぶほど届かない。猛獣のような4人の人間による、苛烈に愛憎渦巻く会話劇です。高密度、高品質の大人のお芝居が、再びシアター風姿花伝から生み出されます。
稽古場写真:藍田麻央
Bobby Fischer bor i Pasadena by Lars Noren
出演:増子倭文江、那須佐代子、前田一世、中嶋しゅう
作:ラーシュ・ノレーン、翻訳:富永由美 演出:上村聡史 美術:長田佳代子 [照明] 賀澤礼子 [音響] 長野朋美(オフィス新音) [衣装] コダン [舞台監督] 村田明 [宣伝美術] デザイン太陽と雲 [絵画提供] 佐和子 [演出助手] 中山大豪 [制作] 会沢ナオト 柿木初美 [企画・製作]シアター風姿花伝
【休演日】7/22(火)【発売日】2014/05/24 一般 4,000円 学生 3,000円 当日券 4,300円 早割 3,800円 7/15(火)~7/18(金)のみ
http://www.fuusikaden.com/pasadena/
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
★“しのぶの演劇レビュー”TOPページはこちらです。
便利な無料メルマガも発行しております。