ロンドン在住の俳優指導者の山中結莉(やまなか・ゆうり)さんによる、プロの俳優向けの5日間集中ワークショップを見学させていただきました。参加人数は男性4人、女性6人の計10人。⇒告知エントリー
基本は「五感を研ぎ澄まして感じたこと、そして自分の中から沸き起こったものを、声や動きを通じてそのまま外に出す」。そこからセリフを声に出す演技の稽古にも発展していきます。想像していたよりずっと実践的なワークショップでした。
結莉さん(お名前で呼ばせていただいてます)はプロの中のプロ。本物の俳優指導者だと思いました。今はもうロンドンに戻られていますが、再び日本で指導をしていただけることを願ってやみません。
⇒facebookページ『山中結莉ワークショップ<埋もれた声 VOICE>を掘り起こす---身体と表現』2014年夏まとめ
⇒結莉さんのブログの関連エントリー:1、2、3
結莉さんとの約束で、ワークショップの具体的な内容は記事にしないことになっています。たとえば文章を読んだだけの人が真似をしても、実際に行われたことと同じことができるとは限らず、やり方次第では危険性もあるためです。以下では、計5日間のうち3日間見学した私が感じたこと、考えたことをまとめました。結莉さんに全文をご確認いただいております。
【参加者は絶対に安全】
どんなワークショップでも参加者は絶対に安全で、それを全員の共通認識にすることが必要だと私は思っています。今回はそれが完璧でした。最初に説明されたルールは「エクササイズをしているときはエクササイズの事だけを考える。肉体的にも精神的にも、自分と他者を傷つけなければ何をしてもいい」。この2つだけです。シンプルですが、言葉だけでは本当の意味で共有できないんですよね。エクササイズを通じて、全員の意識と空間が変わって初めて実現できるのです。
【リラックスと集中の両立】
毎日行ったのは、一人で自然の景色の中にいると想像し、つま先から頭のてっぺんまで、背骨の1つひとつも意識しながらほぐしていくエクササイズ。普段の生活でおろそかにしがちな五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)のすべてが研ぎ澄まされていき、リラックスしつつ、心身が全方位に集中している状態に持っていくことが出来ます。
結莉さんは「自分の身体をよく聞いて(身体の声に耳を澄ませて)、気持ちいいなと思うところを探す」「身体の気のすむまで動かしてあげる」とよくおっしゃっていました。脳から身体に指示を出すだけではなく、身体から発信されたものを受け取ろうとするので、意識が脳と身体を双方向に行き来することになります。普段の生活でもきっと無意識に行ってるのでしょうけど、有意識的に行うことで色んな発見、気づきがあったことと思います。
【感じたままを、外に出す】
結莉さんの今夏のワークショップのテーマは「<埋もれた声 VOICE>を掘り起こす---身体と表現」。ワークショップで繰り返し行うのは、外からの刺激を五感で受け取って、感覚や感情が起きたら、すぐにつかまえて外に出すこと。「受け取って反応する」のがお芝居の基本であり、始まりです。日常生活で無意識に抑制している感覚、感情を掘り起こし、溜め直したり違う形に変えることなく、そのまま素直に出せた時、その人にしかできない表現が生まれて、その人の存在そのものが輝きます。
心身をほぐした後は、言葉は使わず母音だけで会話をしたり、ある感覚や感情を身にまとって身体を動かしたり、動作のスピードや相手との距離を変えて味わったり、色んな種類のワークを重ねていきました。
結莉:イメージする時は、はっきり、クッキリ想像する。状態に完全にのめり込んでしまうのではなく、どこかに覚醒した自分もいる。「覚醒した集中力」が必要。その方が演技に広がりが出来るし、観客、相手役が入ってこられる余地が出来る。
結莉:人は、身体がなければ存在できない。全ては身体から始まる。人は五感、また六感も使って外からの刺激を受け取る。そして常に心と身体の中で「何か」が起きている。その「何か」は、感情、感覚、または言葉にはなりにくいもの。そしてそれらを外に出して表現するのは、言葉であることもあれば、身体の動き、表情、ニュアンスのときもある。
