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2015年05月27日

【稽古場レポート】KAAT神奈川芸術劇場・CATプロデュース『舞台「アドルフに告ぐ」』05/23 KAAT稽古場

 “漫画の神様”と呼ばれる手塚治虫の大人気漫画「アドルフに告ぐ」が舞台化されます。同作はナチスが台頭する第二次世界大戦前から、1970年代のパレスチナ紛争までを描く壮絶な大河ドラマ。木内宏昌さんが脚本を手掛け、栗山民也さんが演出されます。

 タイトルロールである3人のアドルフを演じるのは、成河さん松下洸平さん髙橋洋さん。折り紙付きの演技力を持つ俳優が勢ぞろいで、演劇好きの私にとっては、まさに夢のようなキャスティングです!

 初日まであと10日という頃、作品がいよいよ完成形へと具体化し始める稽古場に伺いました。一途でひたむきな思いがすれ違い、または衝突するさまに圧倒され、体を震わせ涙を流しながら拝見することになりました。

 ●KAAT神奈川芸術劇場・CATプロデュース『舞台「アドルフに告ぐ」』公式サイト ⇒公式ツイッター
  ≪神奈川、宮崎、京都、愛知≫
  神奈川公演日程:2015年6月3日(水)~14日(日)
  原作:手塚治虫 演出:栗山民也 脚本:木内宏昌
  S席9,500円 A席7,000円 シルバー割引9,000円
  U24チケット4,750円 高校生以下1,000円
  ※未就学児入場不可

【稽古場写真(左から敬称略):松下洸平、成河 撮影:西野正将】
adolf_1.jpg

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより
 ベルリンオリンピック開催の裏で、ある秘密文書が消えた。
 アドルフ・ヒトラーの出生の秘密が記されたこの文書に、
 ふたりの青年アドルフ・カウフマンとアドルフ・カミル、
 そして多くの男女の運命が翻弄されていく。

 第二次世界大戦をはさんだ大きな時代の流れに、
 残酷なまでに押され、揉まれ、阻まれながら、この物語は展開してゆく。
 人々は己の正義のみを信じ、ゆえに多くを失い、不条理な人生の結末を向かえて行くのだった……
 ≪ここまで≫ 

■大切なのは、そこに居ること、存在すること

 「アドルフに告ぐ」は長編ですので、1本のお芝居になるにあたり、各エピソードが短い場面に凝縮されています。だからなのか、俳優の登場の仕方、姿勢、最初のセリフ等の第一印象が強烈で、場面が切り替わるごとに空気は様変わり。物語はトントンとスピーディーに進行していきます。

 栗山:短いシーンの連続だから、第一声でその人のキャラクターが見えるように。言葉を突き刺すようにして。セット(舞台美術)は本当に何もないからね。俳優の動き、リズム、時間で、流れを作る以外にない。

 演出の栗山さんは目線や体勢、単語の強弱などの、とても細かい部分について指示を出していきます。特に重点を置いていたのは、“演技”をしないこと。その人物が置かれている状況や、欲望、目的に着目し、シンプルかつ鮮やかな在り方を俳優に要求します。

 栗山:“演技”をしてしまうのは一番薄っぺら。嘘に見える。大切なのは、そこに居ること、存在すること。
 栗山:ストーリーのダイジェストにしてはだめ。漫画でできることと、舞台でできることは全く別物。漫画の一コマ一コマに描かれた場面を、生身の人間が演じ、そこに存在することで、相手をなぎ倒すぐらいの生々しい感情をあらわにする、それが芝居。

【稽古場写真(左から敬称略):成河、髙橋洋 撮影:西野正将】
adolf_2.jpg

■3人のアドルフ

 ナチスの諜報部員であるドイツ人の父と、日本人の母を持つアドルフ・カウフマン役は成河さん。パン屋の息子でユダヤ人のアドルフ・カミル役は松下洸平さん。2人は少年時代からの親友ですが、ユダヤ人への弾圧が激化する中、カウフマンがナチスに傾倒し、敵対関係になってしまいます。

 成河さんはサッと走り込んできただけで空間を一変させます。まるで魔法みたい!最初の登場場面では、目には見えない水しぶきがパーっと飛び散って、空気が浄化されたように感じました。全身から発光するような存在感で、カウフマンの急激な変貌を見せていくので、登場する度に驚かされます。

 松下さんが演じるカミルは子供らしい無邪気さ、素直さがあり、関西弁のセリフが可愛らしいです。家族のために、ユダヤ人のために正義を成そうと行動する姿は純粋そのもの。前向きな透明感のある役作りで、私が拝見した過去の出演作(『ミュージカル「スリル・ミー」』『十九歳のジェイコブ』)とは全く違う姿を見せてくださいました。

