『死と乙女』はチリの劇作家アリエル・ドーフマンさんの戯曲で、私は10年以上前に一度拝見したものの、内容はほとんど忘れてしまっていました。観られてよかったです。やはり素晴らしい戯曲でした。
ドーフマン戯曲といえばドーフマンさんが新国立劇場のために書き下ろされた、同じく三人芝居の『線の向こう側』がすごく好きなんです。
谷賢一さんがシアタークリエで大スターを演出することにも非常に興味を惹かれ、観に行きました。上演時間は2時間20分強、途中1回の休憩を含む。1200円のパンフレットに載っていた翻訳の青山陽治さんによる、劇作家ドーフマンについての解説がとても充実していて読みごたえがありました。
⇒CoRich舞台芸術!『死と乙女』
≪あらすじ≫ 公式サイトより
火花の散るような 激しい葛藤が繰り広げられる 濃厚な心理劇
独裁政権が崩壊して間もなくの、南米のとある国。
かつて学生運動に参加していたポーリナ(大空祐飛)は、
独裁政権下で誘拐・監禁され拷問を受けた記憶に今も怯えている。
ある晩、夫の帰りを待っていると1台の車が近づき、
弁護士である夫のジェラルドー(豊原功補)が降りてきた。
車がパンクし、通りがかりに送ってもらったという。
ジェラルドーを車で送った医師・ロベルト(風間杜夫)の声を聞き、
彼こそ、シューベルトの四重奏曲「死と乙女」を流しながら、
自分を拷問した男だと確信する。
何が正義で、何が真実なのか―
3人それぞれにとっての真実と、そこに絡む駆け引きを解きほどき、
人間の心に潜む「悪魔」をあぶりだします!
≪ここまで≫
舞台はしゃれたコテージのようなデザインで、高級感のあるリビング。舞台奥の薄いカーテンの向こうには広いバルコニーがあります。南国らしいすがすがしい空気と開放感が見て取れますが、偶然の出会いから始まった事件は、そんな爽やかさとはかけ離れた、息も詰まるものでした。控えめだけれど出るところは出る音響が効果的。照明も繊細で良かったです。
軍事独裁政権下の出来事を扱う三人芝居ですが、凄惨さよりもサスペンス色が濃く、娯楽作として楽しめます。ミュージカルがよく上演されるシアタークリエで、このような戯曲が上演されていることがとても意外で、演劇ファンの私としては、そこに意味を見出したくなりました。
「観客に「私なら、どうするだろうか?」と考えて欲しい」という演出家(谷賢一)の言葉は、同じく演出家であるSPACの宮城聰さんも先日仰ったことなので、作り手の感覚は繋がっているのだなと再確認しました。比喩で抽象化せずリアリズムで直接的にという選択が、危機感と切実さゆえだとすれば、それは恐ろしいことだと思います(ツイッターで投稿した感想に加筆&修正)。
ここからネタバレします。セリフは正確ではありません。
ポーリナはロベルト(風間杜夫)が自分を強姦・拷問した医師だと信じ、彼を椅子にしばりつけてさるぐつわをかませます。ポーリナの夫ジェラルドー(豊原功補)は自分を助けてくれたロベルトがそんな人物だとは思わないし、ロベルトも否定しますが、銃を持つ彼女の前に2人の男性は服従するしかなく、駆け引きが始まります。
美しい大空祐飛さんが耳を疑うような悪口を怒りに任せて吐き出すように言うのには、やはり、驚かされます。でもそれは彼女が誘拐され囚人になっていた時に、実際に言われたことなのです。ただ「ほうきの柄(え)でファックする」は誰かに言われたことではなく、彼女が制裁として医師に対してやりたいことなので…強烈です。彼女が15年間、復讐の機会を待っていた(報復をする想像をして自制心を保っていた)のがわかりますし、その怒りの激しさは計り知れないです。
大空さんは元宝塚の男役トップスターですので、姿が美しいだけでなく、医師に暴力的に迫る演技は力強く、説得力があります。ただあまりに確信的で堂々としているため、私は中盤までは大空さん(が演じる女性ポーリナ)をすっかり信じきって観る方向に。「あの医師は彼女を拷問して強姦した悪者だ」ということを前提にしてしまったので、他の可能性が見えて来づらかったです。できれば真実が見えない心理劇としても観たいので、主人公ポーリナは弱かったり、甘えていたり、いかにも女性らしい振る舞いや感情表現が、もっとあってもいいんじゃないかと思いました。
「STUD(種馬)をわざとBUD(花のつぼみ)と言っておき、医師がどちらを言うかで犯人かどうかを確かめる(STUDと直せば彼は犯人)」というトリックをしかけた賢いポーリナ。でもそれが「本当の本当の本当のこと」なのかどうかは、彼女のみが知ることだから、やはり真実はわかりません。
最後は正装したロベルトとポーリナがコンサートに出かける場面でした。2人は客席側から登場し、他の客(姿は現さない)と歓談してから舞台へと上がります。査問委員会が終了し、やるべきことはやり終えたという達成感があったようですが、2人とも終始晴れやかな笑顔というより、何か秘密を抱えているような神妙な表情もしていました。そこから私の妄想が始まりました。もしかするとシューベルトの「死の乙女」を聴きにコンサートに来たのでは?…ということは、ポーリナはあの時に医師を銃殺し、その犯罪を夫婦で隠ぺいしたのでは…?という疑惑が一気に膨らみました(彼女は「医師が死なない限りシューベルトを聴けない」と言っていたような)。医師は「君が私を殺せば、今度は私の子供たちが君を探すことになる」と言っていました。それが繰り返されるのでは…?
舞台奥のカーテンの向こうには、冒頭と同じく若い女性が客席に背中を向けて、イスに座っていました。美しい夫婦がその姿を見つめているところで終幕。あの若い女性は現代服を着ていたようなので、私自身ではないかと思いました。『死と乙女』という物語は、私自身の想像の中の虚構でもあり、身近な史実でもあるのだと思います。
【出演】ポーリナ・サラス(妻):大空祐飛、ジェラルドー・エスコバル(夫):豊原功補、ロベルト・ミランダ(医師):風間杜夫
脚本:アリエル・ドーフマン 翻訳:青井陽治 演出:谷賢一 美術:土岐研一 照明:齋藤茂男 衣裳:前田文子 音響:長野朋美 ヘアメイク:田中エミ 演出助手:斎藤歩 舞台監督:菅野將機 制作助手:田中景子(東宝) 黒永郁美(エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ) プロデューサー:小嶋麻倫子(東宝) 佐藤萬之介(エイベックス・ヴァンガード) 山浦哲也(エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ) 製作:東宝/エイベックス・ヴァンガード/エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ
【休演日】3/21【発売日】2014/12/13 全席指定8,800円
http://www.tohostage.com/shitootome/
※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
★“しのぶの演劇レビュー”TOPページはこちらです。
便利な無料メルマガも発行しております。