この「中で起きていること」と「具体的に外に出して表現すること」が真実に、シンプルに繋がったときに、人の心を打つ「真実」の演技が出来るのではないでしょうか。
私が目指しているのは「心・身体・声」がシンプルに真実に繋がることです。
【観客に伝わる演技をする】
演劇のワークショップで少々気にかかるのは、自分の感覚や感情に集中することで、内面に入り込んでしまい、他者や外の世界を忘れがちになること。結莉さんはワークが終わるごとに、今やったことが演技の何に役立つのかを具体的に説明されるので、自己陶酔や孤立といった状況に陥る人はいませんでした。
「お芝居は『ももたろう』のお話を子供に読んで聞かせるのと変わらない」「俳優は観客に伝えるために演技をする。ただし、“伝える”よりは“伝わる”が大切」という結莉さんの考えは明快!それを示した上で、「何にでも目的があり、はじめ・真ん中・終わりがある」「初めと終わりをはっきりさせる」ことを目的としたワークがいくつも行われました。
【モノローグ(独白)とダイアローグ(対話)】
「スタニスラフスキーの9つの質問」を解説してから、モノローグ(独白)の稽古が始まりました。役には各場面での目的のほかに、その役が人生をかけて達成したい目的(=超目的)があります。役自身は知らないかもしれない超目的を、俳優は知っておく必要があり、知識としてでなく身体でもわかっていれば、リアルな役になるのです。
結莉さんが俳優に次々に質問を投げかけ、セリフを細かく分析して、役柄の超目的と場面ごとの目的を確認していくと、俳優がある1人の人間として堂々と存在するようになりました。独白から物語の背景や景色が見えてきて、実在する人物の本音のように伝わってきました。
最終日に行った2人1組のダイアローグ(対話)の稽古では、結莉さんがダイアローグ中の俳優の耳元で何かをささやくと、演技が激変しました。これまで行ってきたエクササイズとワークの成果が如実にあらわれ、結莉さんの演出力を見せつけられた瞬間でもありました。
※俳優が持参して使った戯曲は「クローサー」、「グリークス」、「令嬢ジュリー」、「それでも生きていく」(テレビドラマ)、他。
【日常(ordinary)から日常を超えた世界(extraordinary)へ】
参加者にとってとても重要だったのは、毎日行う「日常から、日常を超えた世界へ」と足を踏み入れる小さな儀式(⇒参考エントリー)。1日の終わりには必ず「日常を超えた世界から、日常へ」戻ります(昼休みにも行いました)。また、1つひとつのワークが終わる時もしっかり区切りをつけていました。生み出された感情や想像力は身体にも心にも、そして空間にも残っています。そういったものを引きずらずに次のワークに進むために、そして俳優が自分を守るために、全てを払い、拭い去る作業が必要なのです。
他人からニックネームをつけてもらうことも非常に効果がありました。私がこれまでに見学、参加したワークショップでは「自分が呼ばれたい名前をシールに書いて胸に貼る」ことが多かったんですが、今回は自分以外の参加者に名前を付けてもらうのです。他者から見た自分を知るのはスリリングで、まさに新しい自分との邂逅。名づけという儀式は偉大です。また、自己紹介はせず本名も明かさないので、年齢、経歴、地位などの社会的なしがらみとは最後まで無縁のまま、全員が平等に交流する場が守られました。ワークショップ終了後の懇親会で、それぞれが本名と年齢、所属などを発表した時は大いに沸きました。
【俳優は半分が職人で、半分がアーティスト】
結莉:俳優はシンプルに、リアルに、真実に、役を演じたい。自分が普段出さない感覚や感情を出す役をもらったらどうする?自分がパっと取れるところにその感覚があれば、すぐにつかんで出せる。それが核です。このワークショップでは、さまざまなワークをすることで、少しずつ埋もれているものを出しているのです。