 カウフマンとカミルの関係、そして物語の台風の目となるある秘密文書の存在が明かされた後、いよいよ髙橋洋さん演じるアドルフ・ヒトラーの登場です。かすかな笑みを浮かべ、静けさをまとって登場したヒトラーの、その第一声を耳にするやいなや、私は全身がすくみ、目から涙がドっとあふれ出てしまいました。まず、切り立つような狂気が、ものすごく怖い…。でも、彼もまた彼自身の正義をまっとうしようとしている一人の人間であり、命がけで演説をしていることが伝わってきたのです。

 栗山:ヒトラーを演じることは大変な重責だけど、この歴史絵巻を今、綴らなければいけない。誰もが戦争によって大きく削られたものを、必死でしがみついて、求めている。ヒトラーだってそうだと思う。たとえ彼が悪魔であろうとも、彼にも欠乏したものはあったはず。

【稽古場写真(敬称略・中央):朝海ひかる 撮影:西野正将】
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■誰もが自分の正義を信じ、行動する群像劇

 アドルフたちをはじめとするメインの登場人物だけでなく、名もない市井の人々と、その生活にも光が当たる群像劇になっています。たとえば食べ物を分け合ったり、音楽を楽しんだりする場面では、ほんの一瞬ですが、平時の今と変わらない穏やかな空気が生まれました。

 栗山:登場人物は色んな所で究極、極限を要求されている。地獄の風景だけれど、悲しいこと、暗いことばかりじゃない。井上ひさしが描いていたでしょう。人々は地獄の中で、豊かに過ごそうとする。それが貴重なんだ。彼らには今に比べたら数十倍、強靭な精神力がある。

 誰もが理想を夢見て、幸せを切望し、信じる正義を胸に「正しいこと」を行っている。一人一人が目的に向かって一心不乱に突き進んでいく。だから家族や仲間同士でもぶつかり合い、愛情も徹底的にすれ違っていく…。私が拝見したのは第一幕だけなのですが、激しく心を揺さぶられ続けたせいか、終わってから興奮を抑えるのに少々時間がかかりました。燃えたぎる思いに突き動かされた人々の運命は、第二幕でさらに熱を帯び、急展開していきます。彼らの疾走を、行き付く先を、早く目撃したい!初日が待ち遠しいです。


≪ 以下は現時点での関連リンク・ツイート集です。ご参考にどうぞ! ≫

 ⇒CINRA「手塚治虫『アドルフに告ぐ』が栗山民也演出で舞台化、成河、松下洸平、高橋洋らが出演
 ⇒「舞台『アドルフに告ぐ』上演記念 竹熊健太郎コラム「長編ストーリーマンガの、真の醍醐味」」

↓シアタークリップ「今、なぜ「アドルフに告ぐ」なのか?栗山民也が語るその真意」⇒記事


↓シアタークリップ「「アドルフに告ぐ」特別インタビュー 成河 Part1」⇒記事


↓シアタークリップ「アドルフに告ぐ」特別インタビュー 成河 Part2⇒記事


↓シアタークリップ「アドルフに告ぐ」特別インタビュー 成河 Part3⇒記事



 原作はとても面白いです。観劇前でも後でも是非。

≪神奈川、宮崎、京都、愛知≫
出演(公式サイト掲載順)=成河 松下洸平 髙橋洋・朝海ひかる 前田亜季 大貫勇輔 谷田歩・市川しんぺー 斉藤直樹 田中茂弘 安藤一夫 小此木まり 吉川亜紀子 岡野真那美 林田航平 今井聡 北澤小枝子 梶原航 西井裕美 薄平広樹・彩吹真央・石井愃一・鶴見辰吾
【演奏】ピアノ: 朴勝哲 ヴィオラ:有働皆美
原作:手塚治虫、演出:栗山民也、脚本:木内宏昌 音楽:久米大作 美術:松井るみ/照明:高見和義/音響:山本浩一/映像:井形伸一 衣裳:前田文子/ヘアメイク:鎌田直樹/ステージング:田井中智子 アクション:渥美博/演出助手:河合範子/舞台監督:土門眞哉 企画制作:KAAT神奈川芸術劇場/シーエイティプロデュース 企画協力:手塚プロダクション
S席9,500円 A席7,000円 シルバー割引9,000円 U24チケット4,750円 高校生以下1,000円 ※全席指定・税込 ※未就学児入場不可
※シルバー割引、U24チケット、高校生以下割引はチケットかながわ電話・窓口のみで承ります。(前売りのみ・枚数限定)
※車イスでご来場の方は、事前にチケットかながわにお問合せください。
http://www.adolfnitsugu.com/
http://www.kaat.jp/d/kaat_adolf

※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2015年05月27日 08:49