2004年03月29日

北九州芸術劇場プロデュース『ワルプルギスの音楽劇 FAUST《ファウスト》』03/06-21世田谷パブリックシアター

 ゲーテが60年かけて完成させた一万二千行におよぶ文学作品「ファウスト」の舞台化です。ドイツの演出家ピーター・シェーファーは11時間かけて上演したそうですが、3時間に短縮して作ろうというのがこの企画の冒険的なところだと思います。

 楽しくて集中しっぱなしであっという間の2時間半でした。脚本、美術、衣装、音楽、役者、歌・・・演出。舞台の要素ひとつひとつの完成度がすべからく高く、それゆえ作品全体のレベルも自動的に高まり、パワーが昇華して奇跡が起こっています。

 「日本は加工貿易が盛んだ」と小学校の社会の時間で習った覚えがあります。日本人って物事の核心を見抜いて再構成する作業が得意なんじゃないかしら。私は『ファウスト』を読んだことがないのでゲーテの本心はわからないし作品の意図も知りませんが、ものすごく強い説得力を感じました。人間ファウストと悪魔メフィストの、尽きることのない欲望のままの旅を通じて、私も共に欲望を満たしていき、そして最後に神に祝福を受けたのです。
 神様:この男、見事に生き抜いた。自分の力で。 メフィスト:まぶしかった。お前の魂。

 何もかも良かったと言える作品でしたが、特筆すべきはやはり美術(松井るみ)だと思います。世田谷パブリックシアターの高い天井のてっぺんまでそびえ立つ壁が、上下(かみしも)に移動して場面が転換します。あくまでもシンプルで幾何学的なたたずまい。そこにさまざまな映像(上田大樹)が大きく映し出されます。映像とお芝居が融合しているというのではなく、映像がすっかり舞台の壁になっていました。両袖以外に舞台面に開けられた2箇所の穴から役者さんが出入りし、上手から照明が神々しく降り注ぎます。いつどこを観ても美しい、完璧な空間でした。特にマルガレーテ(篠原ともえ)がつかまっている牢屋への転換で、天井が半分降りて来た時はその大胆さと計算された美しさに涙しました。

 音楽も歌も良かったです(音楽監督:中西俊博)。天上人(神たち)の声はちゃんと声楽の人が起用されていたので歌声も美しかった。ストーリーと演技の中に、わざとらしくなく構成されていました。
 ダンスの振付(近藤良平)もしかり。あくまでもダンスは脇役に徹していたというか、楽しく面白く、作品の重要な一部分として存在していました。
 もう、ひとつひとつ挙げていくのはキリがないし、本質ではない気がします。複数の人間の想像力によって、その一人一人の想像を遥かに超える傑作が生み出されることがあるのです。だから舞台はやめられない、ものづくりは面白いのではないでしょうか。

 石井一孝さん (メフィスト) 。帝国劇場常連のミュージカル・スターさん。私は初めて拝見しましたがとても面白かった。ミュージカルならではの演技と動きがうまくはまって面白いし、意味をまっすぐ飾らずにパワフルに伝えてくださいます。目が大きくてとがってて、悪魔にはぴったり。

 篠原ともえさん (マルガレーテ) 。めちゃくちゃ儚くてキュートでした。登場してからファウストと恋に落ちるまでは目が離せないほど輝いていて、どんな男の子でもきっと彼女を好きになっちゃうなーと思うほどでした。メフィストの企み(悪魔だから企む必要もないのですが)でどんどんと堕ちていき、最後には気がふれて処刑されるのですが、その気が狂っているシーンはちょっと硬かったですね。でもとっても魅力的。すごい女優さんになるのではないでしょうか。

 私が行った回のアフタートークではプロデューサー・脚本の能祖将夫さん、構成・演出の白井晃さん、音楽監督の中西俊博さん、振付の近藤良平さんのお話が聞けました。
 近藤さん以外は何度もお仕事をされているお仲間だそうで、そのチームワークがこの傑作を生み出したんだな、とあらためて納得しました。
 言葉は完全に正確ではありませんが、心に残ったことを書いてみます。

●白井晃さん
 全てが同じ方向だと隙間が埋まってぺったりしてしまう。だから色々違う方向に作りました。
 ミュージカルではなく、音楽劇:歌でシーンを進行しないことが音楽劇。ブレヒトの『三文オペラ』のように歌でお話が中断してしまうような。心情を表す歌詞か、もしくは主観や心象を客観視する歌詞にした。
 歌:音楽が先で歌詞が後。どんなに意味をなくしても言葉には意味がある。だから音楽が先の方が良い。
 衣裳:記号をつけない。壁に溶け込んでも違和感がない。
 照明:舞台の天井にはたいてい照明器具がぶら下がっているのですが、この装置には板の天井があり、照明器具は全く吊られていません。天井を完全に覆う壁を作るのは舞台では禁じ手です。今回は演劇で都合の良いこと、当たり前のことをなくしていこうと思いました。普通は役者さんの顔をフォローピン(照明)で追うんですが、それもやらなかった。アンケートにも「舞台が暗い」とか書かれるんですが、この作品はそういう(暗い)ものなんです。だからこそ返って最後の神の光明が明るく感じられるでしょ??

●中西俊博さん
 (最初に与えられた情報が非常に少なかったため)少ないイメージだったから想像力が広がっちゃった。できあがってきて「あぁ、こういうエネルギーの出かたになるのか」と思いました。
 シンクロニシティ(偶然性)が非常に多く起こった。起こるべくして起こった必然。

●能祖将夫さん(観客の質問に答えて)
 どこまでがゲーテ作でどこまでが自分作なのか今ではもうわからなくなってきました(笑)。最後のメフィストのセリフ「まぶしかった、お前の魂」は私の創作です。欲望に沿って、悪魔メフィストが人間ファウストに惚れていくのです。

【原作】ゲーテ【構成・演出】白井晃
【出演】:筒井道隆 (ファウスト) 篠原ともえ (マルガレーテ) 床嶋佳子 (ヘレナ) 石井一孝 (メフィスト)  冨岡弘 河野洋一郎 原田修一 草野徹 山崎華奈 内田滋啓 大崎由利子 壤晴彦 他
【作曲・音楽監督】中西俊博【脚本・作詞】能祖将夫【振付】近藤良平【美術】松井るみ【照明】高見和義【音響】山本浩一【衣裳】太田雅公【映像】上田大樹【技術監督】眞野純【プロダクションマネージャー】大平久美【舞台監督】安田武司【プロデューサー】能祖将夫、津村卓
公演サイト : http://www.dpcity.com/sept/faust/

Posted by shinobu at 2004年03月29日 23:49