ここでやってるのは、稽古場に行く前に一人でできること。みなさんに道具(エクササイズ)を渡します。家に持って帰って、やってみて、見つけておく。身体でやると、(自分も観客もその演技を)信じられる。
俳優は自分だけの楽しい秘密を持っていて、それを毎回の稽古で試してみたり、本番では相手が困らない程度に、ちょうどいい“びっくり!”の刺激になるくらいに手を変え品を変え使ってみたりする。
結莉:イギリスではいわゆる一握りの大スターを、大勢の職人俳優が支えています。イギリスの俳優養成の歴史は古く、ちゃんと職人が育っていくので、層はとても厚い。映画館でナショナルシアター・ライヴを観てみてください。訓練すると、あそこまで行けるんです。
俳優は半分が職人で、半分がアーティスト。ユニバーサルに通じる演技は、あるんです。人類の感覚は同じ。
【参加者の声】
結莉さんはワークが終わるごとにフィードバックの時間を取り、「何でもいいから言葉にできる方、いますか?今感じてることを言葉で言ってみてください」と参加者に発言を促していました。起こったことを皆で共有したり、疑問や問題を解決したりする以外に、身体で感じて行動にしたことを言葉に変換する作業でもあったのだと思います。身体、心、声、言葉をつないでいくワークだったのかもしれません。以下はワークショップ中や終了後の参加者の発言で、印象に残ったことです。
「普段の生活でも感じやすくなってる。勝手に声が出て言葉になる。面白い。」
「境界線を越えて中に入ると集中しやすい」
「俳優のワークショップにはよく行くが、これは何の意味があるの?と不信に思うワークをやらされるのが嫌だ。今回はそれがない。」
「演技の最中に(過度に)感情的になりたくないと思ったけど、やっぱり行くところまで行かないとダメなんだとわかった」
「この距離とこの角度だから、この感情が出てきたとわかった」
「はがして、はがして、はがして、すべて具体化する」
「具体的にすればするほどシンプルになれる」
≪懇親会の集合写真≫
●所感
参加者の意識が高い、非常に充実したワークショップでした。全員が「ここでは何をやってもいい」と安心していて、誰に対しても正直で居られたことも大いに関係しています。日常生活ではさまざまな制限がありますから、その枷(かせ)をはずすだけでも、俳優はいつもの数倍の能力を発揮できるのではないでしょうか。
感情や思考だけでなく、身体にフォーカスしたワークで新しく気づくことも多々ありました。身体の部位や機能のひとつひとつを意識して、客観視して、自分からはがしていくことで、より身体の存在が確かになっていくようでした。クロード・レジ演出『彼方へ 海の讃歌(オード)』を観た時、“身体”と“感情・思考”が互いに独立しながら支え合っているように感じたのを思い出しました。そういえばチェルフィッチュの岡田利規さんも「身体は脳の従属物ではない」とおっしゃっています(数年前)。感情ではなく目的に合わせた動作をすることで、ぴったりの感情が湧き出てくる。そういう道筋をつくるワークは、小川絵梨子さんがシーンスタディでおっしゃっていた“演技の地図を作る”に重なりました。
役柄を詳しく研究して、イメージを具体化していくことで、俳優は役柄と自分自身を離して捉えることができるようになります。演じた役は稽古場で脱いで、すっかり落とし切ってから帰宅すれば、家では稽古場に置いてきた“役柄のぬけがら”を外から見つめて考えられます。客観視できる方が演技の改善がしやすいし、役から離れることができるので、俳優はずっと楽になるんですね。つまりこのワークショップは俳優が自分を守る方法を学ぶ場でもありました。
モノローグとダイアローグで結莉さんの細やかな指導を受け、俳優はシーンの目的も“超目的”も共有した状態で演じることができていました。目の前で起こることが真実だった時には、時間が止まったかのように集中してシーンに引き込まれました。
ただ、出来上がったものを客席で観る観客には、そんな背景は知る由もありません。彼らがどんな“超目的”を持っているのか、シーンの目的が何なのかは、観客にはわからないのです。俳優は、他人が想像している以上に多くのことを同時に行っているのだと再確認しました。
とはいえ、観客は内実なんて知らなくていいのだとも思います。舞台上の人間関係も、人間自体も、目撃したままに、多重多層のままに受け取ればいい。舞台裏を知らずに想像することから、新たな可能性も生まれます。ただし、舞台上で自身をさらす俳優と同様に、自分に嘘をつかないこと。そうすれば観客も真実の交流に加われるんじゃないかと思います。
※映画「クレイマー、クレイマー」でメリル・ストリープが持っていた超目的は何だったのか、というエピソードが面白かったです。
結莉さんが「ユニバーサルに通じる演技」というものの存在を肯定していたことは、私にとっては大きな発見であり、喜びでした。人種、性別、年齢など、ステータスは人それぞれに違いますから、人間は千差万別です。それでも、つきつめれば「人類の感覚は同じ」なんですね。自分とはかけ離れている役柄を演じる時や、海外の戯曲に挑戦する時に、頼れる指針になるのではないかと思いました。(高野しのぶ)
最近自分に響きまくったコトバ。
『俳優は半分職人、半分アーティスト。』by山中結莉さん
様々な道具を使って、
キャラクターを掴み、シーンを構築していく。
まだ道具の使い方を試しては失敗してる未熟者だけど、
いつかは使いこなして、たくさん創造できるように!
— 大塚由祈子 (@yukko_otsuka) 2014, 6月 22
もう先週のことですが。ゴーチ・ブラザーズさん主宰のワークショップに参加してきました!
講師はLAMDAで教えてる山中結莉さん。
井上ひさしさんに『言葉の魔術師』と称された結莉さんから魔法にかけられて?
沢山与えてもらった5日間でした。 pic.twitter.com/WoWCOvCB6K
— 大塚由祈子 (@yukko_otsuka) 2014, 6月 25
ロンドンLAMDAの講師・山中結莉さんが仰っていた、
『はじめ-なか-おわり』の明確さの重要性をヒシヒシと感じる最近。
例えば羽生くんのFSのプログラム、
他の選手に比べて、はじめ-なか-おわりがとてもクリア。
芝居だって同じこと。
シンプルに、ハッキリと。
— 大塚由祈子 (@yukko_otsuka) 2014, 12月 15
#舞台 #演劇 ブログ更新!『「<埋もれた声 VOICE>を掘り起こす --- 身体と表現」ワークショッフ゜レポート』 http://t.co/RROvHNIOxu 現代演劇ウォッチャー / しのぶの演劇レビュー 主宰、高野しのぶさん@shinorev が、書いて下さいました。
— You-Ri Yamanaka (@You_RiYamanaka) 2014, 8月 6
@shinorev 明確で力強いレポートをありがとうございました! 日本にも更に素敵な芝居と俳優さん達が増えていく事を願ってやみません。
— You-Ri Yamanaka (@You_RiYamanaka) 2014, 8月 6
@shinorev みんなで一歩一歩ですね!
— You-Ri Yamanaka (@You_RiYamanaka) 2014, 8月 6
2014年6月16日(月)~20日(金)
対象:プロの俳優として活動している方
募集人数:14名(応募者多数の場合は書類選考あり)
参加費:40,000円(5日間通し)
講師:山中結莉(ゆうり) You-Ri Yamanaka (俳優、俳優指導者、演劇指導者、ムーブメント・ディレクター)
参加者のニックネーム(順不同):ロザリー Tシャツ バーニー 本田 ピッピ ちょぼちゃん 政夫 時江 師匠 まひろ マチルダ(講師)
http://www.shinobu-review.jp/mt/archives/2014/0531112734.html
※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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